「たくさんの野菜を作りたい」から始まる販売戦略
柴海農園は2009年、印西市で400年続く農家の息子でもある柴海さんが、23歳の時に妻佳代子さんと始めました。現在では8haの畑で年間100品目ほどの野菜を栽培し、飲食店と個人宅への宅配と、マルシェや小売店での販売をしています。また、規格外の野菜はジャムやピクルスに加工。これらはDEAN & DELUCAをはじめ全国の高級食材店で扱われています。
これらの多角的な販売は、「いろいろな野菜を作るのが好き」という柴海さんの意向から組み立てられているといいます。では、具体的にどうやって収益を最大化し、ロスを少なく売り切っているのでしょうか。
例えば、約40のレストランと取引する飲食店への販売は、「ほぼお任せ」を貫きます。焼き野菜にするのかバーニャカウダとして提供するのかといった要望は聞きますが、内容はその時旬の野菜を農園側で選んで詰め合わせます。レストラン側には、常にメニューに変化を付けられるというメリットがあります。約200件の契約がある個人宅配も、大中小3種類の箱の中身は常に旬の野菜の詰め合わせです。
一方、約20か所あるスーパーなど小売店での販売では、サラダ用の野菜を詰め合わせた「サラダセット」と加工品の販売に絞り、できるだけ価格競争に巻き込まれるのを避けているそうです。
ビジネスマインドを磨いた「農家の台所」での経験
これらの販路拡大に、「これまで営業はほとんどしていない」という柴海さん。ただ、理想の農業をビジネスとして成り立たせるための戦略には、東京農大を卒業してから3年間勤務したレストラン「農家の台所」での経験が生かされているようです。
店長として、柴海さんは野菜売り場を併設した都内店舗の立ち上げにも携わりました。毎日運び込まれる大量の野菜を、調理用、販売用と仕分ける中で、「商品としての価値が高い野菜を常に出している農家」の存在に気付いたといいます。「シェフにもお客さんにも評判が高く、『今日のカブはあの人のでしょ』と味で言い当てられる。品種の選定から栽培方法まで他の農家とは違う特徴があり、これがブランドというものだと学びました」。
またレストランでは、どう付加価値を付けそれを客に伝えるかを常に工夫していたといいます。「野菜を仕入れて販売しているだけでは利益は薄い。農家自身が価値だと気づいていない部分にも価値を見出す必要があります」。
さらに、それを消費者にきちんと伝える技術と努力も必要です。「勤務していたのは都心の店舗だったため、野菜にこだわりを持つ一方でその野菜の旬の時期は知らないというお客さんもいました。農家の努力や『なぜ今この商品がこの値段なのか』といったことをきちんと伝える努力をしないと、価値は伝わりにくいとも実感しました」。
柴海農園で販売する野菜セットの箱には毎回、農園での日々の出来事をありのままに綴った「野菜セット通信」を同封し、顧客に畑を身近に感じてもらえるよう役立てています。
雇用の責任と覚悟「農業に携わる人を増やしたい」
柴海農園の柱である「少量多品種野菜」の栽培・販売とともに、柴海さんがもう一つ軸に置くのが農業人材の育成です。
「社員5人パートさん10人と、この規模の農家としては多くの人を雇用しているのは農業に携わる人を増やしたいから」。2017年には農園を法人化し、福利厚生を整えるなど、安定した雇用の場づくりにも力をいれています。
さらに、柴海さんがここ数年取り組んでいるのが従業員一人一人に複数の工程に携わってもらうこと。野菜の出荷、栽培、種まき、土づくりと工程をさかのぼるほどに農園の経営を左右し難易度が上がる一方、やりがいや面白さは増えます。「農家の仕事は段取り8割。出荷だけでなく収穫や栽培から関わってもらうことで、結果として出荷作業の効率化や質の向上になると考えています」。
柴海さんが思い描くのは、「社員、パートに関わらずゆくゆくは農業全体を見られる人材を育てる」こと。
「現在、農園には『農業が好き、面白い』という人や、将来農家として独立を視野にいれた人まで、様々な人材が働いてくれています。『農家の台所』を運営する国立ファームの創業者、高橋がなりさんが『自分が現場を離れても、自分が育てた人材が日本の農業を変えてくれる』とおっしゃっていたことを思い出します。自分もそんな役割の人でありたい」。
「農家の台所」で様々な農家の作る野菜に接したことで、柴海さんの中に「農業に正解はない」という考えも生まれたといいます。「いろんな人がいで、いろんなやり方がある。ならば好きにやればいい」。柴海農園のビジネスマインドを受け継ぐ人材が日本の農業にさらなる彩を添える日も、近いのかもしれません。