おいしい野菜だけを売るマルシェ
播磨坂は、江戸時代に小石川養生所などがあったことでも知られる東京都文京区の小石川植物園の近くにある。遊歩道もあるこの緩やかな坂道は、近隣住民の散歩コース。坂の途中には、熟成肉で有名な高級精肉店「中勢以(なかせい)」。外観からすぐには肉の名店とはうかがえない、知る人ぞ知る隠れ家の風貌だ。
しかし毎週日曜日になるとその店頭にのぼりや看板が立ち、少し装いが変わる。「はりまざかマルシェ」が行われているのだ。
このマルシェを運営しているのは、千葉・茨城の8人の若手農家たち。“マルシェ”と名はついているが、出店するのは1度に1軒の農家だけ。当番制で順番にやってきては、1品300円以上と相場より値の張る野菜を売っている。そこに並ぶのは前日に収穫したもので、味も見た目も妥協のない、本当に自信を持って売れる野菜だけだ。
物価が高い印象の播磨坂周辺だが、安売りをするスーパーマーケットもないわけではない。しかしこの週1度だけのマルシェは、季節にもよるが一日の売上は5万円から10万円ほどと、一般的なマルシェよりも売上が多いという。その理由は、野菜の単価が高いからだけではないようだ。
接客で野菜のおいしさを伝える
決して客数は多くない。しかし、根強いファンも多い。
取材をしていると、幼い女の子を連れた男性客がやってきた。女の子はこのマルシェが大好きだという。「(娘は)ここに来るようになってから、野菜が好きになったみたい。スタッフの方とお話をするのも楽しいようです」と語ってくれた。
ここでの出会いをきっかけに農業に興味を持ち、畑を見に行ったり農作業を手伝ったりするようになったという女性は、「ここで買う野菜はとにかく新鮮。野菜って本当はこういう味なんだな、とわかります」と語る。「自分でも農作業をやってみて、ここで売られているものがどんなに手間がかかっているか知っているから、全然高いとは思いません」と、価格設定にも納得をしている。
メンバーの一人、ベジLIFE!!の香取岳彦(かとり・たけひこ)さんによると、1週間分の野菜のほとんどをここでそろえるような固定客も多いという。そういった客からは、野菜についての意見をもらうことも。「直接感想をいただけるので、すごく勉強になります。野菜の味の変化について指摘をいただくこともあります」と香取さんはここで野菜を売ることで、野菜づくりへの意識を高く設定できるという。
「おいしいと自信を持って言える野菜を売っています」と言うのは、現在のはりまざかマルシェの会長、森田農園の森田昌(もりた・あきら)さん。代々農家の家に生まれたが本格的に自分で農業を始めてまだ2年、このマルシェで腕を磨いているという。
「はりまざかマルシェのお客さんは舌の肥えた方が多いです。ここに来ると、スーパーでは買えないような初めて見る野菜に出会えたり珍しい品種を知ることができるのが、野菜好きの方には魅力だと思います」
森田さんをはじめ、メンバーは積極的に野菜の品種や食べ方について客に伝える。一般的に売られている品種と何が違うのか、どうすれば一番おいしく食べられるのか、普段から客の目線でも野菜を勉強したり研究したりすることで購買につなげている。
はりまざかマルシェ黎明(れいめい)期
そもそも、高品質にこだわるというマルシェが始まったのはなぜなのだろうか。
はりまざかマルシェが始まった当時を知る中勢以のマネージャー、太田圭(おおた・けい)さんによると、中勢以が今の店舗を借り開店のための準備を始めた2012年、中勢以の前社長が知人である千葉県の農家の武井敏信(たけい・としのぶ)さんに「場所がもったいないのでマルシェでもやってもらえないか」と声をかけたことが始まりだという。
