田舎暮らしを求めて睦沢町に家を建てる
房総半島の東部に位置する睦沢町。古くから稲作が行われてきたのどかな町です。この睦沢町で、里山ソーシャルデザイン代表理事の杉田基博(すぎた・もとひろ)さんは農泊を運営しています。その発端は家探しだったと、杉田さんが説明してくれました。
「元々は都内に住んでいて、マンションを買うことにしたものの、手頃な値段のマンションを見つけても、ローンを組んで利子を含めた総額を知って、こんなにも支払うのか……と感じ、田舎暮らしを選択しました」
東京に近くても田舎なら、もっと安く健康的な暮らしができるのではないかと考え、経営しているデザイン事務所は都内に置きつつ、生活の拠点は土地を安く購入できる田舎に移すことにしました。関東周辺で土地を探した結果、杉田さんの実家がある茂原市の隣町、睦沢町で家を建てることになりました。その土地の前にあった水田が、後の農泊運営につながることになったといいます。里山ソーシャルデザイン事務局長の友寄さんが当時を振り返ります。
「2008年に家の前の水田に車の一部が捨てられてたんです。水田といっても桑の木が3本も生え、草丈2メートルほどの雑草が生え放題の荒れ方だったために不法投棄されてしまったのでしょうが、ゴミが捨てられたら、新たなゴミを呼ぶといいますよね。そこで桑の木を切り倒し、水田を整備したことをきっかけに、米作りのワークショップを開催することにしました」
睦沢町との連携で農泊推進協議会を設立
当初は友人や会社の仲間が手伝いに来るぐらいだとイメージしていたといいます。ところが、会社のウェブサイトに米作りワークショップのことを書いたら、知り合いではない人からの問い合わせが舞い込むことに……。会社では町づくりを目的としたワークショップ事業も展開していたこともあって、米作り体験をしたいと問い合わせてきた人も受け入れ、2009年に米作りワークショップが始まりました。
「このワークショップを続けていると、次第に睦沢町役場の皆さんにご支援いただくようになりました。睦沢町の広報をお手伝いしたり、お土産用のオリジナル商品の制作に関わるようになりました」(友寄さん)
睦沢町は米作りが盛んであったことから、睦沢町産の米を使ったオリジナル商品の開発に取り組みました。プロデュースしたレシピをもとに、町内の福祉施設が調理したリゾットは「道の駅むつざわ つどいの郷」内の「つどいの市場」で販売されています。また、睦沢町産の酒米を原料に、隣町の一宮町にある稲花酒造が仕込んだお酒を「睦水(ぼくすい)」と名付け、そのパッケージのデザインを手がけました。
さらに宿泊施設、体験プログラムを充実させていく
睦沢町との付き合いを深めていった結果、農林水産省が農村の活性化を目的に農泊推進事業を展開したことを受け、町と共同で「睦沢町農泊推進協議会」を立ち上げ、その中核団体として里山ソーシャルデザインを設立しました。その理由を友寄さんがこう説明します。
「自分たちだけが、農泊を始めるだけなら協議会は必要ありません。睦沢町で農泊事業を始めたいと考える方をお手伝いする役割を担うためにも協議会を設立しました。2019年1月に『農泊開業セミナー』を開催したところ、千葉市から参加された方が、早速、睦沢町に引っ越してこられ、仲間に加わりたいと連絡がありました。今後は、都市と農村が交流するためのオープンプラットフォームを目指し、睦沢町の多くの方々にご参加いただき、宿泊施設を充実させていく予定です」
農泊開業後は里山ソーシャルデザインが窓口となって宿泊客を紹介していくといいます。これまでに「岩井ファーム」と「まことの里」という二つの宿泊施設を整備。岩井ファームにはキャンプサイトも併設して、2021年に本格的な開業を予定しています。
ただし、この地域は観光地ではありませんから、都会からやってきた宿泊客に喜んでもらうには、農村ならではの体験プログラムの充実が不可欠です。里山ソーシャルデザインでは、農泊事業のきっかけとなった米作りワークショップのほか、日本酒「睦水」を仕込んだ稲花酒造を訪問するなどの体験プログラムを提供していますが、睦沢町に限定せずに農村体験できる機会を充実させようとしています。
「宿泊施設は睦沢町内に限定するにしても、農村体験に関しては、近隣の町村で行えることも取り入れていく予定です。3年後をめどに宿泊施設、体験プログラムを充実させて、都会の人達に農村を体験してもらい、農村を活性化できるようになりたいですね」(友寄さん)
米作りワークショップはすでに10年以上続けられていますが、里山ソーシャルデザインの農泊推進事業はまだ始まったばかりです。今後の取り組みによって、都会と農村の架け橋になることでしょう。