サラリーマンを経て「人生を変えた」農業の道へ
「子供たちの未来農園」で中村さんは、化成肥料や化学合成された農薬を使わない有機農業を営んでいます。堆肥(たいひ)は自家栽培の牧草やコーン、循環型牧場の牛ふんをメインとし、不足しがちな微量要素はカキ殻、海藻、魚粕(ぎょかす)で補いながら、約3.3ヘクタールの畑で年間50種類ほどの野菜を育てています。都心に近い地の利を生かし、茨城県内だけでなく、都内のスーパーやレストラン、カフェなどにも卸すことで、安定的な農業経営の基盤を築いています。
中村さんが農業に目覚めたきっかけは、高校中退後に経験した、長野県での高原レタスの住み込みアルバイト。「人生が変わった」と感じた中村さんは、夜間高校と大学を経て、一度は民間企業に就職したものの、やはり農業で身を立てようと、つくば市の農業生産法人で本格的に農業を学び、卒業後に「子供たちの未来農園」を設立しました。
夏野菜の手入れに挑戦。親切な指導で初心者も安心
取材に訪れた日、最初に体験したのは、千両ナスの「芽かき」と「摘葉(葉かき)」です。「芽かき」とは、主幹(主枝)と葉の付け根から出ている「わき芽」を取り除く作業です。一方の「葉かき」とは株の下のほうに生えている葉っぱを取り除くことです。いずれも、十分な栄養を実に行き渡りやすくしたり、風通しを良くして、虫が寄り付くのを防いだりするために、夏野菜を育てる上では欠かせない大切な作業です。
「余分な葉っぱはバシバシ取っちゃっていいよ」。さも簡単そうに中村さんは言いますが、最初はどれを取っていいのか戸惑います。「葉かきは、とにかく株の下のほうをスッキリさせるイメージで。わき芽は小さいうちに取るのがコツですね。大きくなってから取ろうとすると、主幹を傷つけてしまうことがあるから」とのこと。
中村さんに見守られながら農業活性事業部の新入社員が初挑戦。何株か試していると、なるほど少しコツがつかめてきたようです。「最初は分かりづらかったんですが、不安なときは中村さんに聞けるので安心です。繰り返していくうちに、ずいぶん手早くできるようになりました!」とうれしそう。
ナスの隣の畝には「プレミアムルビー」という品種のミニトマトが、腰の高さぐらいまで育っています。「わき芽の切り口から樹液が出てるでしょう? 実と同じ匂いがするんだよね」。中村さんにそう促されて嗅いでみると、ちょっと「青い」ながらも、しっかりとトマトの香りがします。
最後にニンジンの収穫も体験させていただきました。「恋うさぎニンジン」という何ともかわいらしいネーミングの品種です。ナスやトマトなどの果菜類と違い、出荷に適した大きさや形になっているかどうか、根菜類は引き抜いてみないと分からないのがスリリングです。
「形が悪いものは畑に戻せばいいから大丈夫」と中村さん。「芽かきのような手入れから収穫まで、農作業が初めての人でもできることはいくらでもあります。手伝ってくれる人はいつでも歓迎です」
このような作業以外にも梱包や除草、種まきなど、農業にはさまざまな作業があります。興味があって体験してみたいという場合は、今回のような農業体験を行う農園や、農業バイトの求人などを探してみるといいでしょう。農業バイト専用の求人サイトもあります。
限界集落に第二の拠点を開拓中
この「子供たちの未来農園」のほか、中村さんは2018年7月、長野県諏訪地方にも新しい拠点を設けました。野菜を買ってくれているお客さんのつながりで縁ができ、5年間放置されていた畑を預かることになったのです。
「その村は一番若い人で70歳という典型的な限界集落です。地方の農地は段々畑のように傾斜がきつく、機械が使えないため全ての作業が人力です。つくばのような都市型農業とは管理の手間が桁違いなんです。なるほど、地方の農業が直面する厳しさを実感しました」
そう語る中村さんは、多忙な合間を縫って月に1度だけ長野に通い、コツコツと農地を再生。今年からジャガイモを収穫できるようになりました。販路もすでに開拓済みだと言います。
「就農前にいた物流会社で営業職だったので、飛び込み営業もまったく苦にならないんですよ。『出口』さえしっかり確保できれば農業は大丈夫。長野の畑を復活できれば、ほかのどんな地域の農地も再生できそうです」
机上にはない学びがたくさんある農業体験
毎年夏になると、東京農業大学の学生が研修生として「子供たちの未来農園」にやってきます。取材の日に農作業を手伝っていた石倉裕眞(いしくら・ゆうま)さんもその一人。1年生の夏に初めて来て以来、ときどき中村さんの元を訪れては少しずつ経験を積んできました。
石倉さんが「子供たちの未来農園」に通い続けるのは、「机上で学べないことに気付けるから」だと言います。「例えば、トマトやナスには化成肥料をどんどん与えたほうがいい、という考え方が根強いですよね。でもここでは、有機肥料だけでも、ゆっくりじっくり育てればおいしい実がなることを体感できます」
もちろん有機農業ならではの難しさも実感しています。「成長にバラツキが出やすいので、収穫時には、畑全体の育ち具合を見渡してから、どれを収穫するのか判断しないといけません」と石倉さん。「しっかり全体像を把握するのが今の課題です」
石倉さんにとって、中村さんはどんな「師匠」なのでしょう? 「どんな作業をするにも、テンポ良く迷いなく、チャッチャッと猛スピードでこなしていて、僕なんかまだ足元にも及びません。でも丁寧に指導してくれますし、目標にできる人がそばにいるのはありがたいです」
次世代が希望を持てる未来を残したい
二人のやり取りを見ていると、中村さんの面倒見の良さそうな人柄が伝わってきます。
「野菜も人も同じで、きちんと手をかければ必ず育ちます。農業は正直ラクなことばかりじゃないけど、若い人が楽しそうに作業しているのを見ると、これこそが未来につながる仕事だな、とうれしくなるんですよね」(中村さん)
しっかりとした経営基盤があり、あとはおいしい野菜をつくり続ければいいという仕組みができ上がった今、「子供たちの未来農園」は純粋に農業を志す若者に、どんどん託していきたいと中村さんは考えています。
「長野の畑も仕組みが確立できたら若い人に手渡したいですね。そうしたら、僕はまた別の限界集落の農地再生に向かいます。そうやって、少しでも日本の農業を良くしていきたいんです。体力的には大変ですけどね」
そう笑う中村さんは、常に次世代が希望を持てる未来を志向しているようです。