梨北米(りほくまい)が有名ながら新規就農は野菜に集中
「北杜市は新規就農が多いんですけど、野菜が中心で、特に有機や無農薬栽培が多く、狭い面積で付加価値を付けて高く売る。我々は逆なんですよね。面積をこなして、単価は安くても経営面積を増やしていくという考え方で、新規就農でこう考える人はなかなかいません。ましてコメづくりをしたいなんて人は、ほとんどいないんですよ」
北杜市高根町の営農たかね代表理事組合長、清水茂(しみず・しげる)さんはこう話す。都内からのアクセスが良く、日照時間が長く、南アルプスの山々の伏流水に恵まれた北杜市は、人気の移住先で、新規就農者は多い。ただ、清水さんの指摘する通り、野菜、しかも有機を志向する人が多く、作付け面積の6割強が水田である営農たかねは後継者不足に悩む。近くに山梨県立農業大学校があるものの「卒業生でコメづくりをしたい人はなかなかいなくて、募集をかけても集まらない」(清水さん)。
清水さんは「コメでも食べていけるという魅力をもっと発信しないと、若い人たちにはそういう情報がまだ少ないのかな」と話す。
営農たかねはJA梨北管内にあり、同JAの梨北米はブランド米として知られる。梨北米は、ミネラルが豊富な水質と長い日照時間があいまって良食味になるとされ、米価が下落する傾向にある今も比較的高値で取引されている。
「コメを主体とする経営で、十分食べていけるくらいのレベルには来ている。コメづくりも肉体労働がだんだん少なくなっていて、昔の百姓のイメージから脱皮してもらわないと。若い人たちがいろいろ考えつつ、スマート農業も取り入れて技術を磨いていけば、この辺のコメは売れるだろうから、ぜひチャレンジしてほしいと思うんだけど、なかなか我々の思いと若い人のニーズがつながらないところです」(清水さん)
ちなみに、クボタのクラウドを使った営農支援システム「クボタスマートアグリシステム(KSAS)」を導入していて、作業の進捗(しんちょく)などの情報を組合員同士でスマートフォンを使って共有する。

営農たかねは八ヶ岳南麓(なんろく)の高根町に位置する。トマトのハウスと八ヶ岳(画像提供:営農たかね)
兼業農家の減少、後継者不足に悩む
ふつう集落営農というと、個々の農家の田んぼを法人でまとめて管理する形が多い。一方、営農たかねの組合員はそれぞれ3~10ヘクタール強の農地を持つ。7人の組合員全員がおのおのの経営の傍ら、法人としても営農しているのだ。法人の作付け面積約56ヘクタールに対し、個人の経営面積は計約50ヘクタール。地域の転作作物の生産を請け負う組織として2006年に設立された。
「10ヘクタールほど耕作している人の集まりでできている集落営農法人は、珍しいと思うんですよ。我々は個別の経営で十分成り立っていて、法人経営はプラスαみたいな感じ。この形がいいのか悪いのかなんて言っても、もう十数年この形でやっているということは、これがいいからやっているわけで」(清水さん)
とはいえ、将来の経営の形を巡っては思案中だ。40代から80代の組合員は、いずれも元々は別に仕事を持っており、親から農業を継承するタイミングなどで専業農家になった。兼業農家ばかりの地域だったのが、農地の貸し借りが進んで専業農家に転身した第一世代がほとんどだ。
地域では農地の流動化が進展し、1経営体当たりの面積はますます増える傾向にある。かつてなら兼業農家になって、ゆくゆくは地域農業の担い手になるはずの若い世代が、農業をやらなくなったことも影響している。まさにそのために、営農たかねは後継者不足に直面しているのだ。
理事の油井昭夫(ゆい・てるお)さんは「もともと、自分たちが年をとったら、息子を法人に入れてっていう発想だった。ところが後継ぎはいても『農業は嫌です』みたいな時代になって、昔と様子が変わっちゃったね」と話す。
このまま個人経営と法人経営の両立のスタイルを続けていると、どちらも後継者不足になりかねないというのが、清水さんたちの危惧していることだ。法人化しているからには、後継者は組合員の親族である必要はない。後継者に育てることも見据えて、従業員として若手を入れた方が良いのか。とはいえ、人手の面では現状の形で間に合っており、人件費を増やす経営判断には慎重にならざるを得ない。農業関係者に積極的に意見を聞き、将来の経営形態を検討している。

営農たかねの皆さん。右から油井さん、清水さん、安達さん、従業員の新海(しんかい)みどりさん
周年出荷のトマトを基幹作物に
組合員で唯一40代なのが、理事で48歳の安達義昭(あだち・よしあき)さんだ。担当する品目の中でも、油井さんと共に2016年から始めたトマトは、周年出荷を実現していて、パートを3人雇用している。
高根町は、かつて大玉の桃太郎トマトの露地栽培が盛んだった。しかし、担い手不足と手間がかかることから、栽培する人も、面積も減り続けてきた。今ではハウスで中玉トマトなどを栽培する農家が多い。
安達さんは「今どんなトマトのニーズが高いかというと、高糖度トマト。これを大玉品種で作りたいと考えて」、トマトの木を比較的低い位置で摘心(茎の先を摘むこと)し上への成長を抑制する「低段栽培」を採用。1本の木に8個だけ実らせ、収穫している。連棟ハウスでの水耕栽培で、養液を調整して糖度を高める。
高糖度トマトは「八ヶ岳南麓の太陽の恵みトマト」として、スーパーや飲食店、JAなどに出荷する。赤色が目にも鮮やかなトマトは、うまみと甘みが濃厚だ。年8作し、周年出荷ができることから、取引先に喜ばれている。営農たかねでは、トマトの苗づくりを自前で行うため、市況などを見つつ作付けの調整もできる。他の作物と違って、常に売り上げが入ってくる点で、経営上メリットがある。安達さんたちは「トマトを営農たかねの一つの基幹作物に位置付けたい」と意気込む。

周年出荷する高糖度トマト(画像提供:営農たかね)
「個人と法人経営を両立する現状の形は、将来、メンバーが入れ替わったときに、果たしてどうなのかなと考えています。地域の農業を守っていける人たちが、ぜひ今後出てきてほしいとは、大いに期待しています」(清水さん)
全国に1万4832ある集落営農(2020年2月時点、農林水産省調べ)は、営農たかねのように課題を抱えるところが大半だ。答えのない集落営農の、地域に即した最適解を求めて、営農たかねの挑戦は続く。

トマトのハウスの様子。1本の木から8個しか収穫しない低段栽培をする(画像提供:営農たかね)
農事組合法人 営農たかね
http://eno-takane.jp/index.html