「使用している生産者が少ないので馬ふん堆肥の情報が入手できない!」との声が編集部に寄せられました。そこで、専門家にお話を伺うことに。
今回馬ふん堆肥について教えてくれたのは、農業科学の知識と実学のノウハウを持ち合わせたつくば牡丹園園長兼つくば薬草研究所所長の関浩一さんです。
【関浩一さん プロフィール】 茨城県つくば市の「つくば牡丹園」の園長として、6万株の牡丹・芍薬栽培を無農薬で行う。牡丹園の花が化学肥料の使用と地力の低下により次々と枯れてしまったことをきっかけに、本格的に農業科学の勉強をスタート。その後、東京農工大学の名誉教授に勧められ大学で農学を学び、大学での共同研究や実証研究を続けている。 堆肥化や土壌改良の期間短縮化を実現する土壌改良キットなども独自に開発し、生産者の間で効果をあげている。 現在は、サラブレッドのふんの堆肥化事業を、茨城大学農学部の教授らと共同で行っている。 |
土づくりのプロフェッショナルから、まずは他の堆肥と馬ふん堆肥の違いについて教えてもらいました。
馬ふん堆肥と他の堆肥を比べると?
肥効と土壌改良効果
馬ふんと他の堆肥の成分や効果を比較してみましょう。肥効の面からいうと、鶏ふん堆肥、豚ぷん堆肥、牛ふん堆肥、馬ふん堆肥の順に肥料成分が多く含まれます。その理由は主に、堆肥に含まれるふんの量によるもの。さらに、牧草などを主食とする馬や牛のふんには植物性有機物が多く含まれるのに対し、えさにタンパク質や炭水化物が多く含まれる鶏や豚のふんには肥料成分である窒素、リン酸、カリウムなどが多く含まれています。
このようなふんの成分の違いや、ふんを混ぜる割合によって肥効は変わってきます。一般的な堆肥のふんの割合は、それぞれ以下のようになっています。
鶏ふん堆肥:植物性有機物がほとんど添加されておらず、ふんのみ
豚ぷん堆肥:ふんの割合が多く、もみ殻やおが粉との割合が7:3
牛ふん堆肥:ふんともみ殻やおが粉の割合が5:5
馬ふん堆肥:1割がふん、9割が落ち葉、稲わら、もみ殻などの植物性有機物
※おおよその割合、製品により割合は異なる
「え? そしたら鶏ふんが一番良いの?」と思う人もいるかもしれません。実は土壌改良効果という面でいうと、有機物をえさとして土壌の微生物が活性化されるため、有機物が多い方が効果があります。つまり、馬ふん、牛ふん、豚ぷん、鶏ふんの順に土壌改良材としての効果が高くなります。
肥効としては馬ふん堆肥は馬ふんの量そのものが少なく、肥料成分はそれぞれ1%未満ですが、有機物は他の製品と比較すると段違いに入っています。つまり、馬ふん堆肥は肥料ではなく土壌改善に使われることが多いのです。
馬ふん堆肥は、徐々に土壌改良効果を発揮します。一般的な使用方法は、畑全体に約500㎏~2tを散布し、耕運機などで20~30センチほど土を耕して堆肥と混ぜる方法です。この方法で毎年(年2作の場合、2回ほど)施用すれば徐々にやわらかい肥えた土になります。
堆肥の成分が及ぼす影響
抗生物質
鶏ふんと豚ぷんについては、病気を防ぐためにえさとして与えられていた抗生物質が含まれています。その抗生物質が多剤耐性菌※に土中で変わる可能性があり、それらが植物に移行する可能性もあります。私たち人間がそれらを食すと、いざという時に耐性菌に対して抗生物質が効かなくなる場合があります。
※多くの抗菌薬(抗生剤)がきかなくなった細菌のこと
堆肥ごとの特徴と作物への影響
鶏ふんには、石灰などのカルシウムが多く含まれているという特徴があります。
本来、土壌のカルシウム・マグネシウム・カリウムのバランスは5:2:1でなければなりません。仮にカルシウムだけの数値が高すぎると、拮抗(きっこう)作用といって互いに効果を打ち消し合ってしまい、他の成分が効かなくなります。それぞれの作物はマグネシウムもカリウムも必要とするため、それらの効果が無くなってしまうと、カルシウム過剰障害がでてしまうことがあります。
あまりカルシウムが多すぎると他の肥料を吸収できなくなるため、そのような状況に弱い作物には鶏ふんは合いません。
地力が高い土とは、生物性、物理性、化学性に富んだ土で、肥沃な土です。地力と肥沃は狭義では違います。化学性が富んでいても、各成分が化学反応を起こし、成分が植物に吸収できない状況になる場合があります。
豚ぷんは、鶏ふんほどではありませんが抗生物質が含まれているにもかかわらず牛ふんより値段が高いため、使用する人は少ないそうです。また、亜鉛や銅などの重金属の含まれている量が若干多いです。
牛に関しては、餌を与える際に塩をなめさせます。その塩が尿やふんに混ざるのですが、その分、塩分を排出するはたらきを持つカリウムが多く含まれることになります。カリウムの成分が多いと、作物はマグネシウムを吸収できなくなります。
牛ふん堆肥は作り手によってカリウムを避けてつくっているところもありますが、ごく一部でありなかなか入手できないそうです。
おすすめの馬ふん堆肥は?
