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小さな産地の戦い方 品質向上とブランド化に欠かせないのはスマート農業

小さな産地の戦い方 品質向上とブランド化に欠かせないのはスマート農業

米のブランド化に成功し、難しいと言われる棚田のスマート化に挑戦している産地があります。それが、高知県の本山町です。風光明媚(めいび)な棚田が広がるここで作られているのが、ブランド米「土佐天空の郷」。全国的に知名度の高いお米コンテスト「お米日本一コンテストinしずおか」で最優秀賞に輝き、販売価格も順調に上昇し続けています。しかしこの快挙だけにはとどまらず、平地に比べて圧倒的に不利な環境下で、水田センサーの導入に成功し、強い産地づくりを進めている本山町。その試行錯誤の物語には、中山間地域が持つ課題解決への一筋の光がありました。本山町農業公社の和田耕一(わだ・こういち)さんにお話を伺いました。

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「高知県産の米」から「本山町の米」へ

本山町農業公社の和田耕一さん(右上)と農家の皆さん

――ブランド米づくりに、棚田のスマート水田化。産地として順調に成長しているように感じますが、そもそも本山町の農業はどんな状況だったのでしょうか。

2005年には127人いた64歳以下の農家が、2015年には70人まで減少し、本山町の就農者全体の2割まで減少してしまいました。地方にとって農業は、産業という意味合いだけではなく、暮らしや生活そのものです。このままだと次世代に続かず人は減少し、本山町が消滅してしまう。そんな危機感を強く持っていました。

本山町の農家の9割が米農家です。一生懸命作った米が安く売られ、作るほど赤字になる状況をなんとかしようと、まず米をブランド化して産地全体を強化しようと思ったんです。米の品質や収量はもちろんのこと、農家の技術も含め、産地のレベルを全体的に底上げしようと決めました。

――最初はどのようなことを実践していたのですか。

まずは米のブランド化のための土台づくりです。それまで本山町で作られた米は「高知県産の米」として全国に出荷されていました。どうやったら本山町独自のおいしいブランド米が作れるのか。私自身は農家の出身ではないので、ブランド化をしようと決めた10年前は農家の気持ちを理解したいと、農業公社で小さな畑を借りて独自に米作りをするところから始めました(笑)。翌年には本山町の農家も手伝ってくれるようになり、おいしい米作りのための試行錯誤がスタートしましたが、当時、役場からは反対されていたんです。「小さな町でブランド米を作るのは並大抵の苦労では済まない」「無駄に税金を使うな」と。実績を伴わないことに、町の予算をつけられる状況ではなかったんです。ならばと、高知県の推進していた県産品ブランド化推進事業に手を挙げ、100万円の補助を受けることができました。そうして、本山町の農家、農業公社、役場、普及所、商工会などから成る「本山町特産品ブランド化推進協議会」が発足し、お米のブランド化に向けた取り組みが本格的に始まったんです。

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ブランド米戦国時代に何で勝負するか

本山町の直売所にて

――ブランド米作りは、どんなことから始めたのですか?

新潟、兵庫、北海道など全国のブランド米がどうやってブランディングされたのか、さらにそれらの米が東京でどのように売られているのか、徹底的に市場調査しました。調べてみると、スキーリフトに乗せて稲を乾燥させたお米とか、ゲンゴロウと共生できる環境をうたったお米とか、各産地しのぎを削って特色を出しているんですね。本山町は作付面積ではかなわないですし、有名な生き物がいるわけではないし、何で勝負しようかと。他の地域がまねできない何かをつかむ必要がありました。で、改めて本山町について調べたんです。実は本山町って、以前から高知県の中でも知る人ぞ知るおいしい米の産地と言われていたのですが、何がそうさせているのかわからなかったんです。これは米のブランド化の手掛かりになるのではと思い、情報を集めました。

――結果、何かわかったのでしょうか。

標高250メートルから850メートルの山々に囲まれた盆地で作られているため、日中と夜間の気温差が激しく、でんぷんがたっぷりと米に残ってくれることがわかりました。調べたところ、本山町の米はでんぷんの層が厚く折り重なるように網目状に入っていたんです。まるでお肉の霜降りのようだったので「霜降り米」として売り出そうと決めました。米にでんぷんが多く含まれていると、ピカピカに炊きあがりますし、甘みが強くて濃厚な味わいになるんです。加えて、本山町は昔から棚田がある土地。水路もないような山の中で作られていたため、生活排水が一切入らない、夏場も冷たい水が絶えず流れるという、お米作りに最高の立地だったんです。米の品種も、当時はブランド米というと9割以上がコシヒカリだったのですが、あえて昔から作られてきた「ヒノヒカリ」でいこうと。それと高温障害に強い「にこまる」を加え、2品種作ることにしました。ブランド名は、司馬遼太郎さんの「夏草の賦」からヒントを得ました。土佐の武将の本山氏が築いたという城があり、その辺り一帯は桃源郷のようだったと書かれていたことから発想し、「土佐天空の郷」と名付けました。

――そこからどのようにブランディングしていったのでしょう。

実は当時、高知県の米というと「おいしくない」というイメージがあり、企業にも高く買ってもらえず、30キロで7500円くらいが相場だったんです。このままではいけないと思い、まず消費者に認めてもらおうとさまざまな米のコンクールに出品しました。

