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ブドウ界に衝撃を与えた男が語る「育種の勧め」

少年B

ライター:

ブドウ界に衝撃を与えた男が語る「育種の勧め」

かつてブドウ界に衝撃を与えた品種があります。その名は「ティアーズレッド」。一粒が最大で50グラムにもなるという超大粒のブドウ。そのブドウを作りだした関口孝(せきぐち・たかし)さんにお話を伺いました。「おらがブドウを作れ」その言葉の背景と真意とは……?

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「ティアーズレッド」というブドウをご存じでしょうか。長野県の生坂(いくさか)村で関口ティダ農園を営む関口孝さんが作りだした、一粒が最大で50グラムにもなるという、超大粒の赤いブドウです。

その大きさはさながらスモモのよう。2014年に突如現れ、ブドウ農家の間で一大センセーションを巻き起こした「伝説の品種」です。その後、2016年には品種登録もされ、多くの農家が育ててみたいと期待をかけましたが、苗木は大手業者には一切出回らず、熱狂はいつしか終わってしまいました。

関口ティダ農園にはホームページどころか看板すらもなく、スマホも持たない生活をしているという、さながら「世捨て人」のような生活をしている関口さんですが、今回ネットメディアで初めてインタビューに応じてくれました。

あのティアーズ旋風から6年、あれだけ注目されたティアーズレッドの販路を拡大しなかった理由とは。そして、関口さんが伝えたいこととは……ブドウマニアのライター・少年Bが迫ります。

ティアーズ旋風とその後

ティアーズレッドと巨峰

ティアーズレッドと巨峰。粒は平均で30グラムを軽く超えるという

──ティアーズレッドは種なしで皮ごと食べられる、超巨大なブドウということで一時期めちゃくちゃ話題になりましたね。

そうだね、J.V.C.っていうブドウ農家の集まりがあるんだけど、2014年だったか、その集まりの品評会にティアーズを出したら投票で1位になって。2位がルビーロマンだったんだけど、糖度に一粒の重さの平均を掛け合わせた値で200点くらいの差をつけて勝ったんだよ。

──ルビーロマンと言えば、石川県で栽培されている1房1万円以上と言われる超高級ブドウですよね。それを相手にそんな大差で勝ったんですか!? それは話題になるはずですね……!

でも、その後は人間性の悪さから一気に……(笑)。

──……(笑)。

俺アホだから、すぐふざけんなって言っちゃうから。みんな「作らせてくれ」って簡単に言うからさ。そんな簡単に言わないでくれって。

ティアーズレッド袋

ティアーズレッドの畑。特大袋でもサイズに耐えきれず、裂けてしまうのだとか

──話題になってからはやっぱり、ティアーズレッドを作らせてほしいって問い合わせも多かったでしょうね。

上澄みだけ取っていこうとする奴がいるんだよな。「お宅の娘さんに一目ぼれしたから結婚させろ!」って知らない人間が言ってきたら、結婚させんのかって話だよね。そういうことを言いまくってたら、あいつは変わり者だっつって(笑)。

──でも、いい品種を作るのは大変ですもんね。今は知り合いで信頼できる方に許諾している感じですか?

もうやんないよ。めんどくさいもん、だって。これまで作ってもらった人にも「ティアーズは作るのがえらく難しいね」って言われたしさ。

案内標識

農園にはホームページも看板もなく、この小さな案内看板だけが頼り

でかい、赤い、うまい……みんないいとこしか見ないよね。で、実際作ると「赤にならない!」って言われてね。名前にレッドとつけてしまったのは失敗だったね。あと、果頂部の割れが出てきちゃうもんで、他のところで作るといわゆる裂果(れっか)になっちゃうんだよね。

──そうなんですか……関口さんはそこを作りこなしていますが、他の人とここが違うっていうポイントはありますか?

