農家の手取り
私は大学卒業後バーテンダーを3年間勤め、その後オーストラリアに1年遊学しました。 オーストラリアをバイク旅行中によく利用したのがファームステイ。農作業を手伝うと宿泊場所と食事が確保されて、中にはお小遣い程度のアルバイト代も出してもらえるところも。 貧乏旅行者にとってはとても助かりました。
そんなオーストラリアの農業。兼業農家の息子としてまずその規模に驚きました。一戸の農家がまさに地平線までの農地を耕作している。あらためて調べてみると、日本の農家一戸あたりに対してオーストラリアの農家一戸あたりの平均経営面積は、2015年ごろで1200倍超というとてつもない大きさです。
その当時も直感的に思ったのは価格競争では絶対に負けるということ。ただそんなオーストラリアの農家に日本の農業事情、つまり我が家を含め日本には兼業農家が多くいるという話をしたところ、最初バカにされると思ったのですがどこに行ってもうらやましがられました。広大な農地ということは市街地からの距離もあるということ。オーストラリアでは5000人以上住む街に行くのに車で2~3時間かかるのもザラ。街で働きながら農業ができるって最高じゃないかとよく言われました。
帰国して自分が農業をやるときに真っ先に思い出したのがそれらの言葉でした。考えてみると日本は47都道府県それぞれに人口密集地の県庁所在地があって、さらに市街地があちこちにある。島や北海道はともあれ、たいていの地域では車で30分も行けば人口5万人以上の街があるのではないでしょうか。
そして配達網も充実していて、冷蔵、冷凍便もある。世界的に見て生鮮品がこれほど直売しやすい国はないと思います。
農地面積が30アールと一般的な農家の平均(2.5ヘクタール)の1/8ぐらいしかなくてもやっていけると私が思ったのは、一つは最初から加工を視野に入れていたということ、もう一つは直売すればなんとかなるのではないかと思ったからです。
「プロの視点で見る最初に育てる野菜おすすめ5選【ゼロからはじめる独立農家#10】」でも書きましたが、農林水産省の青果物経費調査によると青果物(主要16品)の小売価格に占める流通経費は52.5%、生産者受取価格の割合は47.5%になります(2017年調べ)。
そこから肥料、機械、苗、農薬、人件費、箱代などの原価を引きますので、販売価格に対して2割からあっても3割が農家の利益になります。例えばスーパーで野菜が一袋100円で販売されていたとしたら、農家の収入は20円から30円です。
私が起農した時(1999年)も同じような割合でした。小さい面積だと収穫できる量も少ない。物量ではかないません。でも直売することで販売手数料分も自分の利益になるとしたら……同じ100円で販売したとしても、流通経費の52.5円も自分のものになれば利益は72.5円から82.5円になります。 つまり直売するだけで一つあたりの利益が3倍以上になります。
いかに販売するか、それが「ゼロから農家」がうまくいくかどうかの分かれ道になります。
多様化する販売チャネル
では実際どう販売すればいいのでしょうか。そこはベテラン農家も常に悩んでいますし、これから農業を始めようという人にとってはなおさらだと思います。ただ、今は私が農家になった20年前と比べて大きく変わりました。
私が思う、現在の農産物販売チャネル(販路)一覧はこちらになります。
- 市場出荷(生産部会、主にJA)
- 大型野菜直売所、道の駅
- 自然食品店・自然食品宅配グループ
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インターネット販売
個人ホームページ
オンラインマルシェ(ポケットマルシェ、食べチョクなど)
大手通販サイト(アマゾン、メルカリ、ヤフオクなど)
SNS(Facebook、Twitterなど) - イベント販売
- ふるさと納税返礼品
こう書くとあらためて農産物の販売先も多様化してきたと思います。それぞれの販売チャネルに向き不向き、そしてコツもあります。特にインターネット販売においては日々変化していますし、技術だけでなく伝え方も大切になってきます。これらの詳しいことについてはまた別の回で書いていきたいと思います。
そんな中、ここ十数年で大型野菜直売所が全国各地にできたのは大きな変化です。直売所に登録しておけば野菜が育った時にすぐに売ることができる。農業参入のハードルを大きく下げました。 新しい兼業農家と言うべきか、私の知り合いにも会社勤めしながら家庭菜園より2回りほど大きい面積で野菜を育て、直売所に出荷している人がいます。配達は奥さんがしているのですが、パートに出るより割がいいとのこと。また、その人はリタイアした時の準備だとも言っています。定年後は面積を広げて本格的に農家になるのだとか。人生100年時代。このスタイルはこれからどんどん増えてくるのではないかと思います。
最強の販売方法
販路が多様化し、いろいろなところを活用すれば以前より気軽に販売できるようになった農産物ですが、それでも私はお客さんと直接つながることをおすすめします。最初は直売所で販売するにしても、その中でも直(じか)につながる方法を模索する。いわば「直直売(ちょくちょくばい)」です。
直接つながることで先に書いたように販売手数料はかからなくなりますし、なにより精神的距離も近くなります 。直売所ですとどうしても単品販売になりますが、直接だとセット販売も可能になり、お中元・お歳暮など贈答に使ってくれれば売り上げが大きく違ってきます。
私が石川県で起農した20年前はこの地域に直売所はなく、最初は販売するのにとても苦労しましたが、逆にその苦労が糧になっています。そんな販売方法で新規就農者がやった方がいいと思うのが「引き売り」です。
引き売りとは軽トラなどに野菜をのせて直接住宅地などへ売りに行く方法です。お店で待っているだけでなく人がいるところに売りに行けますし 、売れないとどう売ろうかと考える。ダイレクトにお客さんの反応が聞け、そして度胸がつきます。
今、菜園生活 風来はネット販売中心ですが、基本姿勢は引き売りの時のお客さんとのやりとりになります。直接のお客さんとのふれあいは何よりの学びになります。
販売チャネルが多様化しているのはとても良いことですが、外部の販路ばかりに頼っていると、システムトラブルや販売先の倒産など、何かあった時に困ってしまいます。実際これまで売り先の消失などを何度も経験してきました。そんな時も、いざという時はまた引き売りすればいいんだと思えると心強いです。引き売りで鍛えられるとブレない芯ができます。
新規就農者向けの農業大学校などでも、引き売りの体験をぜひ取り入れてほしいなと思っています。
※ 加工品の種類によって、販売の際に保健所の許可が必要になる場合があります。