民法改正は農地の相続にも影響あり?
農地は「農地法」という法律によってさまざまな制限があります。たとえば、農地を相続する場合には農業委員会の許可はいりませんが、国としては農地の管理をする必要があるので、農地を相続した方は「農業委員会への届出」をする必要があります。
一方、相続分の決め方などは民法に従うのが基本です。
その民法が2019年に改正され、農業の事業承継がスムーズにできるようになりました。今回は具体的なケースを用いながら、改正のポイントをわかりやすく説明していきます。
相続のキホン~法定相続分ずつの相続の場合~
【事例】
父Aと母Bがいて、母Bはすでに他界しており、子どもは兄Xと弟Yの2人です。
父Aの農地は10筆(※)あって価値は2000万円です。
他にも預貯金4000万円があります。
※ 土地の数を表す不動産登記上の単位。
まずは法定相続分から考えていきましょう。
【法定相続のキホン】
①配偶者がいる場合:配偶者がすべての遺産の2分の1を相続し、子どもたちは残りの2分の1を平等に分ける
②配偶者がいない場合:子どもたちですべての遺産を平等に分ける
法定相続分に沿うと、今回は配偶者がいないので、②の場合にあたります。
そうなると、兄Xと弟Yは
・農地を半分ずつ(1000万円相当ずつ)、
・預貯金も半分ずつ(2000万円ずつ)
もらうということになります。
農業を継ぐのが長男だけの場合
農業を継ぐのは兄Xだけと決まっている場合はどうでしょうか。
その場合、兄Xが2000万円分の農地を全部もらう分、弟Yが預貯金をたくさんもらうという話をすることになります。
具体的には、
・兄Xが農地2000万円分をもらうので預貯金でもらえるのは1000万円だけで
・弟Yは預貯金を3000万円もらえる
というように話し合って進めていくことになります。
法定相続とは違う割合の場合
次の事例はちょっとややこしい場合です。まずは家族がどういう状況かみてみましょう。
【事例】
父Aと母Bがいて、母Bはすでに他界しており、子どもは兄Xと弟Yの2人です。
父Aの農地は10筆あって価値は2000万円です。
一方、他の預貯金は200万円のみ。
父Aは兄Xに農業を継がせるため、農地すべてを兄Aに相続させたいと思っていますが、それだと弟Yに残るのが200万円だけになってしまうため、弟Yも「農地が欲しい」と言っている状況です。
今回は、弟Yも農地を欲しがっているケースです。
父Aとしては、農地は兄Xに全部あげたいと思っていますが、法定相続分通りに分けると弟Yにも農地を半分分けなければいけなくなってしまいます。
何かよい方法はないでしょうか。
民法改正ポイント:遺留分
実は、2019年の相続法改正により、事業承継をスムーズにしやすくなりました。
ポイント「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」という制度に変更されたことです。
遺留分というのは相続の最低保障のようなもので、遺言や生前贈与により相続財産をもらうことができないとされた人であっても、相続財産の2分の1(相続人が親だけなどの場合には3分の1)に法定相続分を掛けた分だけは請求することができるというものです。
例えば、父Aが遺言で「すべての財産を兄Aに相続させる」としていた場合、
具体的には、
・兄Xが農地2000万円分+預貯金200万円をもらうことができる
・弟Yは遺留分侵害額請求権を行使すれば、兄Xに自分の法定相続分1100万円の2分の1である550万円を請求できる
ということになります。
この遺留分についての権利の性質が改正によって変更されたことで事業承継がしやすくなりました。
改正のポイントは以下の通りです。
①2019年7月1日に「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に改正された。
②遺留分侵害額請求権は、自分の持ち分を確保するといった土地に対する権利を持たなくなり、あくまで「お金で請求する権利」(金銭債権)になった。
③これまでは遺言で「1人だけに土地をあげる」と書いても、もう1人が土地にも自分の遺留分があると言えたが、改正後はそのようなことは言えなくなった。
(つまり、遺言であげると書いてもらえればその人に全部権利があることになる)
つまり、今回の改正のポイントは、②③にあるとおり、遺言で「1人だけに土地をあげる」と書いておけば、土地はその1人が確定的にもらえることになるので、他の相続人がその土地のことで争うことはできなくなる、ということです。
土地をもらった相続人は、あとは登記を移せばよく、他の相続人は手出しができなくなります。
民法改正の目的が「事業承継をスムーズに行うこと」にあるので、利用しない手はありません。
ただ、遺留分自体を「お金で請求する権利」はあるので、その分(上記でいう550万円)は兄Xが弟Yに払う必要があります。
トラブルを避けるために、今からできることは?
ずばり上でも書いた通り、「不動産をあげたい人に向けて遺言を作成すること」です。
今回の改正で「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変わったことで、遺言で特定の人に確定的に不動産をあげることができるようになりました。
多くの方に浸透するまでに時間がかかるかもしれませんが、事業承継において大きな変革が起きたといえるので、不動産を多くお持ちの方は専門家に相談することをおすすめします。
【執筆担当】相曽真知子
弁護士。神奈川県弁護士会、横浜法律事務所所属。 自然豊かな静岡県焼津市出身。 現在は横浜にて家事・民事事件を中心に幅広い事件に取り組む。 |