抗生物質が入っていないサラブレッド堆肥
関さんは、おすすめの馬ふん堆肥として自身が開発した「サラブレッド堆肥」を紹介してくれました。
「現時点では牛ふんも抗生物質の影響により鶏ふんと豚ぷんほどではありませんが耐性菌を持っているので、安心安全を追求した結果、馬ふんにたどりつきました。ドーピングに対して厳しいサラブレッドの馬ふんを使用することで、抗生物質がほとんど使用されていない資材を実現できました」
農作物の成長に即効性があるのは鶏ふん堆肥ですが、サラブレッドの馬ふんにさまざまな資材をいれることで、鶏ふんと同等の肥料効果を持たせ、土壌改良効果もある資材ができました。「2018年ごろから農家さんに使用していただいて試作を重ね、3、4作目になりますが、1作目から収穫量が増え、味や香りの向上も確認されたと報告をいただいています」と関さん。
最初は6つの生産法人で使用してもらったといいます。なかなか新しい資材や農法を試したがらなかった生産者の間でもクチコミで評判が広がり、使用件数は年々倍増しているそうです。
効果のあった作目
分かっている範囲では、1作目からタマネギ、スイカ、イチゴには効果がありました。トマトでいうと、ある生産者はこれまで平均3トンだった収穫量が8トンに増え、糖度も平均7~8度のところ10~12度と、質と量の両方が改善されました。ネギも栽培の前半では目には見えませんでしたが、後半では収穫量が増えたとのことです。
一番効果があったというのは、つくば市でこれまで牛ふん堆肥をメインで使用していたハウス栽培の生産者です。天候不順が続き、フザリウム菌による病気が蔓延(まんえん)してしまいましたが、馬ふん堆肥を施した後は改善され、通常通り栽培できました。
独自の技術により発酵させた馬ふんにはトリコデルマやセルラーゼが含まれるため、萎凋(いちょう)病や根腐れ病の原因となるフザリウム菌や発芽阻害、苗立枯れ病や腐敗病を起こすピシウム菌などにも有効です。
実際に使用したほとんどの生産者は効果を実感し、10アールから20アール、30アールといったように使用面積を増やしています。
また、値段は馬ふん堆肥の方が高いですが、牛ふんの2トンと馬ふんの500キロを比較すると、馬ふん500キロのほうが収量増加や品質向上の効果が出やすいそうです。
より性能が良いものを、より多くの農家へ
関さんは今より、更に性能が良い肥料を作ろうとしています。
通常、性能が良いものを作ろうとするとコストがかかってしまいます。高価な肥料は生産者の負担になります。そこで、資材屋さんや商社をあたり、どのような資材があるのか調査し実験をしています。
「馬ふんサラブレッド堆肥をつくっていますが1日30トンしか作れないため、茨城の県南地区の農家さん分しか配布できません。そのため、将来的には量が確保できる牛ふん堆肥もつくった方が農家さんのためになると考えています。現在、牛ふんの過剰なカリを取り除き、馬ふんのように少ない量で効果が出る肥料にする研究をしています」と関さん。牛ふんは数が多いこともあり、これから土壌活性剤に代わる資材として期待されています。
「日進月歩できるように今でも毎日学び、現場にフィードバックし続けています」(関さん)