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ラジオ文化の農家がClubhouseを席巻する 音声SNSの可能性とは

鶴田 祐一郎

ライター:

ラジオ文化の農家がClubhouseを席巻する 音声SNSの可能性とは

2021年1月の日本上陸からものすごい勢いでの広がりをみせる音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」。今のところiOSデバイス(iPhoneなど)でしか利用できないため、Android勢は置いてけぼり状態ではありますが、農業界では音声を利用した新たなムーブが始まっています! 2014年から若手農家によるPodcast番組「ノウカノタネ」を運営するつるちゃんこと鶴 竣之祐さんが、農家の音声事情とClubhouseで広がる可能性を解説してくれました。

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長らくオンラインで農業について音声配信していた筆者としては、今回のClubhouse日本上陸にももちろん注目していましたが、この拡散スピードには驚かされました。想像の10倍くらいのスピードで登録者数が増えており、新しい農業の形が、今後は音声から広がっていくのではないかと期待しています。

Clubhouseとは

Clubhouseは、音声版Twitterと紹介されることが多く、SNSの一つであると言われます。自由に部屋(ルーム)を作ることができ、好きな人と自由に会話をすることができます。それだけだとただの通話ですが、その部屋への出入りにはほとんど制限がないため、しゃべっている人たちの声をたくさんの聴取者が聞いているという状況が生まれます。
入室した部屋で自分も発言したいと思ったら、挙手して認められれば会話に参加することもできますし、知り合いなど会話に参加してほしい人が入室したら、参加を促すこともできます。もちろん聞きたいだけであれば参加拒否することも可能です。
これにより何が起こっているかというと、スマホ一つで簡単にいつでもどこでも、居酒屋での飲み会、会議室での議論、講演会、が自由に開催されてしまうということです。

全国のトップ収穫量を誇る生産者たちと第一線の農学博士、農業ベンチャー社長や政治家などが、一緒に農業の未来について議論している、なんていう会合が簡単に開かれては解散しています。
その場にいる人たちだけで共有される最先端農業技術の情報交換の場が発生しているなんてことも茶飯事です。
これまでは、既存の組織の役員になって、都道府県の代表になり、代表同士で何度も会議して全国から新幹線や飛行機で集結した上で企画開催しなければ実現しなかった情報交換や関係構築が、スマホを開けば始まってしまうのです。

声のやりとりだからこそのメリット

これまでも文字の世界では、FacebookやTwitterなどといった一堂に会して情報交換できる場はありましたし、活発なやりとりが有意義であるという部分に共通点はあります。しかし文字情報でのやりとりだと、人が増えてくるにつれて、文章の端々から揚げ足をとって対立する思想を戦わせる、みたいな状態にどうしても陥ってしまいがちです。

一方で、声を出してのコミュニケーションだと、攻撃性の高い表現が抑制されます(普段の生活と同じように、煙たがられると呼ばれません)。さらに、Clubhouse内での会話を録音することや無断で公開することは認められておらず、後から聞き直されて検証されたり、言葉狩りのように揚げ足をとられたりということもないため、自由な意見の交換がのびのびとできる場になっています。

農業と音声の相性は最高だと言えます。
畑作業の最中はもちろん、室内での選別作業など、とにかく手を常に動かして同じ動作、反復作業を黙々と繰り返すだけの時間が非常に多い職種です。ラジオを流しながら畑作業をしているおじいさんの光景が古くから日常であったように、日中ずっと耳が空いている状況は今も昔も普遍的です。
その上、今はほぼ全員がポケットにはスマートフォンという音声装置を身につけており、車に置いたままだとしても、耳に装着できるワイヤレスイヤホンも高性能なものがあり充実しています。ハードウエアの準備はできていたわけなので、あとは皆が使いたいと思えるソフトウエアが生まれるだけだという土壌はできあがっていたと言えます。
よく肥えた畑ではなんでも良く育つように、ハードウエアの土壌ができあがったタイミングでまかれた種が、Clubhouseというソフトウエアだったと言えるでしょう。

