■お話を伺った方
高田裕介(たかた・ゆうすけ)さん
【プロフィール】
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域 土壌資源評価ユニット 上級研究員 |
1977年生まれ。研究テーマはデジタル土壌図化手法の開発、土壌情報発信の高度化等。現在、日本土壌インベントリーおよびe-土壌図IIにより、デジタル土壌図をウェブ公開中。東京電力福島第1原発事故の際には、迅速かつ高精度に農地土壌中の放射性物質濃度分布図を作成し、国等の農地除染計画の策定に貢献。研究者のモットーはThinking like a soil(土の身になって考えよう!)。
全国デジタル土壌図ってなに?
──まず初めに全国デジタル土壌図とはどのようなものなのか教えてください。
土ってなかなか見えない世界ですよね。でも実はいろんな種類があって、その土の種類によっては必要な土づくりの仕方や肥料の量、水はけなども大きく変わってくるんですね。そこで日本全国のどこにどんな種類の土が分布しているかのデータを日本地図上にまとめ、インターネット上で閲覧・利用できるようにしたものが全国デジタル土壌図になります。
──インターネットで誰でも簡単に見られるんですね。この全国デジタル土壌図はどういった経緯で作られたのでしょう。
元々は農林水産省が1959〜78年に「地力保全基本調査事業」として全国の土壌データを調べ始めました。それを紙の地図上にまとめたものがはじめに作られたのですが、農家がそれを見るには県の農業試験場や普及指導センターにわざわざ行かないと見られなかったんですね。そこで誰でもより気軽に全国土壌図を見られるように、インターネット上で公開しようとしたというのが開発の経緯になります。
どうやって調査したの? なぜ調査が必要?
──この土壌調査は具体的にどのようにして行うものなのですか。
日本土壌インベントリーで閲覧できる土壌図は2種類ありまして、まずは先ほどお話しした、農業の生産性を向上させるために「地力保全基本調査事業」で作られた農耕地土壌図、こちらは縮尺5万分の1になります。500メートルごとの間隔で1メートルの穴を掘り、土壌調査を行っています。そのうち5地点に1点では、実際の土壌サンプルをラボに持ち帰り、精密な分析を行った上で分類し、地図上に記録していきました。
もう一つは縮尺20万分の1の土壌図で、こちらは農耕地だけでなく、森林なども含まれていて、だいたい2キロに1点ほどの間隔で調査をしたものになります。農業のためにというよりも国土開発を目的に、現在の国土交通省が作成した土壌図となります。使用目的が異なるため、元々は土壌の分類方法も異なっていましたが、土壌インベントリーのサイトでは農耕地土壌図と共通の分類方法になったものがご覧になれます。
──1メートルも掘るんですね。これは農家がよく行っている土壌診断とは違うものなのでしょうか。
そうですね。一般的に農業では野菜の根が多い15〜30センチほどの作土層が重視されますので、土壌診断ではこの部分を調べますよね。しかし土壌調査では1メートルまで掘ることで、その土地本来の土質が分かります。この土壌の性質というものは、大掛かりに造成しない限りは変わらないものなんですね。農地によって肥料をたくさん入れないと育たないところもあれば、少ない肥料で育つ場所もあります。この違いは、この土壌調査を行ってはじめて、根本的な原因が分かるんですね。
──なるほど。土壌診断と土壌調査、どちらも合わせて行うことが大事なんですね。
どんな土の種類があるの?
