「自己肯定感」を育む農業【畑と人材育成とvol.2】

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「自己肯定感」を育む農業【畑と人材育成とvol.2】

連載企画:畑と人材育成と

「自己肯定感」を育む農業【畑と人材育成とvol.2】
最終更新日:2020年07月13日

前回の記事で農業には「適材適所」を可能にし、さまざまな人を包摂する力があることをお伝えしました。一人一人が持つ「長所」を発見することで「適材適所」を可能にするわけですが、農作業には自分の長所を発見するツールとしての側面もあるのです。
私が運営している「就農支援プログラム」では、参加した方が野菜作りを通じて、自分の長所を発見したり、自分自身で自己肯定感や自己効力感を育んでいます。

農業が自己肯定感を高めてくれるのはなぜ

私が運営している「農スクール」では、働きたいけれど仕事がない方や働きづらさを抱えた方に向けて「就農支援プログラム」を提供しており、主にホームレスの方や生活困窮者や引きこもりの方、障がいを持つ方などが参加しています。このプログラムでは、参加した方が野菜作りを通じて、自分の長所を発見したり、自分自身の力で自己肯定感や自己効力感を育める場づくりを目指しています。
こうしたプログラムの背景・実践・実際の効果などについて、お伝えします。

「就農支援プログラム」に参加された方の中には、失業などで自分への自信を失ってしまい、生きる気力や働く意欲を失ってしまっている方や、自分の長所に気が付かず生かせていないために就職活動をしてもなかなか就労に結び付かない状態の方などもいます。
しかし、一緒に野菜作りに取り組んでいくと、「どうせ自分なんて……」と言っていた方が、「自分にもできるかも……」という言葉を口にするようになり、ほどなく新しい農作業に自ら進んで挑戦したりする姿が見られるようになります。その後、就職活動に取り組み、就職する方も出てくるようになります。多くの参加者にとって、農業は自己肯定感を育む場となっているようです。

プログラム概要

「農スクール」では、「農作業が持つ力」を生かした「就農支援プログラム」を構築し提供しています。就農支援プログラムは、導入編、基礎編、就職準備編、と3部構成となっています。今回は、導入編と基礎編についてお話しします。

就農支援プログラムのスケジュール

導入編には、「農業に興味があるがやったことがないので、どんなものか知りたい」「長く人と話をしていないので、会話が少なそうな農業を活用した就労支援の現場から参加したい」という方から「農業を仕事にしたいと決心している」という方まで参加しています。基本的には、同じメンバーが参加し、「農業を本格的に仕事にしたい」と思う方だけが、次の基礎編に進む形となっています。
頻度などについては、負担なく始められるようなプログラムで、導入編・基礎編の期間はそれぞれおおむね3カ月程度ずつで、2時間×全10回、活動しています。

1. 導入編

農作業を活用した「就農支援プログラム」では、回に応じて「目的」を設定し、その「目的」に紐(ひも)づけされた「農作業」をプログラムに組み込んでいます。
「導入編」の全体を通じた目的は、以下の3つです。
①自分と向き合うことで自分自身を知ること
②自己肯定感・自己効力感の確立(自分の存在・自分の力を認める)
③コミュニケーション力の向上

「①自分と向き合うことで自分自身を知ること」を目的とした際の農作業は、一人で土や野菜に向き合う農作業を中心にしています。また「②自己肯定感・自己効力感の確立」においては、小さい成功体験を短い期間で積み重ねるために、育てやすい二十日大根などで種まきから収穫まで体験するなどの工夫をしています。「③コミュニケーション力の向上」においては、長年引きこもっていた方も参加する場合もあるため、まずは、「毎回、同じメンバーのみ」でプログラムを受けられる環境を整え、その中でコミュニケーションのトレーニングをしていくことができるよう、「導入編においては単発のボランティアや参加者を極力受け入れない」ということを大事にしています。
さらに②③の充実を図るため、講座内で栽培した野菜を、受講生全員で収穫し、自分たちで調理して食べる収穫祭などを開催しています。

自分たちの作ったものを調理して食べる収穫祭の様子

2. 基礎編

次のステップに当たる「基礎編」で設定する目的は下記の3つです。
①目標を見つける(就職までのビジョン)
②自分の気持ちのモニタリング手法を身に着ける(モチベーションやメンタルヘルス)
③他者との関係性の構築
 
