パリのヤマシタから学んだ野菜のクオリティー

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パリのヤマシタから学んだ野菜のクオリティー

武井 敏信

ライター:

パリのヤマシタから学んだ野菜のクオリティー
最終更新日:2021年03月15日

農業を始めて一度の営業もせずに、現在は栽培した野菜の95%をレストランへ直接販売しているタケイファーム代表、武井敏信(たけい・としのぶ)です。
私には尊敬する農家が3人いますが、その1人がフランスで農業を営む山下朝史(やました・あさふみ)さん。パリの三つ星シェフたちがその野菜を使いたいと熱望するレジェンド農家です。山下さんと出会ってから8年。今回は私が山下さんとの交流の中で得た学びについて紹介します。

山下朝史さんとはどんな人物か

「好きな時に、好きな野菜を、好きなだけ、好きな値段で売る」
こんなわがままな農家がいるでしょうか。この農業が通用する世界を作り出したのが、パリから車で30分ほどの郊外の村、シャペ村にある山下農園の山下朝史さんです。
山下さんは1953年、東京都の中野で生まれました。23歳で美術を学ぶためにフランスへ留学し、音楽、ダンス、ゴルフのインストラクター、盆栽のレンタルや販売などさまざまな職業を経験したのち、43歳の時、独学で農業を始めました。後で知ったことですが、山下さんの性格は、とことん極めるタイプで、どれもプロとして認められていたようです。現在は、フランスで有名な日本人の一人となっています。

山下さんは間違いなく、私の農業人生に影響を与えた人物の一人です。

私はテレビの番組で山下さんを知りました。彼が日本の野菜をフランスで育て、それらをパリの星付きレストランへ出荷している様子を目にし、同じ農家として、彼の農業のスタイルに魅せられました。彼がなぜフランスで農業をしているのか、その生きざまに興味を持ったのです。
当時の私は、複数あった販売チャンネルを減らし、レストランへの出荷をベースにしようと動き出していた時期で、いつか山下さんに直接会って話をしてみたいと思うようになりました。
その機会が訪れたのは2013年2月。フランスのアーティチョーク農家を訪問することになり、この機会に何とか山下さんに会いたいと、山下農園のホームページから山下さんの経営するペンションに予約を入れました。残念ながら「冬は営業していません」との返事だったのですが、同じ農家だったからなのか「せっかくなので、来れば」と誘っていただき、念願だった山下さんとの出会いを果たすこととなったのです。

山下農園

山下農園

山下さんの生きざまを学びたい

私は山下さんに会って開口一番、「農業を学びたくて来たのではなく、山下さんの生きざまを知りたくて来ました」と告げました。
実はテレビ番組で山下さんを知って以来、彼についての情報を得ることはしていませんでした。いつか会うときに先入観で彼を見てしまうことが嫌だったからです。そのおかげもあって何もかもが新鮮な出会いとなりました。話を聞いたり畑を見学したり、1日を山下農園で過ごし、翌日は山下さんが野菜を届けているレストランで一緒に食事をし、彼の身の回りにある、あらゆることから多くのことを学ぶことができました。特に物事に対する考え方、見方、話し方、哲学的な発想は、農業だけでなく人生観が変わるような面白さでした。
さらに私にとって学びを与えてくれたのは、畑で食べた山下さんの野菜、そしてレストランで食べた山下さんの野菜でした。

山下さん

カブをむく山下さん

特に私が驚いたのが、山下さんのホウレンソウの味。本当に不思議なのですが、山下さんのホウレンソウは柿の味がするのです。ホウレンソウにこんな味を出させる山下さんの栽培技術もさることながら、このクオリティーを追求する山下さんの生きざまにも感銘を受けました。この経験は今の私の大きな糧となっています。

