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妄想農業 ―オフィスで農業? “自分で収穫”が魅力、野菜のサブスク登場―

鮫島 理央

ライター:

妄想農業 ―オフィスで農業? “自分で収穫”が魅力、野菜のサブスク登場―

新型コロナウイルスが農業に与える影響とは。オフィスの多拠点分散化による都市ビルの空室化を、農業で解決する方法が開発されるとしたら? 体験型サブスクリプションによる都市住民の疑似就農化ができたら?
アフターコロナの農業界を「妄想」した先に見えてきた未来とは。

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本記事はアフターコロナの未来農業を考える企画で、フィクションの取材記事です。記事中に登場する人物や組織は架空であり、実在する人物や組織、サービスとは関係がありません。本記事はフィクションの読み物ですが、読者の皆さまがこれからの農業を考える上での一助になれば幸いです。

人が減った大都会

東京都S区。最先端の情報発信地として若者から強い支持を集める街だ。駅前の高層ビル街のほか、通りを外れると小中規模の雑居ビルが軒をつらね、日本の経済や文化発信を古くから支えている。

現代社会の象徴のような街だが、多くの人がせわしなく通りを歩く光景が毎日のように見られた……のは以前の話だ。新型コロナ流行以降、働き方の多様化、テレワークの普及により、コワーキングスペースや在宅勤務、ワーケーションという選択肢が現実的なものとなった。

それらは働く人々が能動的に選択するものというだけではなく、会社自体が自主的にオフィスを多拠点に分散していくといった姿も見受けられる。さまざまな地域に小規模から中規模の最低限の設備を備えたオフィスを展開していくという新時代の働き方が主流になってくると、首都圏と地方との格差が小さくなる可能性もある。

こうなると東京のオフィス街である問題が生じてくる。それは空室問題だ。相対的に東京の価値が下がり、従来の需要を想定して計画されていたビル群が、供給過多となってしまったのだ。しかし、この問題を農業の視点でチャンスに変えた企業がある。どのような解決方法をとったのか、実際に見ていこう。

雑居ビルで野菜畑?

画像はイメージです

オフィス街を都心とは無縁のはずの農業で変えようとしているのは妄想ベジサブ株式会社。大胆にも空きビルとなった雑居ビルをまるごと植物工場にしてしまおうというのだ。植物工場ビルは独自のシステムによって完全に制御された栽培が可能となっている。

フロアごとに異なる生産レーンが設置されており、ビルの規模にもよるがシーズンごとに数十種類の野菜を供給できる。生産された野菜はサブスクリプション方式(サービス利用の権利を定額で購入する方式)で提供され、会員が自らビルで収穫するスタイルだ。

ただ、いかに植物工場の生産効率が露地栽培と比べて高いとはいえ、多くの人が利用できるほど供給できるのだろうか。また、野菜サブスクリプションを利用するメリットとは一体どんなものがあるのだろうか。今回は妄想ベジサブ広報担当の黒田自由(くろだ・じゆう)さんと、サービス利用者で、都内でレストランを営む飯田(いいだ)ケンさんにお話を伺うことができた。

地産地消を都心に

植物工場を経営する妄想ベジサブ株式会社は、新型コロナ流行以前から最新テクノロジーを用いた植物工場を研究してきた気鋭のベンチャー企業だ。これまでも植物工場を運営していたものの、小規模な実験サイズのものだった。だが、ここ数年で一気に急成長。現在S区を中心として都内に5カ所の植物工場ビルを所有している。その特徴はなんと言ってもオフィス街の雑居ビルを植物工場としてしまう意外性と、野菜のサブスクリプションという新時代のビジネス形態の合わせ技だろう。

「地元でとれたものを地元の人に食べてもらう。言葉にするのは簡単ですが、それをオフィス街で実現するのは非常に大変なことでした。ですが、都市の一部として農業が存在するというのは食や文化としても大事なこと」

そう話す黒田さんは「時代の流れとともに、オフィス街の姿も変わると確信していました。私たちはオフィス街で地産地消を行うことをずっと構想していたのです」と都市部に植物工場を作る意義を語った。

現在5カ所ある植物工場ビル。一体どのような生産体制が整えられているのだろう。

「私たちの植物工場は、日光を必要としない閉鎖型のフロアと、太陽光を併用する半閉鎖型の屋上フロアの両方で野菜栽培を行っています。フロアごとに異なる野菜を栽培することで、工場とは思えないほど多種類の栽培が高効率で可能になります」

S区にある7階建てのビルは大通りから少し外れたところに位置している。もともと複数のIT企業や弁護士事務所が入っていた大型のビルで、今では、1~4階で軟弱野菜やハーブ類、5~7階で根菜類や季節野菜、屋上ではゆずやレモン、ベリー類などの低木果樹を栽培しており、周辺のビルも合わせると、十分な量の野菜を供給できるという。

