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環境にやさしい新たな“有機農業”とは 現場に密着した実践的土壌学【#3】

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

環境にやさしい新たな“有機農業”とは 現場に密着した実践的土壌学【#3】

東京農業大学名誉教授の後藤逸男(ごとう・いつお)さんは、現場に最も近い土壌学者の一人と言っていいだろう。10年がかりで食品残さを原料とする肥料の公定規格を新たに作り、その第1号を今年にも登録する見込みだ。加えて、東日本大震災の被災地の復興事業で、長年の研究成果を反映した農業の理想像を実現しようとしている。それは環境に本当に優しい新たな“有機農業”だという。

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グッドデザイン賞受賞の生ごみ肥料が間もなく実用化

■後藤逸男さんプロフィール

農学博士(1987年、東京農業大学)。東京農業大学名誉教授。全国土の会会長。東京農大発株式会社全国土の会代表取締役。著書に「土壌学概論」(朝倉書店、2001年)、「根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり」(農山漁村文化協会、2006年)、「改訂新版 土と施肥の新知識」(農山漁村文化協会、2021年)、「イラスト 基本からわかる堆肥(たいひ)の作り方・使い方」(家の光協会、2012年)など多数。

――2019年に「都会完結型生ごみリサイクルシステム」でグッドデザイン賞を受賞していますね。

先に話した下水汚泥肥料が速効性なのに対して、緩効性のリサイクル肥料がほしいと作ったのが、生ごみを原料にした肥料の「みどりくん」。乾燥した生ごみを搾油機にかけ、成型することで、わずか2時間でできます。生ごみを集めて、ギュッと油を搾ってできた、要するに油かすなんです。菜種やトウモロコシ、大豆は油を搾った油かすが肥料になります。それと全く同じです。

原料として一番よいものは、学校とか病院、老人福祉施設など、管理栄養士のいる事業所から出る生ごみなんです。タンパク質や炭水化物などさまざまなものが混じっていて、そういう原料を混ぜると、年間通じて品質が安定します。

農大で実用化したかったのですが、行政からストップがかかってしまいました。廃棄物処理業者でないと、廃棄物である食品残さを運搬できないのです。そこで、以前から生ごみを原料に堆肥を作っていた埼玉県の一般廃棄物処理会社に「みどりくん」のプラントを移設して、今春にも実用化する予定です。できた「みどりくん」は、埼玉の地元の人や埼玉土の会の会員の一部に使ってもらおうと考えています。乾燥させて油を搾るので、生ごみ堆肥にありがちな悪臭の問題は、全くありません。

この肥料を実用化するために、新たな肥料の公定規格を農林水産大臣に申請し、2018年に認められ、普通肥料の有機質肥料の中に「食品残さ加工肥料」という新しい公定規格ができました。しかし、東京農大での登録ができなかったので、埼玉で製造する「みどりくん」で登録第1号を目指します。

一方で、生ごみを微生物の力を借りながら2、3カ月かけて堆肥にした生ごみ堆肥「みどりくん」が名古屋市内で製造されています。原料は生ごみ100%でおがくずやチップなどの水分調節材は使っていません。そのような生ごみ堆肥は、日本ではこの生ごみ堆肥「みどりくん」だけです。
肥料版「みどりくん」は、窒素、リン酸、カリ(カリウム)の含有量が4:1:1で、堆肥版「みどりくん」は3:1:1。いずれもL字型、つまり窒素の含有量が多い肥料です。リン酸過剰の農地には「みどりくん」がぴったりです。

右端がグッドデザイン賞の対象となった生ごみ肥料「みどりくん」、その左が生ごみ堆肥「みどりくん」。左端とその右の下水道由来の汚泥肥料が速効性肥料であるのに対して、両「みどりくん」は緩効性のリサイクル肥料。名前の由来は、東京農業大学のスクールカラーが緑であることと、後藤さんの前任に当たる土壌学研究室(現・土壌肥料学研究室)の2代目教授が蜷木翠(になき・みどり)さんだったから。なお、みどりくんには「Webみどりくん」もある。全国土の会会員が土壌診断分析結果にウェブ上でアクセスできる土壌診断システムだ