その辺の対処方法はまだ俺は持ち合わせてないよ。今でも毎年試行錯誤だし、「これをやってるから裂果を防げてる」とかはわからない。土地も違うし台木とかも違うだろうし、要因を絞るのって難しい。「どれがいい」なんてのは全て結果論だからさ。名人は特性を見抜いてうまく作りこなしてるのかもしれないけどね。

ブドウ園の未来は育種にある

関口さん

ティアーズレッドを作った関口さん。手に持っているのはオリジナル品種の「メンディ」

もうティアーズで懲りたもんで、次の品種からは「作りたい」って言われても全部断っててさ。俺が言いたいのは、人の品種に人生をかけるんじゃなくて、自分でやりましょうってことだね。みんな知らないんだよね、品種の作り方を。種をまけばみんな新品種ってのを知らないもんで。

──ブドウは種から育てても親と同じ品種にはならないんですよね。巨峰の種をまいても巨峰ができるわけじゃない。

そうそう、高尾や白峰、安芸クイーン、キタサキレッド……巨峰の種からだっていろんな品種が出てるじゃん。俺は一農園一品種が一番いいんじゃねーのって思ってるよ。

──一農園一品種、ですか?

そう。今なんか品評会行ってもみんなシャインマスカットしか並んでないじゃん。これで何の優劣をつけんのかって感じだよ。個性がないよね。まぁ、個性がありすぎるのも困るのかもしんねぇけど。

──確かに、いまはどこもシャインマスカットが大人気ですよね。

同じようなものを作ってると、どんぐりの背比べになっちゃうんだよね。ほかの農園や産地と同じ品種作って、「じゃあよそとおたくはどう違うんですか?」って聞かれても答えられないじゃん。お互いのオリジナル品種でケンカすればいいじゃんって思うよ。

山道

本当にこの奥にブドウ園があるの?と心配になるような山道の先にある

──言われてみれば、ふだんスーパーで、産地の差なんか気にしないですもんね。「シャインマスカットなら長野産でも山梨産でもいいや」ってなっちゃう。

みんな同じじゃつまらないよね。観光農園の人たちなんか特に、目玉を自分たちで作っていけばいいじゃん。そこにしかないものならお客さんもわざわざ買いに来てくれるしさ。

──なるほど! ここにしかない品種なんて、ブドウマニアとしては胸が高鳴ります!

ワインの未来も育種しかねぇんじゃねーのって思うけど、やっぱみんななかなかそこに行かないんだよね。同じブドウを使ったワインがずらっと並んでいて、その中で手に取ってもらうって至難の業じゃない?違いなんかわかんないよ。俺にだって。

──仕込み方とかいろいろあるんでしょうけど、消費者にはわかりづらいかもしれません。

ピノでもなんでもまけばいいじゃん。種をまけば遺伝的には親と必ずどこか違うのができるんだから、オリジナルって言えるじゃんね。今は単一品種じゃなくてブレンドされたワインとかもあるでしょ。それで「うちのワイナリーオリジナルブドウ何%」って書けるじゃん。

関口ティダ農園

関口ティダ農園の全景。簡素な直売所のみで、看板も出ていない

県の職員と話した時のことなんだけど、「ワインは2000年の歴史があっていまだに個人育種で成功した人はいません」なんて言われたもんでカチンときて。凡人が2000年やろうが2000人集まろうが、そこに目的もなければいくら頑張ったって本質的なものは何も変わらねえよ!って言っちゃったよね。

──県の職員さんによく啖呵(たんか)を切りましたね!

でもほんと、テロワール(産地の環境や風土などの性質)じゃないけど自分の所にあった土着の品種を作ればと思うけどね。なんでもいいからさ、「おらが品種」を作って。まずくてもいいじゃん。病気にめちゃくちゃ強いとか、そういう遺伝子を持ってればまた育種の親に使えるんだよね。

関口さんが育種を志した理由とは?

──関口さんが育種を始めようと思ったきっかけは何なんですか?

俺は27歳まで沖縄の牧場で働いてたんだけど、牛の値段って血統で決まっちゃうんだよね。血統表があって、高いタネは高い。タネもピンキリだから、良いタネの子牛はせりでもいい金額がつくけど安いタネだとそれなりで。

──種付け料ってやつですか。牛の値段ってそこで変わるんですね。

そう。それだったら、子牛をつくるより種牛を作った方が儲かるんじゃねぇ?って思ったんだよね。元々あまのじゃくなもんで、人と同じことをするのが嫌だったし。

──原点は農場じゃなくて牧場だったんですね!それがなぜブドウ農家に?

