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「農家のため」の6次産業化【ゼロからはじめる独立農家#13】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

「農家のため」の6次産業化【ゼロからはじめる独立農家#13】

6次産業化という言葉もかなり定着してきました。しかし本当に農家のためになっているのでしょうか? 一歩間違えると「国破れて山河あり」ならぬ「農家つぶれて加工場残る」になっていないでしょうか。手段と目的。あらためて考えてみましょう。

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6次産業化の目的とは

この連載の最初に書いたのは固定観念に縛られないということ。「農業」だから野菜を育てて販売すればいい……ではなく、畑という場を活用して百姓的に何でもしていく。そのことで、可能性は無限に広がります。

新しい言葉は、最初は固定されたものではなかったはずですが、言葉がメジャーになって、特に行政が使いだすとイメージが固定化されがちです。6次産業化という言葉もまさにそうです。

6次産業化とは本来、1次産業である農業や林業、漁業の従事者が、生産物の持つ価値をさらに高めることによって、所得の向上などにつなげていくための取り組みのことです。つまり、生産するだけでなく、2次産業である製造業や3次産業である流通や販売も一貫して行うことで、生産物の価値を引き上げて、事業の活性化を目指すことを言います。

ちなみに6次産業という言葉は、1次産業・2次産業・3次産業の数字を掛け合わせたもので、東京大学名誉教授の今村奈良臣(いまむら・ならおみ)さんによって作られました。

本来はとても可能性のある言葉なのに、固定観念化されることによって、例えば「野菜農家は余った野菜で漬物を作って売ればいい」「米農家はもち米を育てて、冬時間がある時に餅をつけばいい」といったような感じになってしまいます。

タネから育てるから「過程」を伝えることができる

我が菜園生活 風来(ふうらい)は自称日本一小さいというキャッチフレーズのおかげか、農水省の人が地方支分部局である北陸農政局を訪れた際に、県内視察としてよく連れて来られます(多分変わり者ということで客寄せパンダのような意味合いがあるかと思いますが……)。

以前そんな形で視察に訪れたのが農水省の食料産業局産業連携課の方。つまり日本の6次産業化推進のトップ組織のひとり。我が風来は補助金をもらったことがないということもあり、いつも気兼ねなく好き勝手なことを言わせていただくんですが、その時も「6次産業化支援(農林漁業成長産業化ファンドなど)した事業所の、支援する前と支援した後の『売り上げ』ではなく『所得』がどう変化したか調べたことありますか?」と聞いたところ、「そんな調査考えたこともなかった」という答えが返ってきました(2016年当時)。

6次産業化の本来の目的は所得を上げることが目的だったはずです。 しかし固定観念化することで、農産物を加工して販売することが目的になってしまう。そこを取り違えてしまい、立派な加工場はあっても稼動率が低く人件費もかかり、実情は赤字というところも少なくありません。

あらためて書きますが6次産業化の本来の目的は「所得を上げること」。そのためなら加工にこだわる必要は全くありません。

セット商品を作る

風来では野菜の単品販売はほぼしていません。農家になってつくづく思ったのは、野菜は安いということ。1袋100円、200円。それで1日に2万から3万の売り上げを出すのも大変です(もちろん大量少品種の場合は単品販売の方が効率がいいですが)。

そこで風来では、野菜を全て野菜セットにして販売しています。税別2500円、3000円、3500円の3パターンを用意。インターネットで販売するほか、今は予約を受け付けて野菜セットをお店に取りに来てもらう、という販売方法に力を入れています。

セットにしても野菜の数的にみれば、直売所で単品販売するのと変わらないと思われるかもしれませんが、セットでの販売数が分かっていれば安心して野菜を育てることができますし、こちらの方で野菜を選べるので野菜のロスが少なく、その点でもリスクの分散にもなります。

こういった野菜セットも所得を上げるという意味では立派な6次産業化だと思います。続けていくには漠然と箱詰めするのではなく梱包や見せ方に工夫が必要だからです。私は野菜を育てる能力と野菜セットを組む能力は違うと思っています。
(野菜セットは奥が深いので「野菜セット考」として次回書かせていただきます。)

風来の看板メニュー、野菜セット

風来の野菜で作った自家製キムチ。母秘伝のレシピが好評で、今年はオンラインキムチ作り教室も行った

風来はもともとキムチのための原材料を育てるというところからスタートしました。収穫した野菜で初めてキムチを作った年、キムチは無添加のため2週間ほどで酸っぱくなってしまいました。こうなるとキムチとしての販売ができません。