「有機農業=環境にやさしい農業」ではない

――生ごみ肥料や堆肥、汚泥肥料、製鉄所から出る転炉スラグ、国産鉱物のゼオライト、急拡大中の竹と、ここまで実にさまざまなお話がありました。

今まで私たちが50年間に全国各地で培ってきた技術を、前回お話しした3.11の津波被災地である岩手県陸前高田市の農業復興に導入して、本当に環境にやさしい農業を実践しようと考えています。といっても、有機農業ではありません。あくまで環境にやさしい農業です。言いたいことは「有機農業=環境にやさしい農業」ではないということです。
化学肥料や化学合成農薬が使われるようになるまでは、全世界で有機農業が行われていました。その当時の人口は現在に比べて著しく少なかったので、有機農業で最少量の食料生産が続けられてきました。しかし、現在では飛躍的な人口増大により大量の食料生産が求められています。それに昔のような有機農業で対応するには、大量の有機質肥料や家畜ふん堆肥などの有機物を施用する必要があります。
それらの有機物中には窒素・リン酸・カリ、その他の肥料成分が含まれています。一方、穀物や野菜などの農産物が吸収する養分量は窒素とカリに比べてリン酸は少量でよいのです。しかも、土壌に施用された窒素とカリのうち、作物に吸収されなかった養分は雨に溶けて地下水中に流れてしまいますが、作物に吸収されなかったリン酸は作土中に蓄積してしまいます。つまり、土の中でリン酸は窒素やカリと違う挙動をするのです。
有機物だけに頼る作物生産を強行すれば、有機物に由来する硝酸イオンが地下水に溶け込みます。大雨が降れば、土壌侵食でリン酸のたまった作土が流出します。また、強風が吹けば土壌表面の土が風に飛ばされます。そのようなメカニズムで農地から環境に放出された窒素やリン酸が水域の富栄養化をもたらす環境負荷物質に一変してしまうのです。要するに、有機農業でも環境に負荷がかかるということです。
有機農業では家畜ふん堆肥が主要な肥料源となりますが、家畜ふんを堆肥化する過程で大量のアンモニアガスが大気中に揮散(揮発性の成分が気化して広がること)します。そのため、堆肥が完熟すればするほど窒素含有量が下がってしまいます。完熟堆肥は悪臭がしなくなりますが、それがその証しなのです。一方、リン酸とカリは堆肥が完熟するほど、濃縮されて含有量が高まります。そのような完熟堆肥だけを使って作物を作るには、窒素成分を賄うため大量の堆肥を施すことになります。その結果、土壌中にリン酸やカリが蓄積して、その揚げ句が「土のメタボ化」なのです。
たとえば家畜ふん由来の堆肥をやり過ぎれば、土がメタボになって地下水汚染といった環境負荷にもつながります。豚ぷん堆肥とか鶏ふん堆肥というのはリン酸、カリウムがすごくたくさん含まれています。これをうまく肥料として使えばいいけれども、肥料だと考えていない人が多いわけです。

――それでは、家畜ふん堆肥をどのように使うことがよいのでしょうか。

まずは、堆肥を施す農地の土壌診断が先決です。山土などを客土して新しく造成した農地であれば、有効態リン酸という作物が吸収できる状態のリン酸や、カリがほとんど含まれていません。そのような場合には、家畜ふん堆肥を従来通りの「土づくり資材」として大量に施用します。上限は10アールあたり5トン程度でしょう。逆に、使い込んだ農地で、有効態リン酸がすでに過剰となっている場合は、豚ぷん堆肥や鶏ふん堆肥では10アールあたり250~500キロ、牛ふん堆肥では500キロ~1トンが上限です。それくらいの量の堆肥中には一作の作物栽培で吸収される程度のリン酸とカリが含まれているので、それ以上「メタボ」を助長することはありません。
そのように、家畜ふん堆肥を適正に利用すると、どうしても窒素が不足します。そこで、最適の肥料が窒素の単肥、具体的には尿素や硫安(硫酸アンモニウム)です。すなわち、化学肥料です。化学肥料は、有機質肥料や家畜ふん堆肥と違って、必要な養分だけを補給できる肥料なのです。これを使わない手はないでしょう。化学肥料は化学合成した肥料だから環境にやさしくないと考える人がいるようですが、とんでもない間違いです。化学肥料の原料は全て「天然物」です。その天然物を効率よく作物に吸収できるように化学的処理を施した肥料が化学肥料です。

――そんなに少ない堆肥の使い方では、「土づくりの基本」とも言える有機物補給にはならないと思う人が多いのではないでしょうか。

そのとおりです。年に10アールあたり堆肥1トン程度では有機物が足りません。そこで、それを補う有機物が緑肥です。例えば7月に果菜の収穫が終わった後、秋まで「土を休ませてやろう」と何も作付けないで裸地にする人が多いのですが、それも間違いです。圃場(ほじょう)を片付けてすぐにソルゴーなどの緑肥の種をまきます。特に野菜作の後には肥料が残っているので、無肥料で大丈夫。草丈が1.5メートルくらいになれば、それをすき込みます。有機物の補給効果の他に、前作で残った肥料のリサイクルにもなります。
「メタボ土壌」となってしまった畑やハウスでは、勇気をふるって窒素単肥を活用しましょう。それこそが「勇気農業」です。
本当に環境にやさしい農業、今後求められている食料増産に対応可能な“有機農業”は、有機物しか使わない農業ではなく、有機物を最大限有効活用する農業「有機物活用型農業」であるべきです。「有機物活用型農業」を略せば有機農業になるでしょ。陸前高田市では、そのような“有機農業”を目指しています。

土と肥料の勉強で土づくりのプロに

――最後に、農家へのメッセージがあればお願いします。

農家は作物づくりのプロですが、必ずしも土づくりのプロではありません。私は、半世紀の間にそのようなことを多く経験してきました。「勘や経験」に頼ることも大切ですが、土の中の状態はなかなか把握できません。そこで、「全国土の会」では土壌診断分析に基づいた施肥管理の実践を呼びかけています。しかし、分析をしてもその結果を理解することができない、という農家が多くいます。
土壌診断分析の結果を理解するには、第一に土と肥料の基本を学ぶこと、第二に「少なければ施し、多ければ施さない」、この2点を忠実に実践することです。「少なければ施す」は誰でもできますが、「多ければ施さない」、この決断ができない農家が多いのです。土と肥料の基本をしっかりと学び、「決断できる勇気」を出しましょう。そのような農家こそが、「土づくりのプロ」なのです。

第28回全国土の会九州大会で行われた土壌診断調査での農大式簡易土壌診断キット「みどりくん」(※)のデモンストレーション(熊本市、2016年。画像提供:全国土の会)※詳細は「土の激やせ・メタボを“健診”で防ぐ 現場に密着した実践的土壌学【#1】」参照

★前回までの記事★
土の激やせ・メタボを“健診”で防ぐ 現場に密着した実践的土壌学【#1】
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