「巨峰を栽培してみませんか」って新聞記事を読んで、2000年の5月に27歳で生坂村に越してきたんだよね。でも速攻で大ゲンカしちゃってさ。

──おおお……いったい何があったんですか。

俺の実家は神奈川県の川崎市で、それまでデラウェアや高尾って種のないブドウしか食べて来なかったわけ。ここに来て初めて種ありのブドウを食ったもんで、「ブドウに種があるんですか」って言ったら全否定をされちゃってね。

オリジナル品種

直売所内にはオリジナル品種の写真が飾られている

「種なしはまずい」とか「あんなのは薬(ホルモン剤のジベレリン)を使って種を抜いてるんだ」って言われてね。「種ありの巨峰を作れ!」って。こっちも黙ってられないから、俺はブドウを栽培しに来たんであって、栽培させられに来たわけじゃねぇ!って……(笑)。

──何気ない一言からとんでもないことに……!

頭ごなしに否定されるもんでカチンときてね。種なしの食べやすいブドウがあるのに、何で今さら種のあるブドウを作らなきゃいけねぇんだと。大ゲンカよ。結局研修が終わる前に農協のブドウ部会をやめちゃってね。

──なるほど……でも確かに種ありのブドウが一番おいしいっていう農家さんは多いですね。

だったらおめぇ、シャインマスカットを種ありで作ってみろって話じゃん。売れないでしょ、そんなの。でもジベレリンを否定するんだったら、シャインも種ありで作ればいいじゃんかって思うね。

──種なし巨峰もシャインマスカットも同じくジベレリンで種なし処理をするわけですもんね。

そんな感じだったから、ここには師匠はいねえと思って出会ったのが、黄華を育種した大村農園の大村さん。 ここへ来て2年目の時に大村さんの所に行って、そしたら黄華もそうだし、他にもいろんなオリジナル品種があってね。目指すものがそこにあったから、育種ってどうやるんですかって。簡単なやり方を教えてもらって。

罰ゲームぶどう

もちろん全てうまくいくわけではなく、色鮮やかだが極めて渋い「罰ゲームぶどう」(関口さん談)も

あとは「ブドウ(NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月)」っていう芦川孝三郎さんが書いた入門書があるんだけど、そこに育種の方法も書いてあるんだよね。

──芦川孝三郎さんは、白峰やそれこそさっき話題に出た高尾を育種した方ですよね。

そう、その本のやり方をそのままやってるだけ。効率的には多分あまり良くないと思うけどね。育種を始めて3年はまいても芽が出なくて、4年目は大事にしすぎて枯らしてしまって。5年目かな、 2006年に7粒の種をまいたうちのひとつがティアーズレッド。クルガンローズにリザマートをかけて。

ビジョンはなくてもいい?

──ティアーズレッドの親品種はどちらもおいしいけど栽培が難しいブドウですね。狙いは何ですか?

狙いなんてない。人によっちゃあ花粉を保存しといて、狙った育種をするらしいけどさ。花同士の受粉適期と開花が合わなきゃ受粉しないから、タイミングが合ったものを適当にかけ合わせてるだけだね。花粉も簡単に取れて冷蔵すれば1年間ぐらい持つらしいけど、うちはそこまではやらなくて。

──意外でした。品種の特性を考えてるのかなーと思ってたんですが。

まあ、育種の原点は何かって言われたら怒りだよね。「種なしの俺のブドウを作って見返してやる」って感じで、明確なビジョンみたいなのはなかったかな。でも、美男美女同士からだって絶対に美男美女が生まれるとは限らないじゃん。「名門同士を掛け合わせなきゃいけない」って考え方もあるけどさ、じゃあ何をもって名門なのかなーって話でもあるし。

──なるほど……。

ラウレイト

オリジナル品種「ラウレイト」。意味ありげな名前だが、逆から読むと「トイレ裏」。木のある位置が由来

適地適作があるから。場所によって顔が変わってくるじゃん、ブドウって。巨峰だって南の方で作りゃ黒くならなくて赤いブドウだし。だから俺は普通になんでもいいと思う。それも前ケンカしたことがあったな、「あんなに割れやすいリザマートを親にするなんて考えられない!」なんて言われちゃったからさ。

──(笑)。じゃあ、本当になんでもいいって感じなんですね。

自分のところに合ったいい品種をね。ただ、香りを付与するのは難しいって言うね。香りをつけたいんであれば、やっぱり香りがある品種をかけ合わせないと難しいかもね。それだけは他に育種してる人からも聞くね。

──育種で一番大変だったことはなんですか?

