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酪農もワンチームで労務改善。入社倍率40倍超を実現した挑戦とは

千田 一徳

ライター:

酪農もワンチームで労務改善。入社倍率40倍超を実現した挑戦とは

静岡県伊豆の国市地域おこし協力隊、農家志し中のちだです。静岡県富士宮市に、なんと新卒入社倍率40倍超の牧場があるとのこと。その牧場の名前は「朝霧メイプルファーム」です。人手不足が叫ばれる酪農業界でなぜそんなに人が集まるのか、その秘密を探ってきました。

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なぜ人が集まる? 朝霧メイプルファームのしくみ

朝霧メイプルファームは富士山のふもと、朝霧高原にあります。

大迫力の富士山は、見るものの心をわしづかみにします。

朝霧メイプルファームデータ

搾乳等数:450頭
子牛:100頭
日本人従業員:10人
海外研修生:6人
生乳出荷先:農協

背後の山がすごい。

■お話をうかがった方
丸山純(まるやま・じゅん)さん

【プロフィール】
朝霧メイプルファーム有限会社取締役。1986年富士宮市生まれ。酪農家のもとに生まれながらも「手伝えって言われなかったから」と酪農を手伝うことがないまま東京の大学へ進学。
映像制作会社に就職するも、1年後に父からの要望を受けて実家へ戻り2009年に就農。
酪農を知らなかったからこそ、前のめりにさまざまなことを発想し、挑戦し、継続している。

酪農業界でもかなり珍しい? 徹底したマニュアル作りで労務管理

メイプルファームの牛舎。とてもきれいに清掃されていた。

以前、一日ではありますが酪農を身をもって体験したわたくし。

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その時酪農に携わる方々に感じたのは

職人芸

ということでした。

いい牛乳を、という目標の下に各自がなすべきことを坦々と、かつこだわりをもっておこなっていました。

がゆえに、
削蹄(さくてい)は○○さんじゃないとわからない、とか
酪農家は常に牛とともにあり、生活をともにするべし
みたいな印象を持ったのも事実です。(あくまでちだは、です)

こういう状況だと、なかなかお休みが取れなかったり、仕事を覚えるのも一苦労だなと感じたのです。

ちだ

ということで、酪農業界は大変だなと思ったしだいです。
わかります。
よーくわかります。

でもね、ちださん



ラクしたいんですよ。

休みたいんですよ。

丸山さん

ちだ

へ?
製造業を始め、他の業界では当たり前かもしれませんが、誰がやっても同じクオリティーの結果を担保する、その方法を最も効率的にする。
その結果、仕事量が軽減されてきちんと休める、これが必要なんじゃないかなって思ったんです。
なので、朝霧メイプルファームでは業務のマニュアル化を進めています。

丸山さん

メイプルファームでは、搾乳やエサの配合方法など日々のルーティン業務はもちろんのこと、「分娩(ぶんべん)後のカルシウム補給(分娩頭数に応じた補給の要不要まで記載)」といった、状況に応じて判断が必要な点についてまでも細かくマニュアル化されています。

マニュアル数は全部で200以上。

その全てはパソコンに保存されていて、従業員はいつでも確認することができます。

また、マニュアルは現場の意見を常に反映してアップデートされているので、あるけど、実際使われないというように形骸化されることがありません。

徹底的に作業を平準化することで、今では月の休日が8日になったそうです。

子牛がいる牛舎に張られているマニュアル。病気対策や水道凍結対策などまでマニュアル化されている。

ちだ

これなら、酪農の素人が入っても仕事できそう!
むしろ、マニュアルに先人の積み重ねが反映されているんだから、働きながら学べる!!
また、労務管理においては「モチベーションを高く保ちつつ働いてもらう」という点も重要だと思っています。
そのために
  • 意見を言いやすい環境作り
  • 提案された意見を継続的に実行する仕組み作り

も大切です。

丸山さん

メイプルファームでは、3年ほど前から従業員間のコミュニケーションツールにLINE WORKS(ラインワークス)というビジネス版のLINEを使っているそう。
報告、連絡だけでなくマニュアル変更の提案や作業中に気づいたことなどを発信することで、月に一度の会議などを待たずに迅速な意思共有ができるとのこと。