武井さんは都内の有名レストランに西洋野菜を直接卸しており、その品質がシェフの間でも人気のカリスマ農家。農家の地位を上げるという信念を持って農業に取り組んでいる。その武井さんが千葉の若手農家たちに声をかけ、この場所で自分たちの力試しをするためのマルシェを始めることにした。あえて販売価格を高く設定し、それに見合う品質のものだけを売ることにこだわった。品質向上のために、メンバーの農家たちには妥協のない姿勢と努力が求められる。互いが互いを評価し切磋琢磨しあう場として、はりまざかマルシェは始まった。
野菜の見せ方や品質の維持の方法など、栽培方法以外の工夫も多い。当初は一般のマルシェのように屋外に野菜を並べ暑い中売ることもあったが、現在は中勢以の店内のみで行っている。肉のために適正な温度や湿度の調整をしているため、野菜も良い状態で保てるからだという。
野菜の質を維持するための定例会
マルシェが始まってから8年、メンバーの入れ替わりはあったが、高品質の野菜を売るというコンセプトは変わっていない。そして、メンバーが月に一度集まる「定例会」は、メンバーの認識を確認する場となっている。定例会では、会の運営について話すことはもちろんのこと、互いの農業技術や新しい品種についての情報交換、そして野菜の試食等を行う。
筆者が取材した日の会場は、松戸市の戸張(とばり)農園。農主の戸張恭隆(やすたか)さんは、自家製の有機堆肥(たいひ)を使って50品目以上の野菜を作っている。当日は、最近戸張さんが買って大活躍しているという野菜洗浄機の実演も。機械で野菜を洗いながら高圧ノズルで水をかけるという合わせ技を伝授し、それを見る他のメンバーは「これだったら、野菜をほとんど傷つけずに洗えるよね。まねしたい」と興味津々。
互いの野菜の食べ比べも。当日は偶然にもスウェーデンカブとも呼ばれる“ルタバガ”を二人が持ち込んだ。食べてみると、同じ品種でも味が全く違う。話を聞くと、一人は「煮物にすることを前提にしっかり仕上げた」と言い、もう一人は「生食をイメージしてカブのような食感を出した」と言う。
野菜が食卓に上がる姿を生産者がどのようにイメージして出荷しているかなど、スーパーの店頭で客が考えることなどないだろう。客と直接対話をし、野菜の魅力を伝えたいと栽培に取り組むからこその視点だ。
同じ品目・品種でも、作る人によって味が変わる。「どうやったら自分にもこの味が出せるだろう」と思えば、細かな栽培技術を質問したり、現場を見せてもらったりする。どんな土づくりをしているのか、どんな肥料を使っているのか、メンバーたちは語り始めるともう止まらない。そうして互いのテクニックを共有し、よりおいしいものを作っていく。
はりまざかマルシェのこれから
野菜を育て野菜に育てられてきたはりまざかマルシェの面々。これからも野菜の品質を上げ、マルシェのお客に納得してもらえる味を追求していくという。会長の森田さんは「これからはもっと広報にも力を入れて、もっとはりまざかマルシェで僕たちがおいしい野菜を作っていることを多くの方に知ってほしい」と言う。
一方ではりまざかマルシェは、野菜の味を良く知る客と“勝負をする”場でもある。彼らが腕を上げれば上げるほど、客の舌は肥えていく。本当の野菜の味を知った人々が、農家をさらに育てていく──。野菜と生産者と客との理想的な関係が、ここにあった。
◆はりまざかマルシェメンバーの皆さん(写真上段左から時計回りで)
- ベジLIFE!! 香取岳彦(かとり・たけひこ)さん
- 清水農園 清水良晃(しみず・よしあき)さん
- 柴海農園 柴海祐也(しばかい・ゆうや)さん
- 森田農園 森田昌(もりた・あきら)さん
- シンちゃんの畑 越渕新二郎(こしぶち・しんじろう)さん
- 戸張農園 戸張恭隆(とばり・やすたか)さん
- 柴海農園 津森秀治(つのもり・しゅうじ)さん
- まるやま~む すずきさとしさん
はりまざかマルシェ
会場:中勢以 内店 東京都文京区小石川5丁目10−18
日時:毎週日曜日 10:00~15:00