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しかし、これだけの規模を都心の一等地に構えるとなると、どうしても家賃などの諸経費が高くなってしまう。これに対し、妄想ベジサブではできるだけ経費を抑えるため、さまざまな工夫をしている。特に力を入れたのが人件費。「家賃はどうしようもないが、人件費は知恵を絞れば削減ができる」というのは黒田さんの弁だ。

その秘密は一体なんだろう。気になっていると、黒田さんが「実はスタッフの大半がアルバイトの大学生」だと教えてくれた。最新のテクノロジーを駆使し、業務内容を高度にマニュアル化することで、専門知識のない人員でも少ない人数で運営することが可能になったという。

体験型サブスク ―オフィスで農園体験―

サブスクリプションというのは一定期間あたりの定額料金を払った会員が、自由にサービスを受けられるというものだ。サブスクリプションにもたくさんの業態があり、映画やドラマの見放題や、小説や雑誌の読み放題、なかには化粧品やファッションのサービス、飲食店などでのサービスを受けられるものもある。では、妄想ベジサブのサブスクリプションはどのようなサービスなのか。

「オフィス街ということもあり、自然や田舎とは縁遠くなってしまった方にも、日常生活に農体験を取り入れていただけるサービスです。ただサービスを受けるのではなく、ご自分で収穫していただくというのが特徴かと思います。生産と消費の流れに利用者様が組み込まれることで、より食を実感していただける。複数のプランをご用意しておりますので、ご自分にあったスタイルでご利用いただけます」

プランごとに利用できるフロアやビル、来場できる回数が決められており、自身にとってもっともお得な選択をすることができる。また、衛生対策も考えられている。マスクや手洗いは当然のこと、工場内に入る通路にはエアシャワーや靴底の消毒エリア、自動検温器が設置されており、一本道を通るだけで済むストレスのないようなチェック体制が敷かれている。

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ただ消費するだけではなく、生産行為の一工程に消費者が参加することは、持続可能な社会を目指す上でも必要になる。黒田さんは「都市という消費社会において、その住民が生産に携わることができれば、自然にも人間にも優しい社会を実現できるかもしれません」と目標を語った。

レストランでも地産地消を

サービス利用者は一般の人だけではない。周辺で飲食店を経営する人たちもサブスクリプションを利用している。

飯田ケンさんはS区で老舗洋食店を経営する3代目のシェフだ。オムライスやハンバーグ、ナポリタンなどが人気で、お昼時には行列必至だったという。

しかしオフィス街から人が減るにつれ客足も減少。一時は閉店も考えた。

「店を畳もうとしたら、常連に引き止められたんです。この味を食べるためにオフィスに来てるんだ! お願いだからやめないでくれ! なんて言われたらもううれしくてね。とりあえずできることはなんでもやってやろう、そう思ったんです」

それからの飯田さんはテイクアウトや新メニューの開発など、精力的に取り組んだ。だが「いまいちしっくりこなかった」という。思い悩む日が続くある日、このサービスに出会った。

「あたりを見回してもコンクリとビルしかありませんからね、こんなところで地場産の野菜って面白いなと思いましたよ。それで実際に食べてみてびっくり。新鮮さもあるんですが、どれだけ悪天候が続いていても良い品質のものが変わらない値段でとれるので、これは店で出せるぞと思ったんです」

サービスに登録した飯田さんは早速日々のメニューを改良。店で使用している野菜はほとんどその日のうちに収穫した工場産のものだ。今では野菜をたっぷり使ったポタージュやパワーサラダなどが定番メニューに並び、女性客も増えた。さらに、野菜の相場に関係なく仕入れ値を固定でき、新鮮な野菜を使いながら経費の削減につながったという。飯田さんは「客足が以前ほど戻ったわけではないが、その分一品一品に手間ひまをかけられるようになった。これからもおいしい料理を作っていきますよ」と楽しげに語った。

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目標は農村化?

着実にビジネスを拡大しつつある妄想ベジサブだが、その野心はまだまだ先の世界を見据えているようだ。「あくまで方針ですが」と前置きし、黒田さんは次のように語った。

「今現在の植物工場ビルは、電力や水資源などを外部に頼っています。将来的にはビル自体をオフグリッド化、つまり電力を自給できるようにし、利用者の方も含めた一つの農村のような形にしたいですね。いずれは養鶏や養豚、酪農などの畜産分野などにも挑戦していきたいです」

都心の朝に鶏の声が響く日が来るのだろうか。ただおいしく安全な野菜を作るだけではなく、日本の伝統的な農村文化を都市に伝え、新時代の農村文化の発信拠点として、雑居ビルが活躍する将来に期待したい。

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