パリの三つ星シェフの尊敬を集める農家、山下朝史さんの言葉から感じた農業の哲学

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パリの三つ星シェフの尊敬を集める農家、山下朝史さんの言葉から感じた農業の哲学

武井 敏信

ライター:

パリの三つ星シェフの尊敬を集める農家、山下朝史さんの言葉から感じた農業の哲学
最終更新日:2021年03月15日

農業を始めて一度の営業もせずに、現在は栽培した野菜の95%をレストランへ直接販売しているタケイファーム代表、武井敏信(たけい・としのぶ)です。
パリの一流シェフから絶大な支持を受ける日本人農家として、フランスで知られる山下朝史(やました・あさふみ)さん。2013年の出会い以来、毎年会って農業に関する意見交換などをしています。これまでの山下さんとの交流の中で、私の農業に影響を与えてくれた彼の言葉を紹介します。

農家の手本となる山下さんの言葉

山下さんは、私の農業人生の中で間違いなく影響を受けた一人です。

わたしはこれまで山下さんから勉強になる話を数多く聞いてきました。それを「手本」として、周りの農家にも伝えることがあります。山下さんの言葉をそのまままねて「パクる」ことは決してしません。もちろん許されないことですし、そんなことには何の意味もないからです。
同じ野菜を栽培しても、すべての農家が同じように売ることはできません。そこにたどり着くまでには、農家それぞれの努力と苦労から得た経験、そして運もあります。まねをすることは間違いではありませんが、自分なりに解釈をし、それを自分の状況に落とし込んだうえで実践につなげることが大切だと思っています。

山下さんの話にはいつも「なるほどな」と思うところがあり、私自身の学びにつながっています。
2013年に山下さんと出会って以来、毎年彼と直接会って話していますが、自分のフェーズや立場が変わると「あのとき山下さんが言っていたのはこういうことだったのか」と後でとらえ方が変わることもあります。
今回の記事では、これまで山下さんから聞いた話の中から、私が受け取ったことをお伝えします。農家それぞれの立場や直面している課題によって受け止め方はさまざまだと思いますが、自分なりの気づきにつながることを願っています。

■山下朝史さんプロフィール
1953年、東京都の中野生まれ。23歳で美術を学ぶためにフランスへ留学し、音楽、ダンス、ゴルフのインストラクター、盆栽のレンタルや販売などさまざまな職業を経験したのち、43歳の時、独学で農業を始める。現在はフランスで有名な日本人の一人。パリの星付きレストランへのみ野菜を販売している。

山下さんの畑で

2013年、フランスの山下農園を訪問

これまでの経験を生かす方法

農業に出会うまで、どんなことを勉強し、どんな経験をしてきたか、それは仕事を含めて人それぞれ。山下さんも農業を始める前はいろいろな職業に就いていたようですが、共通して言えることが「何事も極めるために努力を重ねる」ということ。そして、その先にあるものが「いつも最高のものを求める」ということでした。

音楽をやっていた時はドラムを担当しプロとして活躍していた山下さん。ある時、録音された自分の出した音を客観的に聴いて、がくぜんとしたそうです。「これは続けてても仕方ないな」と思い、録音も一発OKという実力があったにもかかわらず、きっぱりやめてしまったそうです。
その決断ができたのは「最高のものは何か」ということを見極められる感性と、「最高のものを追求する」というプロとしての意識の高さがあったからではないかと思います。

ドラマーのほかにもさまざまな仕事でプロとしてその道を極めようと努力してきたことは、農業にもつながっているようです。
現在の山下さんが野菜に求めているのは「クオリティー」。現状に満足することのない山下さんの考え方は、おそらく自分を俯瞰(ふかん)して客観的に見る力となっているのでしょう。それが野菜のクオリティーを追求するときに生きているのではないかと思います。

奇跡のカブ

山下さんの代表的な野菜。フランスの三つ星シェフから奇跡のカブと呼ばれている

経験が生きるということは私にもあります。
建設会社の秘書をやっていた時は社長のスピーチの原稿を書き、自動車の営業をしていた時は店長として朝礼のスピーチをしていました。自分が書いた原稿が社長のスピーチに使われる、朝礼での話が社員のモチベーションアップにつながるなど、当時はその時できることを精一杯やっていました。そのおかげか、今その経験が生きる講演や執筆の仕事をするようになっています。文章を作成し、人前で話す。この経験が、今では講演で原稿もなくぶっつけ本番で90分話せる力になっています。

