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新しい国産チーズ振興、カギは「地酒のような地チーズ文化」

新しい国産チーズ振興、カギは「地酒のような地チーズ文化」

現在、全国にあるチーズ工房は300以上。10年前と比べると倍増し、国際的なチーズコンテストで入賞する作り手も生まれています。世界レベルをめざす品質向上とブランディングの一方、大切なのは、いかに日本人の食卓にチーズを当たり前に浸透させるか。チーズ作りや販売に関わる女性4人の取り組みから、ヒントが見えてきました。

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国産チーズを地域に根付かせるには

日欧EPA(日EU経済連携協定)の発効で安価な輸入チーズが増える中、国も酪農を支える国産ナチュラルチーズの生産と消費拡大をすすめています。2010年に150軒だった国内のチーズ工房は、2018年、全国で319工房と2倍以上に増えています(農林水産省調べ)。
また、国際的なチーズコンテストで入賞する作り手も生まれ、日本ならではの発酵文化をいかしたナチュラルチーズに世界的な評価も高まっています。
チーズ生産者向けの研修会を開いている蔵王酪農センターが2月27日、都内で開いた「国産ナチュラルチーズシンポジウム」には、チーズの作り手や国産チーズ専門の飲食店を営む女性4人が登壇しました。
国産ナチュラルチーズの消費拡大を考えるとき、「国産の価値をどう伝えて高く売るか」というブランド化になりがちですが、同時に大切なのは日常に、地域に、どう浸透させるかという買い手目線の販売戦略です。人に売る前にまず、自分がそれを食べたいから作る。女性ならではの日本チーズ振興論を紹介します。

ヨーグルトで稼いでチーズを広める 商店街のチーズ店

神戸市で「スイミー牛乳店」を営む水門輝美(すいもん・てるみ)さんは、イギリスの牧場や北海道でチーズづくりに関わり、乳酸菌などチーズの原料を扱う商社に勤めたあと、2年前に地元神戸の商店街に工房を開きました。

ウォッシュチーズを持つ水門さん。店舗スペースは2坪ほど

イギリス時代に経験したロンドンのチーズショップでチーズを無造作に切り売りする販売スタイルを「かっこいい」と思い、パンや野菜や肉を買うように日々の食卓にチーズを根付かせたいという思いから、郊外の牧場のそばではなく、人の住むエリアに近い商店街に決めました。

神戸の古い商店街になじむあえてレトロな店名「スイミー牛乳店」

作っているチーズは1種類。癖のある「ウォッシュタイプ」だけで、オープンから2年、売り上げの8割はヨーグルトです。しかしこの生乳100%の手づくりヨーグルトが評判となり、常連客を徐々にチーズファンへと導いています。ヨーグルトを売りにした理由は、チーズと同じ「乳製品製造許可」で作れるため小さな工房でも両立できることと、「日本の食卓に既になじんでいるヨーグルトのようにチーズも日常にしたい」という思いがあったからです。桐箱に入れるようなチーズではなく、食べない部分にはコストをかけない商品設計で、街のチーズ屋さんとして徐々に地域に根付いています。

輸入困難を逆手に 全国でも珍しいフレッシュチーズ

群馬県・川場村の道の駅「川場田園プラザ」は、関東近郊から毎年180万人が訪れる人気施設です。その中のチーズ工房として2019年に「KAWABA CHEESE」はオープンしました。村内にある川田牧場の牛乳を使い、チーズ製造を任されるのは片岡恵子(かたおか・けいこ)さん。ヨーロッパや栃木でのチーズ製造やバイヤーとしての経験を買われ、責任者に抜てきされました。オープン直後のゴールデンウイークにはおよそ100キロのフレッシュチーズが2日間で売り切れ、開業わずか1年で有名チーズ工房の仲間入りです。

豆腐のような型に入れて作る軟らかいフレッシュチーズ「ストラッキーノ」(右)。わらび餅のような食感とヨーグルトのような酸味。はちみつやオリーブオイルをかけて食べる

片岡さんがこだわって作るのは、イタリアではポピュラーなフレッシュチーズ「ストラッキーノ」です。乳酸発酵によるヨーグルトのような酸味が特徴で、「イータリージャパン」でバイヤーをしていた片岡さんは、賞味期限が短く本場イタリアからは輸入困難だからこそ、地元で作る価値があると考えたのです。日本国内ではあまり知られていませんが、丁寧な説明と試食を続けた結果、当初の予想を大きく上回り、高齢者から子供にまでおいしいと評判を呼び、今では一番人気の商品になりました。

