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土壌の「人間ドック」とは?(上) 日本の農地の成り立ちと今

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

土壌の「人間ドック」とは?(上) 日本の農地の成り立ちと今

土壌の調査というと、どんなものが思い浮かぶだろうか。畑の数カ所から作土(耕土)を採取して行う土壌診断が、最もなじみがあると思う。農研機構 農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域 土壌資源評価ユニットの上級研究員、前島勇治(まえじま・ゆうじ)さんは、全国の土壌を、作土は言うに及ばず、1メートルも掘り下げ、調査してきた。「土壌診断が人間でいう定期健康診断だとしたら、土壌断面調査は『人間ドック』」という。

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日本の土壌は381種類も 最も多いのが黒ボク土

■前島勇治さんプロフィール

プロフィール写真 博士(農学)。1999年筑波大学大学院農学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、東京大学原子力研究総合センター タンデム加速器研究部門 研究機関研究員などを経て、農研機構 農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域 土壌資源評価ユニット 上級研究員。

――そもそも日本の土壌というのは、どのくらい種類があるのでしょうか。

分類のカテゴリーで、「大群」つまり高位にある大きな分類で10、一番低位にある細かい分類「土壌統群」で381にもなります。これは、2011年に農研機構農業環境変動研究センター(当時は農業環境技術研究所)が中心になってまとめた「包括的土壌分類第1次試案」によるものです。この分類に基づく「全国デジタル土壌図」というものを作成していて、これによると、日本で最も分布面積が広い土壌大群は黒ボク土で31%。次いで褐色森林土が30%、低地土が14%と続きます。
農耕地をみると、最も多いのは低地土(※)で5割近くを占め、川沿いに広がる田んぼの多くが低地土です。黒ボク土は3割近くで、畑に多いのが黒ボク土と褐色森林土です。

※ 河川など水の力によって土砂などが運ばれ堆積(たいせき)した沖積堆積物が、表層から深さ50センチ以内に25センチ以上ある土壌。つまり、深さ50センチまでの半分以上が沖積堆積物ということ。

農耕地の土壌

資料提供:農研機構 農業環境変動研究センター

日本の土壌で最も分布面積が広い黒ボク土は、リン酸を強く吸着する性質を持つため、かつてはやせた土だとして劣等生扱いを受けていました。
良い土というのは「物理性」「化学性」「生物性」の三拍子がそろったものと言われます。
黒ボク土は、団粒構造(※)の発達によって保水性、排水性が良好なので、物理性はもともと良かったのです。加えて、リン酸肥料の普及に伴って、リン酸を通常の土壌よりやや多めに施肥することで、化学性の難点が克服されました。ですので、今では優等生と言われています。
ところで、先ほど日本の土壌は細かく分けると381もあると話しました。しかし、この中には、こういう土壌があるはずだとして分類はされているけれど、実際にはまだ見つかっていないものもあるんですよ。ですから、土壌の実態の調査というのは、まだ途上にあるんです。

※ 土壌の粒子同士がくっつき塊となった粒の集合体により作られた構造。

日本で31%を占める黒ボク土は世界のたった0.7%

――日本の土壌の特徴を教えてください。

日本列島が南北に長く、標高の高いところから低いところまであり、温度の幅も広いため、さまざまな土壌があります。はじめに母材と呼ばれる土の材料、岩石や火山灰や黄砂などがあって、母材が風化や生物的な作用を受けて徐々に土壌を生み出します。日本の場合、母材は酸性岩が多く、もともとカリウム、マグネシウムの含有が少ないです。雨が多いために、カルシウムやマグネシウム、カリウムなどの塩基が下方に流れる溶脱作用が進み、pH7以下の酸性土壌が多いのです。そのため、農業現場では石灰などをまいて中和することが行われます。

火山放出物の影響も大きいです。環太平洋造山帯に位置するため火山が多く、多種多様な噴出物があります。日本の土壌で31%を占める黒ボク土は、国際的には「アンドソル」とか「アンディソル」に分類され、世界だとわずか0.7%しかありません。ニュージーランドやフィリピン、イタリアなどに局所的にあるけれども、世界的にはマイナーです。

日本の地形に由来する特徴に、侵食が激しいというのがあります。山地が多く、急峻(きゅうしゅん)なため、土壌と母材は絶えず入れ替わります。大陸に比べると、未熟な土壌が多いといえます。常に新しい材料が入る分、天然由来のミネラルが供給されやすく、土壌がやせにくいという利点があります。
また、人為的な特徴として、水の影響を受けた水田土壌の分布面積が広いです。平地の大部分を占める沖積平野が、主に水田として利用されるからです。日本の土壌研究は、黒ボク土と水田土壌が世界にリードできる部分ですね。

土壌断面調査

農耕地の土壌断面調査のようす(画像提供:前島勇治)

農地の“メタボ”や“骨粗しょう症”が進展

――前島さんはどんな研究をしているのですか。農家さんと一緒に土を調べる機会も多いそうですが、土壌の性質を理解することは、農業をするうえで、どう生きてくるのでしょう。

全国の土壌を1メートルほど掘り下げる土壌断面調査を行い、フルボディーとしての土、つまり表土から下層土までを見ます。ここにある土壌モノリス(土壌断面標本)は、各地で採取してきたものです。生物多様性という言葉は、市民権を得ていますね。同様に、土壌にも多様性があります。このことを土壌断面調査や、土壌モノリスを使った説明を通して、生産者や消費者に伝えていきたいですね。

各地の土壌モノリス

各地の土壌モノリス。左から北海道の泥炭土の上に客土した農地、岩手県の黒ボク土の畑、茨城県の柿園、静岡県の元栗園で今は休耕畑、滋賀県の琵琶湖を干拓してできた田んぼ、愛媛県の造成農地、鳥取県の田畑輪換(同じ農地で水稲作と畑作の輪作を行うこと)農地、沖縄県のサトウキビ畑

日本は1センチの土壌が形成されるのに約100年かかるといわれています。世界だとこの10倍、つまり1000年で約1センチですから、「土づくり」の点で日本は恵まれた環境にあります。

とはいえ、最近は養分のアンバランスが問題になっています。肥料のやりすぎによる養分過剰――これは人間でいうメタボリック状態と言えます――になったり、有機物施用による土づくりが減ったり、土地からの養分の収奪が進んだりすることによる貧栄養な土壌、つまり骨粗しょう症状態が増えているようです。

生産者の方は圃場(ほじょう)の土質をよくご存じだと思います。ただ、作土を見ていることが多く、下の方の下層土まで見る機会はなかなかありません。我々の行う土壌断面調査は、1メートルの深さの穴を掘って、作土から下層土まで観察します。作土の土壌診断が人間でいう定期健康診断だとしたら、土壌断面調査は、頭のてっぺんから足のつま先までを総合的にみる「人間ドック」といえますね。

ぜひ、土をフルボディーで見ることをお勧めします。土壌断面は、これまでの土壌管理や農地の成り立ちを明らかにするだけでなく、今後の土づくりの方向性を決めるうえでの重要な情報を提供できるからです。農地の癖を知れば、管理がしやすくなるかもしれません。(続く)

後編を読む
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