「過去に経験してきたことは、いずれ人生のどこかで役に立つことがある」と身をもって感じています。

インタビュー

哲学的な話をたくさん聞くことができた

シェフとの向き合い方

必ず自分で野菜を配達するという山下さん。シェフに野菜の状態を伝え、最善の使い方をアドバイス。そして「野菜を通して自分自身と向き合って」と伝えると言います。

野菜の状態を伝え、アドバイスするというのは、とても重要なことです。
山下さんは、この重要なことを行うために時間と労力をかけて配達をしているのです。

私は、宅配便を使って野菜を届けています。収穫時は、シェフがどんなふうに調理するか、その皿をイメージしながら収穫をしています。
しかし、これは私が考えているだけであって、実際には伝わっていませんでした。
ある日、シェフと会った時に、「あの野菜どのように使っていますか?」と聞くと、それは私が意図した使われ方ではありませんでした。「実はこのように使ってもらえたらと思っています」と説明すると、シェフは「なるほど」とうなずいてくれ、次回からは私のアドバイスの通りに使ってもらうことができました。こうなることで、私がイメージして育てた野菜のストーリーが2倍にも3倍にも大きくなり、最終的な出口であるお客さんに伝えるという役割を果たすのです。
栽培した野菜をいかにしておいしく食べてもらえるかを伝えることは、販売チャンネルが違えどもとても大切なことです。私は過去にマルシェで野菜を販売していた時にも、レシピをつけるなど最もおいしく野菜を食べてもらうための努力をしていました。自分の野菜が誰かの口に入るときの最終形態を考えて売るということは、山下さんと話をする中で非常に共感する部分でした。

山下さんのカブが使われた一皿

山下さんの奇跡のカブが使われた一皿 ~パリのミシュランレストランにて~

自分の歩幅で歩く

山下さんは自身を環境順応型と言います。

「強さというのは貫く力ではなくて、環境に合わせて自分を変えられる力。大体私は、思いっきり手は広げるけど届く範囲のことしかやらないし、背伸びはしない。背伸びをすると重心が高くなってふらふらしちゃうでしょ。だから背伸びはしないけど、背筋は伸ばして歩きたい。前に歩くときには自分の歩幅でって決めて歩いてる。自分の歩幅以上で歩こうとするとつまずくから。自分の歩幅だけど10メートル歩く歩幅でなく、もっと長く1万歩歩ける歩幅ね」

山下さんが話してくれた私の心に残ったフレーズです。

山下さんでさえ、環境に合わせて自分を変え、手の届く範囲のことしかやらないと言っています。まずは、現在の自分の立ち位置を知り、自分ができることを始めることが大切なのではないでしょうか。
山下さんのやり方をすれば、すぐに彼のような野菜を作れるわけではありません。彼とは畑の条件もまるで違いますし、農業技術にも大きな差があるからです。山下さんと同じようにできないことを嘆く必要はないのです。
歩く速さは人それぞれ。無理やり人に合わせても長くは続きません。疲れてしまうだけでなく、ケガをするかもしれません。ゆっくりでもいいので、長く遠くまで歩ける自分のペースで進む大切さを痛感しました。

山下さんと武井

山下さんと武井

農業は最高に豊かな職業

「農業はやり方次第」というフレーズをよく耳にします。その後に続くのは、大抵「やり方次第で儲かる」という言葉。

しかし山下さんは「農業はやり方次第で豊かになれる」と言います。

山下さんの言う「豊か」というのは、売り上げ金額がアップし利益があがるという意味ではありません。お金ではないのです。
農業で豊かになるということは農業で成功すること、という考え方もあるかもしれません。「売り上げを上げる」「品評会で賞をとる」など、目指すものは農家それぞれ違います。

何度か話していますが、私が学生時代に絶対にやりたくなかった職業は農業でした。野菜作りのノウハウは独学。全くのど素人が始めた農業は、朝から晩までひたすら野菜に向き合うのが正しい形だと思っていました。ところが、知識がないことが大きな武器となり、農業の常識から外れたやり方が一つの農業の形となりました。今は、ようやく私が農業をしてきた意味があるのかもしれないと思うようになりました。

あなたにとっての農業の豊かさとは何なのでしょうか?
農業は農家の数だけやり方があります。どれが正解ということはありません。

農業とはどのような仕事ですか?と質問されたら、
「農業は最高に豊かな職業です」と胸を張って答えられるように頑張っていきたいと思います。

山下朝史さんの野菜のクオリティーとは?
パリのヤマシタから学んだ野菜のクオリティー
パリのヤマシタから学んだ野菜のクオリティー
農業を始めて一度の営業もせずに、現在は栽培した野菜の95%をレストランへ直接販売しているタケイファーム代表、武井敏信(たけい・としのぶ)です。 私には尊敬する農家が3人いますが、その1人がフランスで農業を営む山下朝史(やま…

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