一本1188円! IT企業×酪農家が挑む日本一高い牛乳の未来

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一本1188円! IT企業×酪農家が挑む日本一高い牛乳の未来

一本1188円! IT企業×酪農家が挑む日本一高い牛乳の未来
最終更新日:2020年04月24日

「え? IT企業が牧場経営?」
ホスティング事業やインターネット電話サービス事業などを展開するIT企業リンク(東京都港区)と全国でも珍しい山地酪農のなかほら牧場(岩手県下閉伊郡)がタッグを組み、新しい酪農スタイルに挑戦しています。そこでリンク代表の岡田元治(おかだ・がんじ)さんに話を伺いました。数字に対するシビアな視点と、未来につなぐための本質の追求。日本一高い牛乳が売れ続ける背景には、強い思いを持った企業家と酪農家による、持続可能な体制づくりがありました。

熱意ある企業家と酪農家がタッグを組んだ新しい牧場の在り方

右・リンク代表の岡田元治さんと左・なかほら牧場の牧場長の中洞正(なかほら・ただし)さん

――IT分野で活躍するリンクがなかほら牧場とタッグを組んだきっかけは何だったのでしょう。

リンクはe-selectというオンラインモールを運営しているのですが、なかほら牧場はそのモールの取引先だったんです。通信販売の部署の社員が「ここの牛乳はすごい!」となかほら牧場の牛乳を見つけてきたのがきっかけでした。一口飲んでそのおいしさに驚いたというのもありますが、なにより通年の昼夜放牧と自然交配・自然分娩・自然哺乳でストレスのない健康な牛を育てる山地(やまち)酪農のコンセプトそのものにひかれたんです。そして翌年、撮影を兼ねて牧場に行った時にそのスケール感、環境、牧場の在り方すべてが最高レベルだと感じました。元々なかほら牧場は赤字ではなかったんですけど、投資家の誘いを受けて販売会社を設立し、設備的な拡張を行ってから、牧場を手放さないといけない状況になってしまったんです。2年後にそうした状況を知りこのすばらしい牧場が無くなるのは農業界の損失だと感じて、なかほら牧場の再生を手伝おうと決意したわけです。

――全然違う分野への挑戦はとても大きな決断だったと思いますが、酪農に興味はあったのでしょうか。

いえいえ。酪農のラの字も知りませんでした。でも、ちょうど日本の農業界にすばらしい人たちが存在することを知り始めていたこともあり、なかほら牧場との出会いで触発されました。これこそ本来の農業、本来の牧場の在り方だと思いました。今でこそ牛舎で育てるスタイルが一般的ですが、それは人びとが安値すなわち生産性と効率を追求した結果。一昔前だと牛は放牧されていて、野草など山にあるものを食べて生きていたんですよね。この牧場がきっかけで農と食の勉強を始め、まともな生産者を支えようと買い物の仕方まで変えました。いろんなお店を買いまわるのは、なかなか面倒ですが(笑)。

――今はどんな体制で経営しているのですか。

生産と製造はなかほら牧場で行い、牧場の経営と商品の企画・販売・営業などはリンクが受け持っています。日本橋と名古屋のタカシマヤや松屋銀座などの実店舗で販売したり通販サイトで売ったりするほか、食パン専門店・俺のベーカリーや飲食店・小売店に卸しています(※)。乳製品は商品単価が安いうえ、放牧は大量販売ができないので広告宣伝はほとんどしていないのですが、一度牛乳を飲んだ人がリピーターになってくれたり、メディアに取材してもらったりしていろいろなご縁をいただいてます。
※ 事前に連絡すればなかほら牧場でも購入できます。

生き生きと元気なスタッフと中洞牧場長

――働いている人たちも若い人が多いですね。

全部で25人いるスタッフのうち、20代の女性が半分以上です。岩手県の出身者は2人だけで、それ以外は神奈川・東京などの都市部の人間がほとんど。みんな山地酪農を学びたいという情熱を持って来てくれるんです。リンクの中でも「牧場で働きたい」と希望する社員が2人いて、今は岩手に移住し牧場で働いてくれています。前々から考えていた都市と地方の雇用の循環が少しずつでも実現していければなと思います。

