牛は草で育てる、阿蘇の大草原で放牧畜産
「放牧畜産」は土・草・家畜の循環型農業です。放牧地の肥えた土が栄養豊富な草を育て、家畜の糞尿は自然分解されて肥えた土をつくり、再び栄養豊富な牧草が育ちます。家畜は自由に草を食べ、草地を歩いて運動し、太陽の光を浴びて、強く健康的に育ちます。こうして、草を食べた家畜から良質の乳や肉が生産されます。
青空の下、緑の牧草地で牛がのんびり草を食む風景はまさに牧場のイメージ。しかし、実際に日本で放牧飼育されている肉用牛(繁殖)は全体の2割未満で、ほとんどが舎飼いです。放牧は飼料自給や労力削減を通してコスト削減ができ、持続可能な農業としても期待されています。
熊本県産山村で「あか牛(あかうし)」の放牧畜産に取り組むのは、池山牧場の牧場主・井博明(い・ひろあき)さんです。熊本県は「あか牛」の飼養頭数全国1位。井さんは、阿蘇外輪山の標高777mの高原牧場で、「あか牛」の繁殖・肥育経営を行い、自らレストランも経営しています。
「牛は草で育てる」を理念に井さんは草原に牛を放ちます。草地の広さは、自家4haと牧野組合の共有地280haで東京ドーム約60個分。牛は自由に草を食べ、日本の名水百選の「池山水源」の湧き水を飲んで育ちます。「夏山冬里方式」で、12月に牛を牛舎に戻して冬を越し、3月に阿蘇外輪山で行われる野焼きを経て、新芽の出る5月に再び牛を放ちます。
「あか牛」を多くの人に知ってもらおうと、食コミュニティを運営する「KitchHike(キッチハイク)」が、生産者と生活者をオンラインでつなぐ「ふるさと食体験」で「あか牛」の食体験イベントを実施しました。
大草原の自然の中で育った「あか牛」、ステーキの味は?
和牛といえば黒毛和種が知られていますが、「あか牛」は褐毛和種で、和牛全体の約1%の希少種です。そのステーキを調理して味わいます。
井さんが大切に育てた「あか牛」のモモ肉が参加者に冷蔵便で届けられ、出張料理人の尾長知幸シェフがステーキをおいしく焼くコツを伝授してくれました。
- モモブロック肉のドリップ(汁)をキッチンペーパーでふき取ります。
- 筋に対して垂直に包丁を入れて切り分けます。今回は短時間で焼き上げるため厚さ2cmにカットします。
- 油を引いて中火で熱したフライパンに肉を入れたら動かさないで焼くことがポイントです。
- 片面ずつ焼き色がつくまで焼き、サイドにも火を通して、アルミホイルに包んで焼き時間と同じ時間休ませます。余熱調理によって肉に旨味が閉じ込められます。
- 食べる前に熱したフライパンに肉を戻して温めます。焼き加減は、肉を指で押したとき跳ね返る程の弾力が目安です。
参加者は自宅のキッチンでオンラインの画面をのぞき込みながら調理。その様子を生産者の井さんが微笑ましく見守っていました。
「牛肉の味が濃いのでシンプルに焼くことが多いです。今回は赤ワインソースを作りましたが、脂が薄いので塩やレモンでシンプルに食べてもおいしいですね」と尾長シェフ。
焼き上がったステーキをカットすると、断面はきれいなピンク色をしていました。千葉県の参加者からは「赤身の味があり、栄養補給ができました」とコメントがありました。
生産者の思いと旨みの詰まった赤身肉
井さんが「あか牛」の放牧を始めたのは今から50年前。当時は誰も見向きもしなかったそうですが、今や希少なブランド牛です。大切に育てた「あか牛」のおいしさをたくさんの人に知ってもらおうと、井さんは産山村で「農家レストラン 山の里」を経営しています。熊本市内にも2号店を出店し、現在、レストラン経営は娘のゆりさんが任されています。
「食べてくださる方の表情や反応が見られると、育て甲斐がありますね」とゆりさんもトークに参加。井さんの隣に家族のみなさんが集まってくれていました。
「牧草牛にはアミノ酸が豊富に含まれ旨みになっています」と井さん。栄養のある草をたくさん食べて運動した牛は、病気にならず、牛舎は臭くないそうです。
参加者の中には、北海道で乳牛を放牧する橋本牧場さん親子の姿もありました。
「草には吸収しやすいビタミン、ミネラル、脂肪酸が入っていてそのまま肉の栄養になります」とコメント。ステーキソースの調理には自前のグラスフェッドバター(牧草だけを食べて育った牛のミルクで作られたバター)を使ったそうです。
「霜降り牛は体に合わない妻も、「あか牛」はおいしく食べられました」と夫婦で参加の男性から。このコメントを受けて、ゆりさんは「牛の餌にビタミン剤などの薬は使いません。牛も人も食べるものでできています」と力強く話します。
牛がいて、育てる人、食べる人で循環する
約10年前、井さんにはうれしいことがありました。娘婿の俊介さんが地元の新聞社を退職して畜産を継いでくれたのです。畜産の大変さを知る井さん。BSE等で経営が苦境に陥り、引退と牧場の売却も考えていた時、『せっかく良質の牛肉をつくってきたのだから、続けないともったいない』と俊介さんが継承を決意。未来に向けて池山牧場を守っています。
「今、耕作放棄地が増えて農地が荒れていますが、放牧畜産は地元の草を育てることで環境を守ります。千年続く阿蘇・草千里などの景観も、牛がいて、育てる人、食べる人がいるから守られています。「あか牛」を食べて応援しましょう」と、今回のイベントの特別ゲストであり、フリーアナウンサーで農業ジャーナリストの小谷あゆみさんもエールを送ります。
池山牧場の「あか牛」は、ポケットマルシェのほか、東京・大阪・名古屋の松坂屋百貨店でも販売しています。『レストラン 山の里』に直接、電話注文もできます。
熊本・阿蘇の千年続く大草原で、二代にわたって「あか牛」を育てる生産者の熱い思いにふれて、新しいファンが生まれたイベントでした。
本イベントはJRA(日本中央競馬会)の助成により(一社)日本草地畜産種子協会が開催しました。
農家レストラン 山の里
〒869-2704 熊本県阿蘇郡産山村大字田尻202
TEL:0967-25-2253
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記事についてのお問い合わせ
一般社団法人 日本草地畜産種子協会
東京都千代田区神田紺屋町8 NCO神田紺屋町ビル4階
TEL:03-3251-6501
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