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給料をもらいながら独立就農の勉強も。大規模農業経営者を育てる農業法人の人材育成法

千田 一徳

ライター:

給料をもらいながら独立就農の勉強も。大規模農業経営者を育てる農業法人の人材育成法

静岡県伊豆の国市地域おこし協力隊、農家志し中のちだです。農業経験を積みつつ、独立の準備もできて、さらにちゃんと収入を確保できたら最高だよな。そう思ったことありませんか? そんなうまい話が……ありました。そこは、トップリバーさんです。農業法人として利益を確保しつつも、これまで30人以上を農業経営者に育て「卒業」させているというその唯一無二の仕組みを取材してきました。

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せっかく育てたのに巣立たせる。その真意は?

今回取材に来たのは、長野県北佐久郡御代田(みよた)町にある有限会社トップリバーです。
トップリバーは、他の農業法人と「人材育成」の点で大きな違いがあります。
農家志し中のちだの目線でスゴイと思ったトップリバーでの就農から独立までの流れを箇条書きにすると……

  • 従業員は「独立」を前提にして入社
  • 就職1年目のお給料が20万円
  • 3~4年目から数ヘクタールの圃場(ほじょう)管理の責任者になり、独立後に必要なスキルを積める
  • だいたい3~6年で独立
  • 独立した人たちはみんな初年度から黒字経営

しかし、会社からしたらせっかく育てた人材がどんどん卒業しちゃうんですよ?

農業って経験がものを言う、みたいなところあるじゃないですか?

育てた人材がいなくなることで、品質や収量が下がったりしないんでしょうか?

聞きたいことが山ほどあるので、社長に直接聞きました。

■嶋﨑秀樹(しまざき・ひでき)さん

1959年長野県南佐久郡生まれ。大学卒業後、北日本食品工業(現:ブルボン)入社。その後、佐久青果出荷組合を経て、2000年に農業生産法人(有)トップリバー設立。
トップリバーの主生産品目はレタスやキャベツで、加工・業務向けの契約栽培がメイン。
農地は長野県、静岡県に延作付け面積約200ヘクタール以上で年間売上14億円。独立した卒業生は30人以上。

入社数年目で「農場長」を経験させるわけ

せっかく育てた人材が卒業すると、経営に響くのでは?と感じたちだ。
そんなちだの疑問を理解してもらうにはトップリバー独特の生産管理方法をまず説明しなければなりません。

トップリバーでは、就職して数年経つと「農場長」という役職につきます。
農場長は数ヘクタールに及ぶ農地の全てを管理監督する責任者という立場になります。
冬場の閑散期、農場長は営業部門と受注数量に合わせた出荷目標を立てます。
仮に、年間10万ケースのレタスを同農地で出荷する、単価は○円と決まると、農場長はその目標値を元に年間の

  • 作付計画
  • 売上/原価管理
  • 期間雇用のパート採用
  • 作業管理

など農場経営にかかる全ての要素の計画、管理を行います。

つまり、独立して卒業していく人は「熟練の作業員」ではなく「区画単位の農場経営者」なのです。
会社で言えば、部門の責任者が抜けてしまうようなものです。

ちだ

こういう全体を管理監督できる方が抜けて、生産量が落ちたり、品質が下がったりといったことはないんですか?
まぁ、そういうこともなくはないですね。

しかし、新しく農場長になる人間は先輩の姿を見て成長してくれていますので、私は彼らを信頼して任せるんです。結果、年始に立てた目標はきちんと達成してくれています。
また、農業経営者を育てるためにはこういった環境を提供しなければならないんです。
なので、多少のリスクはありますがこの方法を採用しています。

嶋﨑さん

38歳で透析。動けない体で感じた使命と感謝の気持ち

「儲かる農業を実現する」ということを目標に2000年にトップリバーを設立した嶋﨑さんですが、1997年から人工透析を受けており、自分では農業そのものをすることはできませんでした。

当時の農業には、今よりも経営やマネジメントといった視点が欠けていました。
農業で利益を確保するために日本では当時まだ珍しかった「契約栽培」や「コンテナ出荷」といったことにも取り組みました。一方で私と一緒に夢を語り、農業をしてくれたのは当時20代だった社員3人です。
彼らに対する感謝と、その時確信した「農業を経営する」必要性は今でも忘れません。

