北の大地で始まる循環型畜産。きっかけは牛肉の輸入自由化
酪農がさかんな北海道八雲町に北里大学八雲牧場はあります。東京ドーム約80個分の370haの広大なフィールドで、土・草・牛が循環する放牧畜産の研究実証が行われています。この牧場の化学肥料と農薬を一切使わない草だけで育った肉牛が「北里八雲牛」です。
5月に放牧が始まると、牛は一斉に青草を求めて駆け出します。放たれた牛は10月末まで牛舎に戻ることはありません。冬期は牛舎の中に戻り、夏場に牧場で収穫されたグラスサイレージ(草の漬け物のようなもの)を食べ、つながれずに過ごします。仕上げの穀物は与えません。そこにある草のみで牛が育つ究極の循環型畜産です。

八雲牧場の「北里八雲牛」
北里大学の放牧畜産の取り組みは1994年に始まりました。92年に自由化で海外の安い牛肉が入ってきたことがきっかけです。
「一般的に肉牛は北米から輸入した穀物飼料で育てます。本来なら物質循環させるために堆肥は返さなければなりません。それをしないと糞尿処理の問題が出て環境に影響が生じます。ここでは、外からのものに一切頼らない持続可能な畜産をしています」と北里大学獣医学部講師の小笠原英毅(おがさわら・ひでき)さんは話します。

小笠原英毅さん
「日本には耕作放棄地が40万haあり、今も増え続けています。使われていない農地を活用して牛の餌として放牧をすれば、景観維持にもつながり国内食糧自給率も上がります」と話すのは、イベントの特別ゲストであり、畜産・農業ジャーナリストであるフリーアナウンサーの小谷あゆみさんです。
放牧畜産の生産者を増やすためには、生活者の買い支えが必要です。そこで、食コミュニティを運営する「KitchHike(キッチハイク)」が、生産者と生活者をオンラインでつなぐ「ふるさと食体験」で「北里八雲牛」の食体験イベントを実施しました。
低脂肪で栄養価の高い赤身肉、牛カツにして食べる
「北里八雲牛」は、有機JAS認証の牧草牛(グラスフェッドビーフ)です。今回、そのモモ肉500gが参加者へ届けられ、牛カツを調理して味わいます。ちなみに、国内で同認証を受けている生産者は現在3軒のみです。
牛カツをおいしく揚げるコツを教えてくれるのは、出張料理人の尾長知幸シェフです。

尾長知幸シェフ
- モモブロック肉のドリップ(汁)をキッチンペーパーでふき取ります。
- 鍋またはフライパンに肉が浸かる高さまで油を入れ、中火で温めます。
- 包丁で肉の筋や油を取り除き、筋に対して垂直に3~4等分に切り分け、両面に塩コショウで下味をつけます。厚さの目安は1.5cmです。
- 肉に小麦粉をまぶし、卵、パン粉をつけます。短時間で揚げるため細かいパン粉を使用します。
- 170~180℃に熱した油で、肉を片面30秒ずつ1分揚げ、一旦油からあげて3分休ませ、再び30秒乾いたスプーンで油をかけながら揚げます。
「肉料理のポイントは休ませて余熱調理することです。揚げ上がった牛カツは少し休ませてから切ると肉汁が流れ出ません」と尾長シェフ。火を通しすぎると肉が固くなるので要注意です。
尾長シェフが切り分けた牛カツは、断面が赤くきれいな色をしていました。ワサビ、カラシ、トリュフ塩などでシンプルに味わうのがおすすめです。
「肉の味が濃く、噛み応えがあり、後味がずっと残ります」と参加者もコメントを寄せます。
グラスフェッドビーフは、まるでサラダ?
国産肉用牛として流通しているのは、黒毛和種が98%で日本短角種は1%未満です。近年、八雲牧場では、放牧に向いている品種として日本短角種とフランスのサレール種の交配種を育てています。
今回調理した牛の個体識別番号を調べてみると、2011年生まれ9歳メスの日本短角種であることがわかりました。
「草しか食べていない9歳のオーガニックの放牧牛のモモ肉を牛カツにして食べたのは、おそらくみなさんが日本初です」と、小笠原さんはうれしそうに話します。
青草を食べている「北里八雲牛」には、βカロテン、鉄分が豊富なミオグロビン、脂肪を燃焼させるカルニチンが多く含まれていることがわかっています。
「草しか食べていないのでサラダと一緒ですね」という北海道の参加者からコメントに、小笠原さんは科学者の立場から一旦離れて「そう思います」と応えていました。

イベント参加者で記念撮影
「ホルモンはおいしいですか」との質問もありました。八雲牧場では、2020年度にタンからテールまでを商品化。レバーはえぐみがなく、苦手な人も食べられるそうです。現在、ホルモンのピリ辛ミックスの販売を試みようとしています。
「牛に4つの胃があるのは草を消化するためなので、牧草牛は牛の生態に則った飼い方ですね」という、小谷さんの解説にも納得です。

特別ゲストの小谷あゆみさん
放牧畜産を選択肢のひとつに加えたい
小笠原さんは、循環型の放牧畜産の研究者であり、生産者であり、セールスマンです。
「価格が高ければ消費者は買わないし、高く売れないと生産者も放牧畜産をやろうとは思いません。研究するからには普及しなければ意味がないので、販売までを構築することが役割だと思っています」と小笠原さん。八雲牧場に着任した10数年前は、有機・赤身のカテゴリーはなく、牛肉を背負ってスーパーに売りに行っても誰も見向きしなかったそうです。だからこそ、近年の注目度の高まりに驚いているそうです。
有機放牧牛は、2013年ごろから需要が高まり始めました。背景には、環境、有機、オーガニック、アニマルウェルフェア(動物福祉)の意識の高まりもあるようです。それまでの年間出荷頭数は50頭。現在は70頭に増え、向こう3年で125頭まで増やす計画です。しかし、八雲牧場で増やせるのはそこまで。今後は八雲町内で放牧畜産の普及活動をして、取り組みに賛同してくれる生産者を増やそうとしています。生産者の確保のため、夏は町営牧場で預託放牧し、冬は生産者の牛舎で町内生産の草を与えて育てる仕組みをつくりました。

イベントでは2021年の八雲牧場での放牧風景を視聴しました
「生産者と消費者の選択肢を広げることで、起こりうるさまざまな問題に対応できるようにしたい」と小笠原さんは取り組みの意義を語ります。
北里八雲牛は主に東都生協のほか、ネット通販のビオマルシェでも購入できます。
「循環型の放牧牛をもっと広めてほしい。食料自給率も上げたい。絶対に買います」という参加者の力強いコメントもあり、赤身肉の味だけでなく取り組みへの感想も濃いイベントになりました。
本イベントはJRA(日本中央競馬会)の助成により(一社)日本草地畜産種子協会が開催しました。
北里大学 獣医学部 附属フィールドサイエンスセンター 八雲牧場
〒049-3121 北海道二海郡八雲町上八雲751
TEL:0137-63-4362
八雲牧場公式Twitter
「北里八雲牛」の購入はこちら(東都生協)
記事についてのお問い合わせ
一般社団法人 日本草地畜産種子協会
東京都千代田区神田紺屋町8 NCO神田紺屋町ビル4階
TEL:03-3251-6501
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