「①目標を見つける」に関しては、「目標設定の習慣づけ」のため、各参加者に講座の最初に目標を、講座後にその目標が達成できたかをそれぞれ発表してもらいます。「②自分の気持ちのモニタリング手法を身に着ける(モチベーションやメンタルヘルス)」については、ワークノートという農スクール独自の振り返りシートを活用することで、内省を促す機会作りを提供しています。「③他者との関係性の構築」については、グループワークなどを積極的に取り入れ、良いところを発見し合って教え合うようにします。また、導入編とは違い、単発のボランティアや視察なども受け入れ、「初対面の人と接する」という環境を作り出すようにしています。

プログラムの背景

1. 農作業を系統分けし、目的に紐づけする

農作業の一連の作業を、「技術習得系」「反復系」「協働系」と3系統に分け、系統分けに応じた農作業をすることで、持つ長所を発見することに活用しています。「技術習得系」は、新しく学んだことを即座に活用する作業、「反復系」は、同じ単調作業をコツコツと繰り返す作業、「協働系」は、他者と協力してコミュニケーションを取りながら行う作業となります。多種多様な農作業を取り入れることによって、本人が持っていながら本人すら気が付いていない長所を発掘する可能性が出てきます。人は、普段やらないことをやったり、普段とは違う空間で行動したりすることで、違った側面から自分の性質やスキルを見つめることができるので、長所を発見できることがあるのです。その長所が生かせる適材適所な業務のある農業法人とのマッチングを目指しています。

農作業と目的を紐づけしたプログラム

2. 独自の振り返りシート「ワークノート」

参加者には、毎回、独自の「ワークノート」というA41枚のレポートを書いてもらいます。このワークノートは、参加者にとっては、自己観察のツールとして、プログラム提供側にとっては、個々人の変化を把握するツールとして役立つように構成されています。
ワークノートは一見、農作業を記録する作業日誌のように見えるのですが、そこに「自分がどう感じたか」「何を考えたか」という定性評価と、4段階評価による定量評価も記載する作りになっています。
ワークノートは、毎回記入していくと、時間軸で自分の成長を「見える化」できるので、今後の励みにつながりますし、プログラムの後半には、目標設定とそれに対してフィードバックをするサイクルも組み込まれていますので、計画を立て達成していくことの習慣化につながります。
参加者には、プログラム終了後、ワークノートを冊子にして返却しています。農スクールを修了した後も、仕事などの日々の生活の中で、心が折れそうなときにワークノートを見返し、「ここまで頑張ってきたんだから、まだまだ自分はできる」と自分を勇気付けるツールとしての使い方もあるかと思います。

農スクールのワークノート

自己肯定感を高める効果

ワークノートから分かること

参加者が、どんな風に気持ちが変化したかなど、ワークノートから情報を得ることができます。
2018年の導入編のワークノートの結果を下記に紹介します。
量的なデータより、土に触れたり野菜づくりをすることが、参加者の気持ち、知識、体力に変化を与えていることがわかる結果となっています。

それぞれのコメントを見ると、達成感や前向きな気持ちを表現するものが多く、農業を通じて自分への自信を高めている様子がうかがえます。

「生きていると実感できるようになった」

また、実際に参加者と現場で一緒に農作業をする中でよく耳にするのが、「生きていると実感できるようになった」というような内容の言葉です。

畑には、虫や雑草、野菜など、人間以外の生き物がたくさんいるため、農作業をすると、多くの生命体に触れることになります。参加者は、たくさんの生命体に触れることで、「自分という存在が生きているということ」を実感していっているのではないかと考えられます。

人間以外の多様な生き物に触れることで、「生きている」ことを実感できるように

まとめ~今だからこそ農業~

参加者が農作業を通じて、気持ちや行動が変わっていく理由として考えられるのは、
「野菜を育て上げる経験」という体験には、「自分の手でまいた小さな種が芽を出した」「野菜のお手入れを丁寧にしていたらおいしそうな野菜ができた」「収穫した野菜を食べたらおいしかった」「人にもおすそ分けしたら喜ばれた」など、小さな成功体験がちりばめられているからだと思います。小さな成功体験を積み重ねていくことにより、自分で自分自身の存在を肯定できる「自己肯定感」や、自分にも何かできるという「自己効力感」を取り戻しているからではないでしょうか。

今自信や仕事を失っている状況ではなくても、誰にでも危機は訪れる可能性があります。そんな時、農業は確かな自信を与えてくれます。これを機に、農業を、職業としての選択肢の一つに考えていただけるとうれしいです。
次回は、プログラムの「就職準備編」についてお話ししながら、「就労機会を生み出す農業」についてお伝えします。

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