嶋﨑さん

「農業を経営できる人間を一人でも多く育てることが自らの使命」と感じた嶋﨑さんは、トップリバーの経営拡充、仕組みの充実を図り今に至ります。

日本の農業の人材育成の課題、将来像について

圃場からは、そびえる浅間山が見える。

嶋﨑さんは、農業に携わる人材を3タイプに分けて定義します。
嶋﨑さんが区分する3タイプ:

  1. 農家タイプ:農業による利益確保よりも農のある生活や生産そのものに比重を置く
  2. 農業者タイプ:利益を得るために栽培を工夫し、規模拡大を考える
  3. 農業経営者タイプ:農業者タイプの発展系。大規模生産し、雇用と利益を生み出す
タイプ分けは便宜的なもので、優劣はありません。ただ、必要な人材や人材育成方法はタイプによって違ってくるので、これから農業業界を目指す人は自分がどうなりたいかを自覚する必要があります。
また、国全体という目線で見れば今後どういった担い手を増やしたいのかを明確にするべきですね。

嶋﨑さん

嶋﨑さんは今後日本、そして地域に必要なのは雇用を生み、耕作放棄地問題に対応できる「農業経営者タイプ」だと考えています。

農業経営者が自身の農業規模を拡大することで、その地域の耕作放棄地が活用され、雇用が生まれ、納税がなされます。
地域内での経済循環が生み出せる農業経営者の育成が私の使命だと考えています。

嶋﨑さん

農業経営者を育成するには?

今年のレタスの定植が順次始まっている。

「来年から、毎日100ケース、繁忙期には200ケースのレタスを出荷してください」

と言われても

「どうしたらいいのかわからない」

という人が大半ではないでしょうか。

では、このような大規模な農業をすることができ、雇用を生み地域を活性化する農業経営者はどのように育成するのでしょうか。

カギは環境を整え、全て任せることと嶋﨑さんは言います。

この場合の「環境」は

  • 大規模農業をするための「土地」「機械」の確保
  • 販路の確保
  • 利益を従業員に還元する仕組み

を指します。

これからの日本で、一定量の野菜を年間通して納めることのできる事業者へのニーズはどんどん増加するでしょう。
その需要を満たすのに必要なのは土地と機械と人員です。農業経営者になるには、これらを自ら管理する力をつける必要があります。
トップリバーでは環境を用意するので、どんどん経験を積んでその力を身につけて羽ばたいていってほしいですね。

嶋﨑さん

ちだ

なるほど。最初からこの環境に身を置けば、これが普通!になるんですね。
もちろん、環境だけではダメです。思い切って全てを任せる、ということも重要なポイントです。
信じて任せることで、彼らの成長につながるのですから。

嶋﨑さん

トップリバーの社員さん&卒業生を直撃!

今回は、嶋﨑さんだけではなくトップリバーで実際に働いている人、そして卒業して独立した人にもインタビューしました。

非農家出身、農業未経験から入社! 目標は故郷鹿児島での独立。

永崎亮太(ながさき・りょうた)さん。

鹿児島県出身の26歳。2020年3月で入社4年目となり、今年から農場長に任命された。
非農家出身の永崎さんは、高校時代に大規模農業に憧れを持ち、オーストラリアでの就農を夢見て卒業後にフィリピンへ語学留学。
そのまま語学学校に就職までしたが、原点に立ち返ろうと帰国。その際、トップリバーの卒業生で現在鹿児島で独立就農をしている人の記事を見てトップリバーへの就職を決意した。

ちだ

未経験からの入社ということでしたが、この3年間はどんな仕事をしていたんですか?
特に最初は、ひたすら農作業です。収穫やマルチ張り、定植など、とにかく作業をしながら農業全体の流れを経験、確認する毎日でした。
収穫時期は朝が早くて大変でした。

永崎さん

トップリバーでは、最初の数年はとにかく実務経験を積むそうです。
一番忙しくなる収穫期は朝の4時から働き始めるとか。
逆に閑散期の12月から3月は朝の8時ごろからで、なんと12月は1カ月丸々お休みだそう。
そしてその1カ月もお給料は出るのだとか。

1カ月のお休みを使って鹿児島に帰って農地探しや独立の準備をしました。
独立を前提にしているので社長やみなさんも理解があり、快く送り出してくれるだけでなく人を紹介してくださったりアドバイスをいただいたりしたのはとてもありがたかったです。

永崎さん

ちだ

お給料ありで1カ月休みなんて! 農場長としてのトレーニング、みたいなものは受けたんですか?
無いですね。無いのもわかっていたので、先輩のやっていることを常に観察してましたし、疑問に思ったらすぐに質問するようにしていました。