さすがに驚いたエサ代年間4000万円

――実際に経営してみていかがですか。

想像以上に経費がかかるので驚きました(笑)。エサ代だけでも年間4000万円ほどかかるんです。野草や野芝などを食べるからエサ代がかからないって思われるんですけど、それは違う。牛本来の消化吸収メカニズムを維持するため輸入配合飼料などは使わないのですが、晩春から夏・初秋にかけては山に自生する野シバや野草・木の葉が食べられる一方、晩秋から春にかけては自家採草サイレージや干し草を買わなければなりません。だから一年のうち、7カ月はエサ代が必要なんです。こうした資材をはじめ、製造設備、人件費など含めて6次産業化って本当に大変なことなのだと実感しています。特に乳業は特殊なんです。言うならば機械産業。設備投資にとにかくお金がかかります。最近、もともとの牧場から1キロぐらい離れたところにある第2牧場に最新のオランダ製搾乳ロボットを導入しました。朝と夕方の搾乳はあくまでも人間の生活都合ですが、ロボット搾乳だと牛が搾ってほしいタイミングで勝手に搾られにやってくる。おやつ目当てで搾乳ロボットのところに入ってくると赤外線が乳の位置を判定して、あとは勝手に搾ってくれるんです。つまり“24時間の自由搾乳”です。これで放牧レベルも上がりました。自然放牧の牧場を維持していく難しさはいろいろな面で感じています。だからこそ企業が牧場を支える体制が必要だと思います。

牛たちのストレスフリーレベルを上げる搾乳機

一本1188円。日本一高い牛乳が売れる理由

放牧のノンホモ低温殺菌牛乳は自然な甘さ。わずかに草の色も残る

――日本一高い牛乳でも売り上げは右肩上がり。その秘訣(ひけつ)は何なのでしょう。

その分、経費も右肩上がりですが(笑)。なかほら牧場の山地酪農そのものが世界的に見ても今や珍しいので、特別なことをせずともありのままの姿を愚直に伝え続ける、それだけで十分なんです。すばらしい要素の宝庫ですからね。これが本来あるべき酪農の最高峰なんだって訴えているとメディアの取材を受けることも多く、おととしから去年にかけては7回もテレビに取り上げられました。その時は“世界一高い”といわれるグラスフェッドバターが飛ぶように売れて、半年待ちにまでなりました。それ以外にも、中洞牧場長は書いたり話したりするスキルがあるので、各地の講演に呼ばれて本来の酪農や食の在り方を発信しています。牛乳を飲んでファンになってくれる人、本を読んで興味を持ってくれる人、講演を聴いて応援してくれる人たちがお客さんとしてこの牧場を支えてくれています。

――正直、どれくらいの価格だと採算がとれるのでしょうか。

同じ規模の一般的な牧場と比べると、なかほら牧場の年間の乳量は3分の1から5分の1くらい。普通は一頭あたり一日に25~40リットルくらい搾乳できますが、うちは8リットルぐらい。作り方が特殊な分、生産できる量が限られているので本当は一本2000円くらいで売らないといけないんですが(笑)。そもそも、今の一般的な牛乳の価格がおかしい。だって、“命”の分け前である母ウシの乳が水やお茶より安いんですよ。本来あるべき牧場を追求していくととてもじゃないですがそんな価格でやっていくのは無理です。持続可能な酪農のためにも、なかほら牧場としての正しい農と食の在り方を伝えていきたいです。

農業のそばに真面目な会社がいること

のびのびする牛たち

――持続可能な農業のために必要なことって何でしょう。

農業のそばに真面目な会社がいることです。1次産業は病気、天気、放射能など予測不可能な出来事によって一発でダメになってしまう。でも我々の胃袋つまり“命”は1次産業事業者によって支えられているわけです。消費者として買い支えることはもちろん、リンクのような考えを持った会社が増えるといいなと強く思います。そして会社の代表者が責任を持って取り組むことです。そうでないと、組織の中では“赤字の事業は止めないといけない”というメカニズムが働いてしまいます。次の世代に受け渡すために、踏ん張る期間がとても大事です。ですから、うちの会社でもあと3年から5年くらいで黒字に持っていけるように日々模索しています。最終的には年間を通して2000万円前後のプラスマイナスに持っていけるようにしないといけない。しかも安定的継続的に、です。2000万円程度の赤字なら、毎月150万の広告費レベルですから、なんとか吸収できます。そこまでやってようやく支える企業の責任が果たせるかなと思います。これはリンクが非上場だからこそできたことで、上場していたら続けるのは厳しかったでしょうね。株主が許しませんから。

――今後、思い描く未来は。

山地酪農そのものをもっと大勢の人たちに知ってもらうことによって多様な酪農スタイルを持つ酪農家が増えていけばいいと思っています。難しいと言われていたお米でも自由化ができたので、同じように酪農ももっと自由に売れるようになるといいですね。先の話になるかもしれませんが、そうした酪農経営者が増えることで山に人の手が入り、荒廃してしまった山の再生にもつながればと考えています。それには企業の支えと地元の理解が必要ですが、可能性は十分にある。地道にこのスタイルを積み重ねることで行きつ戻りつしながらも、その未来に向かって進んでいければと思います。

リンク本社にて

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