デザイナーから農家へ
──農業×デザインというユニークな取り組みをしていると聞きました。どんな取り組みか、またどのような経緯で始めたのか、聞かせてください。
もともと実家は代々続く農家なんです。元をたどれば江戸時代までさかのぼり、僕で7代目になります。そんな家で生まれた僕はデザイナーとして県外で10年ほど経験を積んだ後、未経験から就農し、最初の1年間だけ父のもとで修行しました。その後、2014年には妻と二人で農業、加工、デザイン、販売を一貫して行う株式会社LaTo(ラト)を設立しました。
夫婦そろってデザインの仕事をしてきたので、自分にとってデザインは身近なもので、農業と掛け合わせるのも自然なことでした。商品パッケージやウェブサイトのデザインも自分でやっています。
ミニトマト生産から加工、パッケージや販促物のデザイン、販売までワンストップでやります。今のところは小規模なので、飲食店に卸すのと個人への販売で充分な販路を確保できています。
赤だけでなく黄色やオレンジなど色とりどりのミニトマトを作り、どうしても出てくる規格外のものをドライトマトに加工しています。
今12月でちょうど実がついていますが、6月いっぱいまではミニトマトの季節です。10アールほどの規模で作っています。ビニールハウスの中は冬でもTシャツ1枚で作業できる暖かさですから、汗ばみながら収穫していますね。並行してオクラなど年間10種類ほどの季節の野菜を、90アールで作っています。
ユニークな取り組みと言えるのかは分かりませんが、自分たちの野菜だけでなく農家仲間の生産物に関するパッケージやWebサイト、販促物などのデザインを請け負っています。さらに2020年からはイベントスペースの空間デザインと、そこでの定期的なマルシェの開催も始めました。
──夫婦二人で運営しているのですか?
僕と妻のほか、農作業を手伝ってくれるパートタイムのメンバーが3人います。
先日はインターンで沖縄からの学生が短期で来てくれました。農作業だけでなく販売の勉強もしたいということで、月に1度開催しているマルシェの時にまた来る予定です。
そのほか、デザイン関係の業務では社員が3人在籍しています。
森本さんは耕作放棄地となった土地で、使われていなかった牛小屋を改装・リノベーションした建物を「LATO BASE(ラトベイス)」として運営している。
奥行30メートル以上の屋根付きイベントスペースとして活用し、月に1度、自社や知人の農家の農産物や加工品を販売するマルシェを開いているという。
──すごくおしゃれな建物ですね!
人が集まる楽しい場所を作りたくて。僕、パーティー大好きなんですよ。
──まさかのパリピ宣言(笑)!
いや、本当にちょっと時間ができるとパーティーしたくて(笑)。昔から仲間内で集まったり、知らない人とも遊んだりするのが好きだし、よく人が泊まりにきたりもします。
このBASEは、自然と触れ合いながら思いっきり遊べる場所にしたつもりです。自分たちの生産したものを販売するマルシェを開催するだけでなく、ブランコやすべり台などの遊具、ボルダリングで体を動かすこともできる。収穫体験では、子供たちが農業を身近に感じてくれたらうれしいなとも考えています。
また、牛小屋は屋根があって風通しが良いのでバーベキューにもぴったりですから、パーティーをしたい人にはレンタルスペースとしてどんどんお貸ししたいですね。今の季節は牡蠣(かき)をたくさん買ってきて牡蠣小屋みたいに楽しむ、なんていう使い方も最高だと思います!