武井が目指す野菜のクオリティーを決めさせた山下さんの言葉

私は山下さんにどうしても聞いてみたいことがありました。
「フランスで農業するならもっと南のプロヴァンスの方が条件が良いと思うのですが、山下さんはなぜパリ近郊で農業をしているのですか」
すると山下さんはこう答えたのです。
「東の食の都は東京、西はパリ。だから私はパリで勝負したかった」
これは、私が想像もしていなかった答えでした。そして私はこの答えを「ただ売れればよいのではなく、しっかりと自分のステージや目指すべきクオリティーを決めて販売することが大事なのだ」と解釈しました。
私が住む千葉県松戸市は川を挟んですぐ隣が東京都。
「勝負するステージは東京しかない」と考え、クオリティーの高い野菜を求める東京の飲食店に取引先を絞ることにしました。
今思えば、この時から私が勝負するステージが決まっていたのかもしれません。

レストランにて

山下さんとシェフと一緒に

最高の野菜の味とクオリティーを求めて

出会いの翌年の2014年からは、山下さんが一時帰国する1月に行われる「山下さんを囲む会」に参加しています。山下さんがフランスの畑で作った野菜(検疫を通過しています)を、都内のレストランで食べられるというこの会。パリの星付きレストラン数店舗でしか食べることができない山下さんの野菜を食べることができる、貴重な機会です。

この会に参加するようになって2年目、山下さんに私の野菜を食べてもらえる機会が訪れました。
目の前で他人に自分の野菜を食べてもらうというのは、いつになっても緊張するものです。しかも、よりによって、その時収穫できた野菜はカブ。カブは山下さんを代表する野菜であり、フランスの三つ星シェフから「奇跡のカブ」と呼ばれています。その山下さんのカブとタケイファームのカブの食べ比べとなってしまったのです。
品種なのか、作り方なのか、山下さんのカブの味は私の物とはまるで違っていました。「パリの一流シェフが求める味はこういうものなのか」と、私にとってカブという野菜の味のお手本になったことを覚えています。

山下さんのカブ

山下さんのカブ

武井のカブ

武井のカブ

自分の野菜のクオリティーに向き合い、農家は成長していく

「山下さんを囲む会」に参加しているのは山下さんに魅了された人ばかりですが、中には若手農家も多くいます。実は山下さんから「農家の若手諸君にもご自分達の野菜を持ってきていただけると盛り上がると思いますので、お声がけしてみていただけますか?」との連絡をもらい、数人の若手農家を誘うようになったのです。
会の中で山下さんは、若手農家を交えての野菜のブラインドテイスティング、つまりどの農家のものかを明かさずに食べ比べる場を設けてくれました。山下さんの野菜と自分達の野菜を食べ比べることで、若手農家たちは自分の野菜のクオリティーを客観的に把握する機会になります。もちろん山下さんから直接アドバイスをもらえることもあり、若手農家にとっては大きなチャンスです。

また、さまざまな農家が同じ土俵にそろうことで、第三者がその農家の作る野菜のクオリティーを知る場にもなっています。私も、参加した農家の野菜をテイスティングした後、取引先の星付きレストランに紹介したこともあったほどです。

山下さんはこのように、若手農家が自分の野菜のクオリティーを上げるための気づきを与える場も積極的に作ってくれています。

山下農園

フランスののどかな山下農園

山下さんに出会ってから早いもので8年。ふだんはメールでやり取りをしています。
山下さんのメールにはいつも前向きな言葉がつづられています。

「お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して進んでいきましょう」
「真摯(しんし)に精進を重ねてください」

その言葉は私を「次に山下さんと会う時には、今より少しでも前に進んでいたい」と奮い立たせてくれます。
私に野菜のクオリティーとは何かを教えてくれた山下さんの存在が、私自身の成長につながっているのかもしれません。

次回は、これまでの山下さんとの交流の中で、私の農業に影響を与えた彼の言葉を紹介します。

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パリの三つ星シェフの尊敬を集める農家、山下朝史さんの言葉から感じた農業の哲学
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