──具体的に土の種類にはどのようなものがあるのですか。
土の分類は最終的には381種類なんですけれども、最初は土のでき方によって10種類に分けています。その中でも日本で特に多いのが「黒ボク土」と呼ばれる土です。世界中にある火山のうち10分の1近くが日本にあると言われていて、この黒ボク土はその火山灰によるものなんですね。火山が多い九州や関東、東北、北海道南部にこの黒ボク土の土壌が多く、日本全体の約3割を占めています。これだけ火山灰が積もってできた土が多いのは、世界でも珍しいんですよ。
──日本の土壌は他の国とは違った特徴があるんですね。この黒ボク土にはどんな農業が向いているとかあるのでしょうか。
この黒ボク土の場所は基本的には水田に向いていないと言われてますね。まず火山灰は傾斜のない台地の上に積もっていくことが多いので、そもそも水田で利用できる水が少ない上に、土の中に隙間が多く、水はけが良すぎるのが一般的です。だから逆に水はけを好む作物の畑として使われることが多いですね。
──なるほど、黒ボク土は水田より畑に向いているところが多いんですね。
はい、ただ野菜の3大栄養素の一つであるリンが効きにくいという特徴があります。火山灰の中のアルミニウムがリンと強く結びついて、植物がリンを利用できなくなってしまうからです。そのため、化学肥料を十分に利用することができるようになるまでは黒ボク土は最も地力の低い土の一つとして認識されていたくらいです。こういう土壌ではリン酸肥料を多く入れることで土壌改良がされてきましたが、現在では逆にリン酸過多になっているような土地もありますので、土壌診断も合わせて行うことが重要になります。
──逆に水田に向いているのはどのような土壌ですか。
水田によく使われているのは「低地土」と呼ばれる土壌で、これは大きな河川に近い場所に多くて、氾濫した川の水などによって、川上から押し流されてきた土砂が堆積(たいせき)してできたような土壌ですね。国土面積の14%くらいで、稲作地帯と呼ばれるような場所は大抵この低地土が多いです。この土壌は山のミネラルなども多く含んでいて、田んぼに向いていますね。
──古代文明の多くも大きな河川の近くでしたが、そういうところはやはり農業に向いている土地なんですね。ここからこっちは黒ボク土、ここからこっちは低地土というようにはっきり分かれているようなこともあるのでしょうか。
ありますね。道や川一本挟んだだけで、土質が全く違うなんてことはよくあります。農業者の方はそういったことをなかなか知らない方が多く、その違いを説明すると「あ〜だからこっちの畑はあんまり野菜が育たないのか」などと納得されることがよくありますね。
スマホアプリも! 全国デジタル土壌図の利用の仕方は?
──この全国デジタル土壌図は実際の現場ではどのように利用されているのですか。
2008年に地力増進基本指針(改正版)というのが農林水産省から出されているのですが、土壌データをもとに、土の種類によってこういう土づくりをしましょうという指針がまとめられているんですね。そしてそれを基準に各都道府県が地力増進対策指針を作っています。
──個人の農家の方でも簡単に使えるようなものなのでしょうか。
はい。ウェブサイト「日本土壌インベントリー」では、誰でもこの土壌図を見ることができます。「e-土壌図Ⅱ」というアプリもありますので、スマホなどでも簡単に土壌図を確認することができるようになっています。
──スマホでも簡単に確認できるのはいいですね。
新しく畑を借りるときに、この土壌図で確認しながら畑選びの参考にしている方もいらっしゃいますね。
──この土壌図を見て、畑の土の種類が分かった後に、具体的にどんな作物が向いているかとか、どれだけ肥料を入れたら良いのだろうということはどうやって確認したらいいのでしょう。
今のところまだ北海道、秋田県、茨城県の3道県だけなんですけれども、土壌図の畑の部分をクリックすると、その地域の代表的な作物ごとに、土質に合った施肥設計の基準なども出てくるようになっています。毎年少しずつ対象地域を増やして、最終的には47都道府県を網羅する予定です。あとはその地方自治体の普及指導センターなどでも土壌に詳しい方がいれば相談できるかもしれません。
──そこまで地図上で確認できると、とても便利そうですね!
土質に合わない土づくりをしていると、肥料や労力の無駄遣いといったことだけでなく、その土地の地力そのものを消費して、土壌劣化を招いてしまうことも多々ありますので、そういった意味でもぜひ活用していただければと思います。外国では土壌劣化が進行して作物が全く育てられなくなっている地域も実際にありますから。
──確かに土って当たり前のようにあるものなので、こうやって自然が長い時間をかけて積み重ねてきた資源なんだなと思うと、大切にしたくなりますね。
このサイトの「土壌インベントリー」という名前は、「土壌財産目録」という意味なんですね。その畑の土地がどうやって生まれたのか、どういう性質のものなのかを知ることで、かしこく長いお付き合いをしていただければと思います。