暑さ対策こそ、牛のストレス緩和の重要ポイント
広島大学・東広島キャンパスにある「西条ステーション(農場)」は、広大な敷地(総面積35.1ha)に、乳用牛、肉用牛、緬羊、山羊などを飼育する設備と牧草や飼料作物を栽培する15の圃場を有し、近畿・中四国エリアでは唯一の酪農部門がある大学の研究農場として、食料生産の環境と食の安全に配慮した幅広い研究・教育活動が行われています。
牛舎には、乳搾りを自動化する搾乳ロボットや自動給餌機などが導入され、酪農現場の労働力不足の解消に向けた実証研究が行われているほか、2020年にリニューアルされた第1家畜舎(1223㎡)には、アメリカのVES社の大型送風機『ECVサイクロン』を設置するなど、牛舎の環境改善に向けた研究も進みます。
「飼育している乳用牛は寒冷地が原産のホルスタイン種なので、寒さには強いのですが、暑さには弱い性質です。牛の体内では発熱を伴う発酵が絶えず起こっているので、その熱がこもると乳量が減少します。近年は温暖化の影響もあり、牛舎の暑さ対策が求められています」と、牛の飼養管理などが専門の生物生産学部・杉野教授は飼育環境の課題を指摘します。
乳用牛が快適に感じる気温は12~20℃と考えられており、寒暖差が大きい状態や湿度が高い状態も好みません。牛も不快指数が上がると人間と同様に食欲が低下し、夏場には1頭当たり1日で約2~3㎏の乳量が減少し、疾病が起きやすくなるという報告もあります。
これは、ヒートストレスでエサの摂取量が減少することに加え、牛が体を冷やすために体表面積を増やそうと立ち上がり、その分エネルギーを余計に使ってしまうことも影響しています。温暖化が進む日本で酪農を維持していくには牛への暑さ対策が喫緊の課題なのです。
牛舎内の風の流れをコントロール。作業者の負担も軽減する環境を実現
杉野教授は、これまで【食】の観点から牛の健康や快適性にアプローチする研究を行ってきました。しかし、酪農の現場を回るなかで、牛舎の温度や湿度、広さや寝床の状態、糞尿の処理方法など、「牛が牛舎内でいかに快適でいられるか」という【住】の面がおざなりになっていると考え、改善に取り組みます。
なかでも、ヒートストレスの対策は避けられない課題です。水を霧状にして噴射し、気化熱を利用して冷却する「ドライミスト(気化熱冷却)」を取り入れ、更に大型送風機で風の流れをコントロールする環境作りに着手。
第1家畜舎のリニューアルでは、暑さ対策として天井高を高めにとり、更に牛舎上部の前後に大型送風機『ECVサイクロン』を4基ずつ取り付け、風の道(前方が吸気・後方が排気)を作ります。牛舎内には整流板を持つ8基のファンを設置し、取り入れた風を牛のいる場所に集中的に集めながら熱の滞留を防ぐ調整を行っています。
「換気扇と送風機がセットになっていることがポイントです。外部の風を取り入れ、牛の体に風を直接当てることで、体感温度を下げ、排気も同時に行うことで臭いやガスを外に逃がします。牛はもちろん、作業者にとってもストレスの少ない牛舎です」と杉野教授。
『ECVサイクロン』の稼働は、センサーで収集した環境データを基にコンピューター制御で行われています。最新のダイレクトドライブ・スマートモーターファンなので、消費電力も低く、スマートフォンやタブレットでも状況の確認や1台ごとの微調整も可能で、トラブルの発生時も手元の端末に通知が届きます。
導入後、牛の乳房炎や蹄病の減少を示すデータも上がっており、相関関係を調査している段階で、今後は1頭ごとにセンサーを取り付けて行動分析を行い、牛が集中するエリアをピンポイントで冷却するなど、より効果的なシステムの開発も検討しているといいます。
牛がリラックスできる「快適な環境」を目指して
牛の住環境という面では、照明設備として『インダクション・ライト(無電極ランプ)』も導入されおり、照明と牛の乳量の増減の関係性についても、現在、調査が進められています。
『インダクション・ライト』は、発光管内に電極が無いため、白熱電球や蛍光灯と比べ、長寿命で眩しくないというのが特長です。また、LED照明とは違いメラトニン(睡眠ホルモン)の分泌を抑えるブルーライトが少なく、牛の概日リズムを妨げない可能性があります。
「牛たちに感想が聞ければ良いのですが、環境が改善され相当喜んでいると思いますよ」と、笑顔で話す杉野教授。牛舎のリニューアル後は、ミスト装置や最新の大型送風機などの併用で乳量が上昇したとの結果が出ています。
【食】という観点に【住】という新しいアプローチをプラスし、牛たちがリラックスできる「快適な環境」の実現を目指し、広島大学の研究はこれからも続きます。
<取材協力>
広島大学・西条ステーション(農場)
広島大学大学院統合生命科学研究科附属
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『ECVサイクロン』・『インダクション・ライト』の輸入・販売は、日曹商事株式会社が行っています。
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