ある農家の婿からみえた、担い手不足解消の糸口

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ある農家の婿からみえた、担い手不足解消の糸口

連載企画:農業経営のヒント

ある農家の婿からみえた、担い手不足解消の糸口
最終更新日:2020年06月10日

家族農業のあり方について語るとき、ときに「農家の嫁」というフレーズが出る。では「農家の婿」はどうだろう。彼らは婿という立場で農家の一員になった後、どうやって栽培技術を学び、自分なりの営農を模索しているのか。東京都国立市の農家、遠藤充(えんどう・みつる)さんに話を聞いた。

農家の婿、義父から受け取った通帳の意味とは

遠藤さんは11年前、22歳のときに就農した。農業を始めたきっかけはシンプル。妻の嘉(よしみ)さんが農家の娘だったからだ。嘉さんの家は十代以上続く農家で、遠藤さんはその後継者になった。「遠藤」は嘉さんの側の姓だ。
結婚する前は、サービス業関係の会社で働いていた。結婚の条件が事実上、農家を継ぐことだったため、会社勤めをやめた。就農に抵抗感はなかったのか。そう聞くと、「面白そうだと思いました」との答えが返ってきた。
就農をポジティブに考えることができたのは、遠藤さんの祖父母も農家だったからだ。母方の実家は秋田のコメ農家で、父方は茨城の兼業農家。子供のころ、田舎に行くたび田畑で遊んだことをずっと忘れずにいたので、就農はむしろ「結婚の決め手にもなった」と遠藤さん。

古くから伝わる遠藤家の井戸。今は水が枯れている

結婚するとすぐ、遠藤さんは東京都農林総合研究センター(立川市)で栽培技術に関する研修を受け始めた。いきなり家の畑だけで作物を育てる生活に入ってしまうと、知識や技術の幅が狭くなってしまう恐れがある。そう判断した義父の常臣(つねおみ)さんが「学んでこい」と言って勧めてくれた。
遠藤家は畑の面積が1.1ヘクタールで、主な栽培品目はホウレンソウとトウモロコシ。平日は研究センターでさまざまな作物の栽培方法や機械の扱い方などを学び、週末は常臣さんと一緒に畑に出る暮らしが始まった。
研究センターでの研修は1年間。2年目から、家の畑でどっぷり農作業につかる日々がスタートした。「夏は暑いし、冬は寒い。肉体的にはかなりきつかった」(遠藤さん)。新規就農者が共通して経験することだ。
そして農業を始めてから5年ほどたち、体がすっかり農作業に慣れたころ、常臣さんから「後はよろしく」と言ってあるものを渡された。農業収入や経費を管理するための通帳だ。常臣さんはこれまで通り、一緒に農作業を続ける。だが経営は遠藤さんに任せるという意思表示だった。

かつて使っていた蔵

「おいしいのに売れない」を解決する独自の工夫

婿として農家の一員になって以降、遠藤さんが心がけてきたことがある。常臣さんが取り組んできたことを尊重しつつ、自分なりに少しずつ工夫を重ね、経営を発展させてくことだ。
その一つがトウモロコシの宣伝だ。栽培しているのは生で食べられるスイートコーン。遠藤さんが疑問に思ったのは、「こんなにおいしいのに何であまり売れないんだろう」という点だ。家の庭先でとれたてを販売していたが、完売できず、残った分を市場に安値で出荷していた。
「アピールが足りない」。そう思った遠藤さんはチラシを作り、家に買いに来てくれる人に配り始めた。効果は絶大。おいしさを実感した人が知人にチラシを見せ、代わりに宣伝してくれたのだ。評判が広がり、神奈川や群馬、さらに山梨からも買いに来てくれるほど人気が高まった。需要に応えるため、トウモロコシの栽培面積を5~6倍に拡大した。
ホウレンソウは新たな販路の開拓に努めた。以前は市場出荷がほとんどだったが、仲間の農家と連携しながらスーパーや直売所にも出すようになった。市場と比べ、そのほうが売価がずっと高かったからだ。

トウモロコシの栽培を大幅に拡大した

新たに「カハットエース」という名前のトウガラシの栽培にも挑戦し始めた。ヤクルト本社や富山大学などが共同で開発し、農林水産省に登録した品種だ。辛み成分の含有量を粉末で比べると、日本で栽培されている一般的な品種のはるか上。猛烈な辛さで知られるハバネロの3倍を超すという。
遠藤さんがこのトウガラシを作り始めたのは、国立市に住んでいるヤクルト本社の担当者と知り合ったことがきっかけだ。同社が提携している農業法人から苗を仕入れ、実を粉末に加工して瓶詰めし、「辛すぎて谷保(やぼ)」の名前で2017年に商品化した。谷保は遠藤さんの家がある国立市の地名だ。
栽培しているのは遠藤さんをはじめとして近隣の5人の農家。カハットエースだけだとあまりにも辛いので、これまでは他のトウガラシとブレンドして販売してきた。だが辛党の間から「もっと辛くしてほしい」という要望が出たことを受け、今後はカハットエースの比率をもっと高めた商品も販売しようと考えている。こうした工夫ができるのは営農の大きな喜びだろう。

激辛トウガラシを商品化した「辛すぎて谷保」

遠藤家の事業承継から見える新規就農者を迎えるヒント

遠藤さんは代々続く農家の婿として、自分なりの営農のかたちをのびのびと模索している。そこで感じたのは、常臣さんの何ともさっぱりとした経営のバトンの渡し方だ。なぜ遠藤さんに経営を委ねることにしたのだろう。そのことを常臣さんに聞くと、次のような答えが返ってきた。
「自主性を持って計画を立て、栽培し、収入が自分の稼ぎになってはじめてやりがいを持てる。私に使われる立場のままでは難しい」
それにしても、農業を始めて10年に満たない遠藤さんに任せることに不安はなかったのだろうか。その点について、常臣さんは「研究センターで学び、私と一緒に5~6年やった。基本的なことはわかっているので、後は彼が自分なりに試行錯誤すればいいと考えた」と語った。遠藤さんがいろいろなことに挑戦できている背景には、常臣さんのこういう明快な考え方がある。
取材でこんなやりとりを続けているうちにわかったことが一つある。常臣さんも遠藤さんと同様、婿としてこの家に入ったのだ。農業を始めたのは40歳のとき。数年後に義父が亡くなり、営農を切り盛りするようになった。
そこで始めたのがトウモロコシの栽培だった。常臣さんは「60代半ばまで自分なりにやってきた。張り合いがあったし、面白かった」とふり返る。

歴史ある農家を継ぎ、新たな挑戦を始めた

自分もすぐ経営を担うようになったからこそ、遠藤さんにスパッと委ねる決断ができたのだろうか。もし農家の息子で小さいときから農作業をやっていたら、こうはいかなかったのだろうか。この質問には遠藤さんが答えてくれた。「新しく入ってきた人の意見を取り入れていかないと、農業はダメになってしまうのではないでしょうか。その点、義父は考え方が柔軟なので助かってます」
今回は「農家の婿」というテーマでインタビューした。念頭にあったのは「家に入ること」で直面する課題だった。だが遠藤さんと話しているうちに、それは「農業の世界に入ること」と言い換えてもいいと思うようになった。
新しく農業の世界に入ってきた人を、地域はどう迎え入れるのか。担い手不足に悩む各地の農村が抱える課題だ。農家の婿になることを決めた遠藤さんは、常臣さんがやってきたことを尊重しつつ、自分のやりたいことに挑戦できる環境に恵まれた。その結果、営農はとぎれることなく、未来へと続く。農業をもっと元気にするためのヒントがそこにあると感じた。

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