本記事はアフターコロナの未来農業を考える企画で、フィクションの取材記事です。記事中に登場する人物や組織は一部を除き架空であり、実在する人物や組織、サービスとは関係がありません。本記事はフィクションの読み物ですが、読者の皆さまがこれからの農業を考える上での一助になれば幸いです。
コロナ禍で浮き彫りになった農家と配送業者の負担
個人や家族など、小規模な農業を営む人びとにとって収穫期はまさに地獄の忙しさだろう。朝早くから収穫作業が始まり、午前のうちに出荷作業を終え、午後は畑の手入れをし、日が沈むまで作業が続く。
人員や金銭に余裕がある場合、従業員や専門の配送業者が出荷をしてくれるが、全ての農家にできることではない。多くの農家が、人も、金も、時間も足りないなか自ら車を走らせ集荷場へ向かっている。
さらにアフターコロナの今、ネット販売の需要も拡大しつつあり、農家の負担は増え続けるばかりだ。
このような農家の苦しい状況を調べていたところ、神奈川県の一部地域でドローンを用いた画期的な配送の試験を行っているという話を聞き、取材にいった。
自動ドローンによる配送サービス
神奈川県の青い空を自由自在に飛び交う飛行物体……。よく見ると胴体の下に箱を抱えている。大きな翼のように飛び出たプロペラの付いた機体は、生き物のように流線的で、機械らしさをあまり感じさせない。かあかあと鳴く鳥に混じって空を飛ぶその姿は、UFOのようにも思えない。
これは妄想ドローン株式会社が提供するドローン配送サービス。アプリによる簡単操作で、ドローンによる集荷配送を手配できる。ドローンにはGPSや各種センサーが取り付けられているため、指定されたポイントに自動で移動する。荷物を回収したドローンは提携した運送会社の営業所に向かう。そこで荷物をトラックに載せ替え、全国へ運ばれていく。何か特別な操作は必要ない。主に都市部や住宅地での運用が想定されており、今は神奈川県A市の特別に許可された地域において実証実験中だ。
まるでタクシー? 呼べばすぐ来る“流し”のドローン
ドローンによる配送サービスは、限定的なものながらすでに存在している。一体何が画期的なのか、メリットについて代表の橘滑空(たちばな・かっくう)さんに話を聞いた。
「従来のドローン配送は、拠点ごとに決められた数のドローンが待機し、集荷の依頼のたびに準備をし、送り出していました。そのため、待機時間がどうしても長くなってしまっていたのです。しかし、私たちのドローンは常に空を飛んでいます。つまり、タクシーのように周辺を流しているドローンから、もっとも近くを飛んでいるものがお客さまのところへ“配車”され、駆けつけるのです」
橘さんによると、この流しドローンシステムは群れで飛ぶ鳥やタクシーから着想を得たという。ドローンの飛行ルートは独自開発したAIによって制御されており、ピークタイムなどを見極め効率的に運用している。このシステムは待機時間の短縮だけでなく、配送の効率化や、呼べばすぐに来るという利便性から、利用者の拡大なども意図しているという。また、最新のリチウムイオン電池を搭載しており、短時間の充電で長時間飛行することができるという。さらにコンビニやスーパーなどと提携をし、街の各所に充電スポットを用意している。
従来のトラックなどによる配送と比べ、面白いメリットがあると橘さんはいう。
「一番大きなメリットは無人性の高さです。アプリで集荷や配送を手配でき、ドローン自体ももちろん無人なので、人と接触する機会がまずありません。ウイルスなどの感染リスクを低く抑えられているので、ユーザー側で特別対策する必要がなく、気軽に利用していただけます」
また、副次的に人件費を抑えることができ、その分を配送料に還元できると橘さんは考えている。
時間とお金に余裕ができる?