ただその状態は発酵が進んでいるだけ。熱を通すとその酸味がうまみに変わります。本場韓国では炒め物などに使ってその味わいを楽しんでいます。なにしろ小さい小さい畑から取れた貴重な白菜やニラなどからできたキムチを無駄にするのはしのびない。

冬の時期、見てみると畑には水菜、ネギ、ニンジンなどがあり、近くには地元の大豆を使ったこだわりの豆腐屋さんがあり、懇意にしている養豚場がありました(その養豚場ではお肉を直売していました)。

そこで思いついたのが最初から火を通す前提でキムチを食べてもらうこと。自家製キムチと地元産の豆腐、風来の野菜、豚肉を詰め合わせたキムチ鍋セットを販売したところ、冬の人気商品となりました。
※ 現在は養豚業者廃業のため、代替えを探す間休止中

キムチは自分で加工したものですが、その他のものは仲間のものを使わせてもらう。実は単品で買った方がトータルでは安くつくのですが、「鍋さえあれば本格キムチ鍋が食べられる」「同じ地域のもので作ったものが食べられる」などコンセプトを決めて販売することによって、高く価格設定しても買ってもらえるようになりました。 付加価値をつけて販売するということで、これも6次産業化。

また単価が3000円、5000円のものを作ることでギフトやふるさと納税返礼品に選ばれるなど、意外な展開がありました。鍋セットはゴルフ場の景品カタログに載せてもらい、全国のゴルフ場に発送もしていました。

私は時々、講演に呼ばれることもあるのですが、時間がある時はこの「セット商品を作ってみる」をテーマに、ワークショップもやることにしています。短い時間ですが参加者から「究極の朝食セット」「パスタセット」などさまざまなアイデアが出てきて、本当に商品として実現したものもあります。コンセプトを決めて、地域の力を合わせてセットを作り、それをお中元、お歳暮の時期に販売してみる。それが直売の一歩としていいのではないかと思っています。なにせ加工施設を新たに作るなどのリスクは少ないのですから、やるだけの価値はあると思います。

農家の最大の付加価値を生かす

6次産業化でよく言われるのが付加価値をつけるということ。例えば風来では漬物の「かつお大根」を販売しています。販売価格は1袋150グラムで税別250円。 大根以外に調味液やカツオ節、袋代など1袋あたりに掛かる経費が50円ぐらい。大きな大根からだと6袋ほどとれます。豊作時期には直売所で1本100円前後になってしまう大根。そんな100円のものが約1200円になる。こうすることで12倍の付加価値がつくと思われるかもしれません。

しかし大量生産されたものを大量販売しようと卸販売すると、手数料が3~4割ほどかかりますし、また委託販売の場合は手数料が安くても残ったものは引き取りになります。そして加工するということは、購買数が絞られてくることにもなります。例えば大根そのものだと 「今日はおろしで使おう」「おでんに使おう」「千切りサラダにしよう」「ぶり大根にしよう」など用途はさまざま。しかし「漬物」しかも「かつお大根」なおかつ「聞いたこともないところが作っている漬物」だと間口がとても狭くなります。つまり本当に付加価値がつくのは売り切ってこそになります。そうしないと加工したはいいけど「骨折り損のくたびれ儲け」となってしまいます。

明るくチャーミングに畑の雰囲気ごとお届け

マーケティングの大切さは分かっていると思うのですが、農家はつい「食べてもらえば分かる」「こだわりの」と農産物に愛情がある分思ってしまいがちです。しかし今の日本ではまずいものはほとんど流通していません。以前とはコンビニスイーツも大きくイメージが変わってますよね。大量においしいものがあふれている時代です。そこに食い込んでいくには思ってるだけではかないません。

先の章で書いたようにセット商品を作るのも付加価値をつけることになりますが、いろいろやってきて私は農家の最大の付加価値は「農家であること」そのものだと実感しています。21世紀は「環境の世紀」といわれることもあり、自然と向き合う農業が見直され、農家は憧れの仕事にもなってきました。とあるTV番組の「彼氏にしたい職業ランキング30【2020年版】」で、農業系起業家が25位になったことも。

どこも安全、おいしい、こだわりをうたう中、そのこだわりの担保をどこでするか。私は過程を見せるのが一番だと思っています。その商品が作られるまで、どんな思いで作られてきたか。これまで愛情、人柄は外に見せることができませんでした。しかし今は個人で情報が出せる時代になりました。

タレから語れるキムチ屋さんは数あれど、種から語れるのは農家だけです。ブログやSNSを活用してその付加価値を最大限に引き出してもらえればと思います。気を付けなければいけないのは「前向きに」ということ。農家の都合ではなく食べる側が興味を持ってくれるよう発信する。農家も普段は消費者。その立場で考えましょう。

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