ちだ

でも、それって家族経営でスマホが使えないご高齢の方とかがいらっしゃると無理ゲーでは??
いえいえ、大事なのは伝えること、伝わることなので別に手段はなんでもいいんです。
例えば、小さめのホワイトボードに
・今日の予定
・今週の予定
・気づいたこと
・今月の課題
なんかを書いてみんなが見えるところに置くだけでもいいんです。

丸山さん

ちだ

確かに! それだけでも「阿吽(あうん)の呼吸だけが頼りの仕事感」が小さくなりますね!
また、意見を実行するというのも大事です。
自分がすぐにやってもいいですし、ミーティングで担当を決めてやるのもいいですね。
ポイントは
  • 誰が
  • いつまでに
  • 何をするか

を具体的に決めて共有することですね。

丸山さん

メイプルファームでは、新しく入った社員さんに必ず伝えることがあるそう。
それは
マニュアルを覚えるだけではなく、どんどん修正案を出してください
ということです。

実際に2019年に入社した新卒の社員さんがLINE WORKS内でこう発言したそう。

「夜間のトラクター運転時に共有のヘッドライト(頭に装着するライト)があった方がいい」
この提案に対して、丸山さんが次の日にヘッドライトを備え付けました。

また、ヘッドライトの管理マニュアル作成は提案した社員さんに任せられました。

「自分の提案がすぐに形になる。やりがいがありますよね」

とは、その新入社員さん談。

こうした取り組みが、働く人のモチベーションにつながり、いい職場環境へとつながっていくんですね。

これは、生まれたばかりの子牛を乾燥させて温めるカーフウォーマーという機械。

この機械にもマニュアルが貼られている。

とにかくデータ。データを残して、データを基に話をする。

朝霧メイプルファームでは、さまざまなデータを残しているとのこと。
主な例としては

  • 平均乳量
  • 出荷乳量
  • 毎日の乳成分
  • 1頭あたりの採食量
  • 乳房炎や各種疾病の頭数
  • 自給飼料・TMR(混合飼料)の乾物量
  • 軟便牛の数
  • 全廃用牛の廃用理由
  • 繁殖管理データ
  • 蹄病の内容データ

などがあるそうです。

従業員間でコミュニケーションをとる時には、必ずこういったデータを基にするようにしています。
経験や主観、滅多に起きないけれど印象的な出来事などに判断が左右されることを防ぐためです。

人手不足などで多くのデータが取れない場合には
  • 毎日の平均乳量
  • 採食量の変化

など始めやすいところから、少しずつやってみてはいかがでしょうか。

丸山さん

乳量データは重要なので、毎日全員が見られる場所に掲示される。

僕が働いていて何か意見を求められても

「経験がないから的外れなことを言ったらどうしよう」

と考えてしまいそうです。

ですが、客観的なデータがあることで、その傾向から仮説を立てるということは可能です。
誰もが働きやすい職場環境を整える意味でも、データの蓄積は大事なんですね。

家族とチームになれている? 最初からうまくいったわけではない丸山さんの取り組み

酪農業界では本当に珍しい月8日休み。
人手不足な業界ながら、新卒の入社倍率は40倍超。
しかも搾乳牛は400頭と規模も大きい。

もし僕が酪農業界の人間だったら

それはね、丸山さんだからうまくいったんだよね。
うちでは無理だよ。

って思いそうです。

でも、最初から順風満帆ではなかったそうです。

僕が就農した当時、経営はかなり厳しかったのだと思います。
そして、職場環境もあまり良くありませんでした。
入社した方が1週間で辞めてしまったのを見て、これはヤバイ、そう強く感じました。

丸山さん

せっかく入社した人が1週間で辞める。
今では産休を取りながら長く働く社員さんがいるメイプルファームとはかなり違う印象です。

そういった状況で、丸山さんが奮起してメイプルファームはすぐに劇的な変化を遂げた!
というわけでもありません。

酪農のことを知らないので、やっぱりいろいろ仕組みが気になるんです。
ミーティングで話をしてみたり、改善案を出してみたりとやってはみましたが手応えはありませんでした。