一般利用だけではなく、農業分野での活用も進んでいる。新型コロナ流行以降、農業でも三密を避け、再流行防止のため無人機械の必要性が唱えられている。今回、ドローン配送サービスを実際に使用し、作業に余裕ができたという鮫島理央(さめじま・りお)さんにも話を聞くことができた。
これまで、野菜の収穫、発送を1人で行っていた鮫島さん。自ら直売所や運送会社の配送所に野菜を持ち込むのは大変な手間だったという。この作業を外注できればと考えていたが、そうすると高いコストがかかってしまう。鮫島さんはもっと安く簡単にできないかと考えていたとき、このサービスの実証実験に参加しないかと声をかけられた。
「うちの調整場のすぐ外に、ドローンが着地するためのランディングポイントを設定しておき、そこに荷物を置いておけば、ドローンは自動で集荷してくれるので、ありがたいです。送り状もこちらで用意しなくていいんです。依頼のたびに新しく商品番号が発行され、それを箱に書いておかないとドローンが運んでいかないので、間違ってしまうこともありません。依頼のためのアプリ操作も宛先と品物や重量の申告くらいですし、UI(ユーザーインターフェース。主に操作画面)がわかりやすく簡単です。持ち込みの時と比べて1時間くらい余裕ができますし、無人なのでその分の人件費を安くできる。それに、人と会わなくても済む。もうコロナの感染対策をすることには慣れましたが、それが毎日となるとやはり手間でしたからね」
鮫島さんは「野菜を宅配便で送ると送料が高く、野菜の値段とほとんど変わらないときもあり、申し訳ない気持ちがあった」という。ドローンサービスの料金はまだ決定しているわけではないが、少なくとも今より安くなるだろうと鮫島さんは期待している。
また、空き時間を利用して農業経営の勉強を新たに始めたと言い、自らのスキルアップにも寄与しているようだ。
このサービスの特徴はドローンが流し運転をしているという点だが、鮫島さんはどのように活用しているのだろうか。実際の例を教えてくれた。
鮫島さんの農園では、ネット販売でもとれたてを食べてもらいたいという理念で、注文を受けてから商品を収穫している。そのため、忙しい時間などに注文が入ると時間の捻出に苦労し、「注文を優先するあまり、その日に予定していた作業が終わらなかったり、プライベートの時間がなくなる時もありました」と鮫島さんは言う。
だが、ドローンの登場で全てが変わった。自動かつ短時間で配送センターまで運搬をしてくれるドローンと、現代の輸送技術の結晶であるクール便を活用すれば、新鮮なまま野菜を地方まで届けることができる。「作業の合間に準備をしておけば、すぐに集荷してくれる。まさに天の助けですよ」と、うれしそうに笑った。
もっと気軽にドローンで配送を
実証実験開始からおよそ1カ月。企業側である橘さんと、利用者側である鮫島さんそれぞれに、このサービスへの感想と希望を聞いた。
橘さんは現状の問題と今後の展望として、次のように語った。
「まだ一度に運搬できる重量が少ないですね。市街地を飛び交う以上、あまり大きすぎるものは飛ばせません。その分、ドローンの量を増やして対応したいです。将来的には直売所やスーパーなどで買った荷物を自宅まで気軽にドローン配送できるようになれば、面白いですね」
鮫島さんは今後に期待したいといい、次のように続けた。
「正式リリース時に運用コストがいくらになるかはまだわかっていませんが、1配送につき100円くらいだとありがたいです。うちの直売所は住宅街の真ん中にあり、徒歩のお客さんが多い。橘さんも言っていますが、気軽にドローン配送ができるようになれば、直売所でも野菜をもっと買ってもらえるようになるかなと期待しています」
ドローン配送による恩恵は多岐にわたる。感染リスクの低減、作業負担や配送料の軽減など、少ない人数で農園を運営しなくてはならない小規模農家にとって、助かる内容ばかりだ。
新型コロナ流行前は何事も人とのつながりが重視され、対面でのやり取りが大切とされた。だが今は、感染リスクを極限まで抑え、再びの流行を起こさないよう、全ての人びとが意識をしなくてはならない。神奈川だけではなく、全国の空を無数のドローンが群れをなして飛ぶ日も近いかもしれない。
取材を終え、筆者がその場を辞そうとしたとき、あたりに鳥の鳴き声が響いた。反射的に空を見上げると、数台のドローンが鳥の群れに囲まれている。鮫島さんに「何事ですか?」と尋ねると、「ああ、またですか」と一つため息をついた。
「群れた鳥にね、仲間だと思われているんです。鳥に似せすぎたんでしょうかね。衝突防止センサーがついているのでぶつかることはないんですが、そのせいか中々群れから抜け出せない時があるんですよ」
鮫島さんは「畑の鳥よけだけで精一杯ですから、私にはどうしようもないですよ」と困ったように笑みをこぼした。夢の未来技術も一筋縄ではいかないようだ。