農家に聞くClubhouseのメリット

熊本の果樹農家ハナウタカジツさんによって毎日のように開かれる農家の雑談ルーム

Clubhouseの農家の雑談部屋にて、公開取材のような形で、皆さんになぜClubhouseを利用しているのか伺ってみました。
ある部屋には60~80人くらいが滞在しており、とある産直ECでつながりのある農家や消費者を中心としたコミュニティーでした。
皆さんが口々に話していたメリットは、“おいしいの連鎖”です。農家が生産した農作物を、他の農家や消費者が購入し、お互いにそのおいしさについて語ると、それを聞いた人がまた購入して他の場所でそのおいしさを語る。こういった「おいしい」という主観的な感情が、声を伴うことでより直接的に伝わり、購買を推し進める結果になっているということでした。
「声は、文字に比べて情報量が10倍になるという話を聞きましたが、それを実感しています」という、とある農家の意見にその場にいる人たちが「うんうん」と共感しているのが印象的でした。

もう一つの部屋では、農業技術についてのトークが盛り上がっており、人数は20~30人程度。こちらでも同様の質問をすると、皆さん口々に、「他の生産者とのつながり」「知識の共有」と答えていました。
また、Clubhouseのクローズドな環境が逆に自由な情報交換を可能にしているというメリットについても話してくれました。最先端の技術やデータを他産地や海外へ流出させてしまう恐れは、先進地域であるほど気をつけなければならない問題です。拡散性を排除したSNSのClubhouse内ではそのリスクが大幅に軽減されるため、より踏み込んだ情報交換が可能になりました。

Clubhouseのデメリット

では今後もClubhouseがますますの隆盛を極めていくのでしょうか?
筆者は、今後大きな農業のムーブメントが起こるとしたら、Clubhouseがきっかけになる可能性は非常に高いと思います。ただし、この熱量が長期的に続くためには、Clubhouse側からの新たなる仕掛けも必要になってくるでしょう。現在は火付けに成功した段階に過ぎません。
この1年間、居酒屋談義がほとんどなくなっていた日本人が、ようやくその場を開放されてこれまでの鬱憤を晴らしている、という見方もできるでしょう。

実は、先の二つの部屋で共通して語られていたデメリットもあります。
それは、作業効率が落ちるという点です。従来の音声コンテンツである音楽やポッドキャストは、地上波のラジオと同じように聞き流しながら作業することができるため、ながら聴きで作業していても効率が下がることはあまりありませんでしたし、むしろ作業がはかどるという面もありました。
しかし、Clubhouseは“音声コンテンツ”ではなく、“音声コミュニケーション”なのです。自分は聞くだけのつもりでいても、発言したくなることもありますし、全てが同期的なライブ状態であるため、ラジオよりもかなり能動的に音声に向き合うことになります。
筆者は、Clubhouseについて語る際、「脳のリソースを大きく持っていかれる」という表現をしていますが、おおむね利用者の多くが共通して感じている点だと思います。

音声の未来

Clubhouseという黒船の来航は、各種音声プラットフォーム企業にとっても大きなニュースでした。

今回、「聴く本」と呼ばれるオーディオブックの日本最大手で、月額750円で対象の本が聴き放題などの配信サービスを提供しているaudiobook.jpを運営する株式会社オトバンクにお話を伺うと、

「Clubhouseによって、既存の音声コンテンツ事業、少なくとも我々のサービスの利用傾向に大きな変化はありません。しかし、Clubhouseによってオーディオブックやポッドキャストに興味を持ったというお声はよく聞きますので、Clubhouseによる音声利用が音声コンテンツへの入り口になっているように感じます」

とのこと。欧米に比べてオンライン上の音声文化がまだ浸透していない日本においては、Clubhouseが音声文化の火付け役になるのかもしれません。

昼間に作業だけをして、夜に会議や読書。ではなく、作業しながら会議も読書も同時に終了できる世界は、もう未来の話ではなく、現在すでに可能な時代なのです。

長らく地上波のラジオでも、昼間の聴取率はドライバーや農家が中心でした。TVや雑誌、スマートフォンの画面を見る時間など、人の目を奪い合う文字情報や動画コンテンツの争いは熾烈(しれつ)ですが、音声による、耳の可処分時間(消費者が自由に使える時間)の奪い合いはまだまだ始まったばかり。この流れがどう動いていくのかは、もしかしたら今すでにラジオ文化の中心にいる農家たちが、今後どう使いこなしていくのかにも影響されるのかもしれません。

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