丸山さん

丸山さんが一人でやっているうちは、物事は好転しなかったそうです。
しかし、北海道の牧場の後取りになる人が修行としてメイプルファームに入社してきたことで変化は起きました。丸山さんは意見の合う仲間を得て、2人は「チーム」になりました。

今まで「丸山さん一人の意見」だったものが「複数の意見」になり、提案は少しずつ受け入れられるようになったそうです。

それでも周囲からの反対はすごかったですけどね。
本当にすごかったです。
でも、チームで取り組むことの重要性はその時によく理解できました。

丸山さん

農業や酪農の現場では、特に小規模家族経営の現場では、必ずしも「チーム」という考え方が浸透していない気がします。

主たる人がいて、家族はその人の手足となって動くだけ、といった状況を感じられている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

丸山さんは、小規模経営でも家族でチームになるべきだ、と言います。

チームになる、というのはそれほど難しくはないんです。
ホワイトボードにそれぞれの予定を書いて共有する
仕事のやり方をマニュアルなどで明文化する
意見を否定せず、受け入れる
課題を共有し、具体的な解決策を考えて実行する
ほんの少しの取り組みでチームが形成されて、少しずつ物事が好転し始めるのではないかと思います。

丸山さん

この仕組みを作った丸山さんの思い

従業員によってマニュアルは常に改善され、さまざまなプロジェクトが常に稼働している朝霧メイプルファーム。
なぜそこまで常に「より良く」を目指すのかを聞いてみました。

伸び代のある酪農業界。他業種と比較して選んでもらえるように。

一つは、経営的な視点からの答えでした。

酪農業界はまだまだ可能性があると思ってるんです。伸び代もあります。
だからこそ、他の産業や会社と比較して選んでもらえるような環境を整備したいんです。

丸山さん

新卒や転職で会社を選ぶ時には
「待遇、福利厚生」といった数字で比較できる定量的な部分
「やりがい、自己実現」といった数字で測りにくい定性的な部分
の2つがあり、酪農業界はそのどちらも低い水準だ、というのが世間の認識だと丸山さんは言います。

その水準を改善するためには、業務を平準化、均質化して、従業員が休める体制を作る。
仕事に余裕ができれば、改善や創造などクリエイティブな業務もできて、定性的な面での満足度にもつながる
という循環があると考えています。

丸山さん

他の企業でも言えることですね。
日々の業務が忙しすぎて、新しいことを始める心の余裕なんてない!

なのに、上から「改善案を出せ」「新しいアイデアを出せ」と言われて現場が疲弊する。
上は「ロクな意見が出ない」と憤り、現場との距離が離れていく。

ちだ

会社あるあるですね!

酪農家の息子として生まれた、恵まれた環境に対する責任を果たしたい。

酪農家の息子、という立場は非常に恵まれていると丸山さんは言いました。

もし、今からメイプルファームをゼロから立ち上げて、組織作りをすると考えるとそれは非常に難しいことだなと思っています。
だからこそ、先人、酪農業界、一緒に働いてくれる仲間に感謝し、かつそれらに貢献できるように努力し続けることが必要なのだと思っています。
酪農って楽しくて、やりがいがある! そう感じてもらえるようにこれからも努力します。

丸山さん

丸山さんと話をしていて、ちだが一番驚いたこと、それは継続する力でした。
200以上のマニュアル作成も、多種多様なデータ蓄積も一朝一夕にはできません。
丸山さんは、牧場内で取り組みに反対されつつもコツコツ積み重ねてきました。

朝霧メイプルファームに入社希望者が集まるその秘訣(ひけつ)は酪農業界でもトップクラスの労務環境にありました。

しかしそれを実現させたのは、一人のスーパーマンではなく、熱意を持って少しずつ確実に積み重ねてきた丸山さん、そして一緒に働く従業員の方々の努力の成果だったことに気付きました。

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