永崎さん

現状、いわゆるOJT(On the Job Training:実務を通じて業務を教える方法)は無いそう。しかし、全員が独立を目指しているということもあり、お互いを高めあいながら仕事をする、という意識が醸成されているとのこと。

社員として給料をもらう、というよりはお給料をいただきながら独立の修行をしているという認識の方が多いです。なので、お互い教え合いつつ、より良い方法を探っていくという雰囲気ですね。

永崎さん

ちだ

農場長として、現在具体的にどんなことをしているんですか?
社員8人と約14町歩(約14ヘクタール)の畑の管理を任されることになりました。
農場長として、この畑から年間7万ケースのレタスを出荷することが目標です。今はその目標に伴うP/L(損益計算書)の管理、作業スケジュールの立案などを行っています。

永崎さん

永崎農場長の後ろには、作業をする社員さんの姿が。

ちだ

(14町歩……7万ケース……そこだけ切り取っても、大規模農家やん……)
将来の目標はありますか?
故郷の鹿児島で、レタスと焼酎用のカンショ(サツマイモ)を栽培する予定です。
レタスの契約栽培で経営のベースを作りつつ、カンショなどマーケット需要に対応したものにもどんどんチャレンジしたいですね。

永崎さん

サラリーマンからの転職。異業種からの独立!

澤田渉(さわだ・わたる)さん。

大阪府出身の37歳。日本食研の営業を経てトップリバーへ入社し、農場長を4年間経験後独立して2年目。
非農家出身ながら、現在はトップリバーのある御代田町内の約4ヘクタールの畑でレタスとキャベツを生産している。
澤田さんが御代田町で独立を決めたのには、トップリバーのサポートが得られるという点も大きかったそう。

トップリバーでは独立の時に、希望すれば農場長として使っていた土地をそのまま借りられるという制度があるんです。
全然知らない土地より作業もしやすいですし、収量を確保できるイメージも持ちやすいのでいい制度だなと思います。

澤田さん

就農するときの大きな問題の一つが農地の問題です。
獣が出るか、水はけはどうか、土質は何か等々問題はつきません。
この問題が解消できるのはありがたいことです。

元田んぼの土。さらっさら。土づくりをゼロからしなくて済むのは大きなメリット。

大きな問題、もう一つは販路ですよね。
ここはどうしてるのでしょうか。

私は、全てトップリバーさんに販売しています。
ゼロから販路を構築しなくて済むのは、ありがたいです。

澤田さん

農場長を4年務めた澤田さんに「独立して変わったことは何か」と聞くと意外な答えが返ってきました。

経営のための財布の中身が、会社のお金から自分のお金に変わったというくらいですね。
独立したら自分でやらなければならないP/Lの管理、資産管理、人員・作業管理などは全て農場長時代にやっていましたから。
こうやって独立後もすんなり走れるのがトップリバーで働くメリットですかね。

澤田さん

「農業経営者」という選択。自分がしたい農業をイメージして、就農しよう!

独立を目標に、黙々と作業するみなさん。

今回インタビューをさせていただいたトップリバーの永崎さんと卒業生の澤田さんに二つ、同じ質問をしました。

一つは
「トップリバーに入って辛くなかったか」

もう一つは
「就農希望者にトップリバーを勧めるか」

です。

すると、どちらにも同じ答えが返ってきました。

「トップリバーに入って辛くなかったか」

に対しては

「体力的にはもちろんキツいけど、逃げ出したい、みたいな辛さはなかった」

でした。

理由は

「同じ独立を目指す仲間がいて、彼らの姿を見て自分がへこたれている場合じゃない、一緒に頑張りたいと思った」

ということでした。

また、

「就農希望者にトップリバーを勧めるか」

という質問については

「独立希望なら、非常に勧められる」

でした。

2人とも独立を具体的にイメージしながら切磋琢磨しあえる仲間が得られることをトップリバーの大きなメリットの一つだと伝えてくれました。

一方で、嶋﨑さんは雇用を生み、地域経済に好循環をもたらす農業経営者を育てるために環境を用意することが重要だと言いました。

農業をやったことがない人は、大規模農業の経営はとてもイメージできるものではありません。
しかし、同じ志を持った仲間が、先輩が実際にやっているのを見たらどうでしょうか。

「俺にもできるかも」

と思えるのではないでしょうか。

そして実際に農場長になり、実績を積み、自信を深めて独立する。

トップリバーに用意されている環境で一番のポイントは、そこで得られる仲間の存在なのかもしれません。

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