川場田園プラザの「KAWABA CHEESE」にて。片岡さんご本人が自分で作ってでも食べたいほどストラッキーノのファンなのだそう

天皇杯受賞の牧場から世界で認められるチーズを

栃木県にある「那須高原今牧場」は1998年、畜産の最高峰である天皇杯を受賞し、天皇皇后両陛下が視察されたこともある有名な牧場で、搾乳牛300頭、ヤギ50頭を飼養しています。開拓3代目の高橋ゆかりさんは、農業大学校を出た後、十勝・新得町にある「共働学舎」と白糠町の「白糠酪恵舎」でそれぞれ2年研修し、イタリアでも修業しました。そして、2012年、研修時代に出会った雄幸(ゆうこう)さんと結婚し、夫婦で工房を開きました。

那須高原今牧場の敷地内にあるチーズ工房。牛チーズとヤギチーズが豊富に揃う

ゆかりさんは牛のチーズ担当、雄幸さんはヤギチーズ担当と役割が分かれています。お互いに専門領域を持つことが夫婦円満の秘訣(ひけつ)だそうですが、やりがいと同時に責任は重く、出産の前日まで仕込みをして臨んだという3児の母でもあります。

生乳に乳酸菌と酵素(レンネット)を加えて固まった所をカットするゆかりさん。作業は朝5時から

夫婦で技術を研さんし、ゆかりさんが作るウォッシュチーズ40日熟成「りんどう」は、「ワールドチーズアワード2019」でブロンズ賞を受賞し、世界に評価されました。また雄幸さんのヤギチーズも多くの賞を獲得し、今年は全国のチーズ生産者組織「日本チーズ協会」を発足させ、国産チーズ界をけん引していますが、2人には共通した思いがあります。

那須は北海道に次ぐ大酪農地帯で、チーズ生産も盛んです。地元の工房5軒で「那須ナチュラルチーズ研究会」を立ち上げ、チーズで地域振興を図っているのです。ゆかりさんがチーズの道を志したのは、「戦後、この地を開拓した祖父母や、受け継いだ両親が育んできた牛乳を生かしたい」という思いでした。チーズを通して地域農業に光が当たることを目指しています。

国産チーズには日本酒を 発酵をテーマにした酒場

最後に、国産チーズを地酒と合わせる食べ方を提案するのは、兵庫県明石市で「国産チーズ酒場Ace(エース)」を営む鈴木みどりさんです。

国産チーズと日本酒の組み合わせを提案する「発酵醸造酒場Ace」

十勝のヤギチーズに感動したことがきっかけで、国産チーズの生産者と知り合い、店名を「ワイン酒場」から「国産チーズ酒場」に変えたほどのチーズ人生です。さらに日本チーズなら日本酒を、という提案で、全国のチーズ生産者と蔵元を紹介しています。オープンから8周年の2020年5月には店名をさらに進化させ、「発酵醸造酒場Ace」として、日本古来の漬物や梅干しのように「日本チーズと日本酒をもっとみんなの日常に」をコンセプトに、生産者とともに歩む使命感と生きがいにあふれています。

地域のチーズ工房は食供給のリスク分散になる

チーズをつくる女性に共通していたのは、ビジネスの視点だけでなく「自分が食べたいチーズ、隣近所の人や、自分と好みの近い人が食べるチーズ」、いわば「共感を呼ぶチーズづくり」でした。食も文化も大切なのは個性と多様性です。自社のチーズを高めるために品質向上は不可欠ですが、同時に長く買い続けてもらうには、作り手自身がいかにその土地に入り込み、地元に可愛がってもらえるかという友好的かつ長期的な経営の視点を感じました。

各地域にチーズ工房ができることは、鮮度が命の牛乳にとっても、いざというときのバッファーとなり、安心感につながります。牧場の牛乳を近場で引き受けてくれれば、たとえ量はわずかでも、精神的な支えや励みになり、応援消費や買い支えも生まれます。

小規模でも自立したオンリーワンの工房が各地に分散してあることは、食文化だけでなく、食の供給システムとしてもリスク分散になります。その土地ごとに地酒ならぬ“地チーズ”が生まれれば、酪農も地域の誇りとして、チーズとともに豊かな食を提供できると確信しました。

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