母ちゃんをなだめること(笑)。育種に精を出すと家計が潰れるから、なるべく精を出さないようにってやってる人から言われたね。うちはかみさんに来世では会いたくないって言われてるよ。「来世もソーシャルディスタンスです!」なんてね(笑)。

──そうなんですか!?

男のロマンは女の不満にならないように。植えちゃ切っての繰り返しで、手間もかかるからまぁ、適度にね。世を驚かすほどの品種はなかなか難しいけど、おらが農園のブドウくらいならそう難しくないと思うよ。ほんとみんな、やりゃあいいんだよ。

関口さんの今後と夢

手紙

ブドウと一緒に入れるのは手書きの手紙。販路はほぼ口コミだけだ

──じゃあ、ティアーズレッドも他の品種も外には出さず、おらがブドウで。

そうそう、おらがブドウでいいんだよ。金儲けも考えてねぇし、あんまり忙しくなっちゃうのもやだなんて言うと母ちゃんに怒られちゃうけど、赤字にならなきゃいいんじゃないかね。お金数えるより、ここに来たお客さんとバカ話する方が楽しいから。

──確かに、話していると関口さんはいつも楽しそうです。

まぁ、既存のブドウをただ作って売るだけだったら、少年Bくんと出会うこともなかったよね。こういうのに興味を持ってくれる、変わり者のお客さんと出会えたらいいなぁって感じだよ。大勢来られても話せなくなっちゃうから、ほどほどでいいかな。

──そうすると、今後はまた新しい品種を作ったり……。

そうだね、新しい品種もいくつか作って、赤白黒で揃えれば楽しいかなと思ってるけどね。

──ティアーズみたいなでっかい品種を……?

いや、でっかくなくていい。狙ってるのは種なし皮ごとで、年寄りや子どもが食べやすいサイズ。でかけりゃいいっていうのは男のロマンだよね。ティアーズもでっかいのを狙って作ったわけじゃねぇしさ。

──オリジナル品種を作って、来てくれるお客さんに喜んでもらいたいみたいな感じですかね。

そうそう。ブドウは個性があるんでね。色も、形も、味もみんな違うし。前は桃もやってたんだけど、ブドウが一番面白いね。

──確かに、わたしがハマった理由も、品種によって全然違う、ブドウごとの個性があるところです。

桃

今は作っていないが、以前は桃も栽培しており、こちらも新品種を作っている(植木農園カタログより)

桃も新品種を作ったけど、何を見ても結局桃じゃんね。ブドウだけだよね、ここまでバリエーションがあるのは。栽培するのは一番面白いんじゃないかな。自分で作れば、全然違ったわけ分からないようなのも出てくるし。

──将来の夢はありますか?

メンディ

オリジナル品種「メンディ」。関口家に野性味あふれる濃い色のブドウができた!と命名

紅環(べにたまき)にマニキュアフィンガーをかけた「メンディ」ってブドウを作ったの。香りもいい野性味のある濃い色のブドウね。だから、関口メンディーさんをうちの畑に呼ぶことかな。でも、それができたら燃え尽きちゃうかもな(笑)。

──最後に、ブドウ農家のみなさんに一言お願いします。

ブドウなんて別に食べなくてもいいもんだしさ、だから「こんな産業いらねえじゃん」ってなっちゃうのが一番怖いよね。せっかく個性のある果物作ってんだから、自殖の実生でもいいから、種まいて「おらが品種」を作ろうぜ!って言いたいね。

農園

関口ティダ農園は10月半ばごろまで営業中

あまりに真っすぐなために周囲とぶつかり、意地と反骨精神からティアーズレッドを作り出した関口さん。しかし、あまりに魅力的なブドウを作ったがゆえの騒動にも疲れてしまい、現在では自分の周りの小さな世界を大事にしています。

一見、偏屈なようにも見える関口さんですが、その実ブドウ業界のことを誰よりも考え、心配しているように感じました。かつてブドウ界に衝撃を与えた男は「何でもいいから、自分で品種を作りなさい」と説きます。その伝説の品種に負けないブドウを作るのは……もしかしたら、この記事を読んでいるあなたかもしれません。

写真:加藤旅人(@tabihito

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