――そこで転機がきたんですね。

はい。米のコンクールで有名な「お米日本一コンテストinしずおか」で最優秀賞をいただいたんです。西日本産の米では初めてのことだったのに加え、コンクールでコシヒカリ以外が受賞したということも異例のことだったんです。こうした実績を積み上げ、生産者に自信がつき、産地にも勢いがついてきました。協議会発足からおよそ15年でお米の価格は30キロ1万250円まで上がってきています。生産量が少ないため、お米の専門店や百貨店、インターネット中心に販売しています。市場価格に左右されないようにお米の値段を維持し、安定した価格で販売することが本山町の農家と町の存続につながると考えています。

1位になっても、ずっと1位なわけじゃない

土佐天空の郷

――順調に価格も上がってきている中で、わざわざ水田センサーを導入したのはなぜだったのですか。

お米のブランド化が進んできた中で、次の段階として考えていたのが水田センサーの導入でした。これまでの米作りは水温を手で確かめたり稲の状況を目視したりと、経験や勘に頼る農業でした。それだと、農家によって味や香りなどの品質や出来栄えにばらつきがある上、高品質の米を作れる農家に後継者がいない場合、せっかくの栽培技術がそこで途絶えてしまいます。技術が途絶えると、担い手を見つけることもますます難しくなる。ならば誰でも日本一を目指せる「データ農業」をやろうと思い、水田センサーの導入に踏み切ったのです。そんな時、新潟県が国の戦略特区となって水田センサーを導入していることを知り、本山町にも導入できないか高知県に申し出たんです。そうして高知県が3台導入し、四万十町、本山町、県の農業技術センターに無料で貸してもらえることになりました。それが始まりです。その後、総務省の地域IoT実装推進事業に応募し、1500万円の補助を得て、2017年に100台導入することができました。本山町には80代から20代までの農家がいます。おいしく作れる人のまねをしても、同じようにできるわけではない。人も環境も条件も違う中で生き残っていくためには、全体の平均値を上げていくしかないんです。だからこそ技術やおいしさを数値化して見える化し、この地域の「最善」をつくる必要性があると感じていました。小さな産地こそ、そうあるべきだと思っています。

――導入して今年で3年目となりますが、実際に使ってみた感触はいかがでしょう。

当初は扱い方がわからないという声もありましたが、助けられたのは本山町の農家もデータ農業に前向きだったことです。このままだと担い手がいなくなり、水田が次世代へ受け継がれないと、皆同じように危機感を持っていました。センサーを導入してから稲の積算温度や水温、水位などのデータを取っていますが、それだけでなく、米農家35軒全員が全ての田んぼを回ってみんなで勉強会をしています。全員の水田の稲を割って稲穂の赤ちゃんの大きさを確認したり、稲の葉の色を観察したりしてどのタイミングで肥料を与えるのか、どんな肥料を与えるのかをみんなで議論して決めています。また、データを基に一人一人と面談しながら米作りの計画も立て、肥料の量や栽培方法などを調整しています。

――すごい……! データを生かすにはとてつもなく地道な積み重ねが大事なのですね。

そうなんです。データは誰でも取れるのですが、それをどう読み取って活用していくのかがとても大事です。本山町は導入してまだ3年なので、これから先積み上がっていくデータをどういう行動に落とし込んでいくかを見つけ出していかないといけません。だからこそこうした勉強会を通してデータを読み解く力をつけなければならないと感じています。こうした活動によって個々の農家の技術が高まってきたのは事実で、実際にこれは一等米の比率として結果がでています。高知県の一等米の比率はだいたい30%ほどなのですが、土佐天空の郷の比率は70%を超えているんです。今後さらにデータを活用することで、みんながみんな、おいしい米を作ることができると考えています。

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小さな産地に適したスマート農業とは

――今感じている課題はありますか。

無数にあるデータをどう活用するか、ですね。田植えをしてから実るまでの間に米のおいしさを決める大事なタイミングがいくつかあるのですが、その特定に頭を悩ませています。それがわかれば、的確なタイミングに的確な肥料を与えられ、収量の安定や品質の向上につなげることができます。あとは予想が難しい気象条件とどう向き合っていくか。ハウス栽培は全て人が操作できるのでスマート化が進みますが、露地ものはそうはいきません。あらゆる気象条件から取れたデータをどう活用し、それらを次世代に受け継いでいくのかまで考える必要があります。あとはランニングコストですね。1台につき、毎月通信量が2000円ほどかかります。使用する期間は5月から9月なので、これで1万円。また消耗品として電池が6本必要で、合計すると1台あたり大体1万2千円ほどかかります。1台導入するだけでお米30キロ分がなくなる計算です。データをとるにはある程度の台数が必要ですし、継続していくことが大事です。だからこそ農家と町がきちんと話し合い、お互いに合意しながら進めていくことが重要だと思います。

――産地そのものの強化には、町や農家、全員が協力し合える体制を築くことが何より大切なんですね。

生産者は高齢化を迎え、新しい世代と入れ替わる時期です。農家が元気で所得をあげられていないと田舎の町はどんどん消滅してしまいます。第一次産業が主力の町ではどこも切実な問題です。やっぱり本山町の主力は米。今後はさまざまな研究機関と一緒になって、米の生育状況がわかるアプリを開発して、よりデータを生かせる環境を整えていきたいと考えています。また、米をそのまま販売するだけでなく、炊飯したものも販売できるようにしていきたいんです。白米や玄米の需要は減っていますが、おむすびの需要は伸びています。玄米から炊飯するだけで、価値が7倍も上がります。今の状況に満足せずチャレンジし続け、農家にもっと還元できるような仕組みを作っていきたいと思います。その積み重ねが、本山町の存続につながっていくと信じています。

土佐天空の郷

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