そう語りながら、楽しそうにBASE内のたき火にまきをくべる森本さん。
たき火をするのが好きなのだという。炎のゆらめきを眺めているとリラックスするし、体の芯からあたたまる気がしてくる。
──LATO BASEには、不思議な居心地の良さがありますね。
ありがとうございます。まだ広い空き地があるので、気軽にデイキャンプが楽しめるキャンプ場を作るのもよいなと思っています。いろいろな人が集まって、大人も子供も楽しめる秘密基地ができたら楽しいですよね。
──森本さんのやり方は、新規で就農したい人、特に若い人にはまねしたい部分も多いと感じます。未経験の人が農業を始めることについてはどのように考えていますか。
初めは特にノウハウもなく就農することを決めましたが、何とかやってこられました。父のトマト畑の手伝いで修行をしたり、農業大学校の研修生になったりして学びましたが、それでも手探りの部分も多くありました。
実は始めるハードルは低くて、長く続けることの方が大変というか、それなりに工夫や忍耐も必要かもしれません。
何といっても相手は自然ですから、思い通りにならない厳しさは当然あります。ハウス内の気温を一定に保つのもそれなりに注意が必要ですし、台風の時なんかは大急ぎでハウスの対応です。こちらの都合はお構いなしですからね(笑)。
ただし、さまざまな補助の制度もあります。法人化せず個人でやっている場合でも受けられる補助金もあるので、いろいろ調べて使える制度はどんどん活用したらいいと思います。
農業×デザインという付加価値
──なぜマルシェを始めたのでしょうか。
毎月開催するマルシェは、自分だけではなく志を同じくする仲間たち、こだわってものづくりをしている人たちの大切な商品の売り場を作りたい、という思いで始めました。
自分一人でやるのではなく、どんどん仲間を巻き込んでいくようにしています。何かおもしろいものや楽しいことがありそう、となれば、さらに人が集まる場所になるんですよね。
──マルシェにはどのように集客しているのですか。
LATO BASEのインスタグラムなどのSNSから、マルシェに集客できています。ダイレクトメールも1000部ほど作りますが、すべて出店者に渡します。出店者それぞれが自分のネットワークで告知をしてくれると、思わぬ広がりができますね。
また、イベントには近隣の方も遊びに来てくれます。自分はちょっと風変わりなことをやっているかもという自覚はあったので、マルシェに近所の方が来てくださって、ほっとしました(笑)。
自分にできることとして「農業×デザイン」でやってきました。
依頼されれば農家仲間のロゴマークやラベル、パッケージデザインやサイト制作の仕事もしています。
ただ、よく感じるのが、いざロゴを作ろうとしても、そのデザインの元になるコンセプトそのものが曖昧であること。
今までロゴなんて作ったことがない、という方が大半ですから、まずはどんなコンセプトでものを作るのか、そこから話し合うこともありますよ。
コンセプトにあったデザインができれば、それを欲しがっている人に届く確率はずっと上がると思います。
──まさに農業×デザインでできることですね。
農業に何か付加価値をつけるというのは、デザインに限った話ではないと思います。
得意なもの、それまでに培ってきたものを農業と掛け合わせると、良い効果を生むんじゃないかな、と。それが自分にとってはデザインだったということです。
コロナ禍で一時は売り上げが下がったものの、一方で時間もあったので、この「LATO BASE」の空間を作り込み、2020年11月から月に1度のマルシェを定期開催するなど、本格的に稼働させました。飲食店を作るとか、加工品を作る大きな工房にするなどの構想もありましたが、どうしても予算オーバーで(笑)。無理はせず、小さく始めました。
初めはシンプルな空間だった牛小屋の中に、遊具やバーベキューコンロ、キャンプ道具などをどんどん増やしています。
この場所を耕作放棄地の状態で見つけてから、LATO BASEを稼働させるまでに2年以上かかりました。これからもいろいろな楽しい取り組みを考えて、さらに進化させていきたいですね。
将来の夢
──将来的な展望は。
引き続きLATO BASEを安定した経営で続けていきたいですが、ものすごく大規模に拡大して農業をやろうという考えはないですね。もっと売り上げが上がったら、農業と加工どちらもできる、自分の右腕となってくれる人を探したいです。
そして新たに農業をやりたい人がいたら、場所を提供できたらいいなと思います。
自分のところの社員として雇うのでもいいし、新規参入したいという人がいたらサポートしていきたいです。
菊池、熊本に限らず全国的な傾向かもしれませんが、農家は高齢者が多く、担い手がいなくなりつつあります。近隣でも、後継者不足に悩む農家さんは多いです。
さらに、農地が集約できていないという地域の課題にも応えられるようなやり方を模索したいですね。
熊本で新規就農したい人には、菊池市はいいんじゃないかな。
何よりも水がいいし、ブランド力もある。野菜だけでなく米も、菊池川流域の農作物は本当においしいと思います。
──新たな仲間が増えたら、地元の農業がさらに盛り上がりそうですね。
やってみたい人は、ぜひ小さく始めてみたらいいと思います。
農業は、厳しい部分もありますが、やり方はいろいろあります。時間を作ろうと思えば作れるし、何人かで運営すれば休みも取れます。
自分は一度外に出たからこそ、そんなさじ加減が分かったのかもしれないです。
ずっと農家をやっている人の場合は、農業に関する経験や知識が豊富でも、客観的に見るのは苦手だったりしますから。
そして、横のつながりは本当に大事です。人見知りせず、いろいろな人に会って情報をたくさん集めるといいと思います。ネット上で調べるだけでは分からないことが多いんです。
自分が目指したい姿に近いことをやっている人に、直接教えてもらうのが一番です。どうやって利益をあげているのか、学べるところからどんどん学ぶことで、自分が何をしたいのかを見定められるようになると思います。
編集後記
未経験から始めたミニトマト農家でありながら、自分の強みを生かして付加価値を生む。
ひとつのビニールハウスの中で完結せず、農業とデザインを掛け合わせることで新たな道を開く。そこにLATO BASEの面白さがありました。
自然に人が集まってくるのは森本さんの人柄あってこそ。人とのつながりを大切にしながら周囲の人たちをゆるくつなげて、どんどん巻き込んでいく。それがいつしか大きなムーブメントになるのかもしれない。そんなことを思いました。