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いまさら聞けない「農協」とは【第2回】~農協の本質は「数で対抗」~

いまさら聞けない「農協」とは【第2回】~農協の本質は「数で対抗」~

日本農業を理解するうえで避けては通れない「農協」。なんとなく知っているつもりではいるけど……。農業に携わる人も、これから農業を志す人も、押さえておきたい基本をやさしく解説します。第2回のテーマは「数」。農協の本質とは「数」にあった!

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(登場人物)

まりっちnormal まりっち
食いしん坊が高じて、農産物の流通ベンチャー企業に入ってしまった新入社員。
社長 社長
農産物の流通ベンチャー企業を経営している。悩みは最新の流行についていけないこと。

全員が大谷翔平にはなれない

まりっち

大谷翔平選手、昨日もホームラン打ったんですって! 打ってよし、投げてよし。ちょーリスペクトです! 社長は大谷選手って知ってますか?
いくらなんでも、そのくらい知ってる! バカにするな。たしかに、大谷選手は稀有(けう)な存在だな。

社長

まりっち

投げる技術も打つ技術もすごい二刀流です。
ところで、まりっちは「二刀流の農家」って聞いたことがあるかな?

社長

まりっち

「二刀流の農家」?
農家にも二つの技術が必要だ。ひとつはおいしいものを作る栽培技術。そして、もうひとつは、それを売るための営業やマーケティングといった販売技術だ。これを兼ね備えている農家さんを「二刀流の農家」と呼んでいるんだ(※)。

社長

※ そういう言葉があるわけではなく、本連載のための造語である。

まりっち

たしかに、いくらおいしいものを作っても、消費者に届かなければ意味がないですものね。でも、その二つを極めるのは大変かもしれませんね。
そうだね。全員が大谷翔平にはなれない。
もちろん、二つとも高い技術を持っている農家さんもいるけど、現実問題としては、全員がそういうわけにはいかない。だから、ふつうは、販路開拓やマーケティングといった部分を地域の農協が担ってくれるわけだね。

社長

まりっち

前回、農協の基本について教えてくれたときに、地域ブランドを作るのも農協の仕事だと社長が教えてくれました。ブランドづくりって、誰でもできることではないですよね。

全員が徳川家のようにはいかない

ということで、とりあえず販売の技術は農協に任せることにして、もう一方の栽培技術ということを考えてみよう。そこにも農業界ならではの課題がある。それは世襲制ということだ。

社長

まりっち

農家さんは、先祖代々、「家」単位で農業をやっていることが多いですね。
農業経営は、土地と切り離して商売だけを引き継ぐことは難しい。広い土地が不可欠な商売だからね。そうすると親族が商売と土地をあわせて引き継ぐのが自然だ。もちろん、もっと農地を流動化した方がいいという議論もあるけど、現状としては日本の農業を継続するには世襲に頼らざるをえない面がある。

社長

まりっち

あ、戦国大名も世襲ですよね。わたし、こう見えて歴女なんですよー!えへへ。
唐突に話が変わるなあ。(ていうか、レキジョってなんだ?)
いま大名という話が出たけど、徳川家が他の大名に比べてすごかった点は、2代目、3代目と優秀な息子が続いたことだ。でも、そういうことはなかなかないよね。

社長

まりっち

豊臣秀吉には有能な跡取りがいませんでした。
世襲は、跡取りの選択肢が限られるから、いつも優秀な人間が継げるわけではない。全員が徳川家のようにはいかないんだ。
これを「世襲業界の脆弱(ぜいじゃく)性」と呼ぼう(※)。この脆弱性は、農業界が避けられないものだ。プロ野球の世界では、ドラフトを通った実力のある人間だけが舞台に立つことができるけど、農業界はちょっと違った性格を持つ世界だ。

社長

※ これも本連載のための造語である。

まりっち

栽培技術を高めるといっても、世襲である限りは全員が優秀だということは望めない、ということですね。
その通り。でも、じゃあ、そういう家には農業に参加しないでもらえばいいのか? そんなことをしたら土地はその家にひもづいているものだから、土地が荒れ放題になってしまうよね。

社長

まりっち

たしかに。農地を次世代につないでいくには、農業経営はどうにか続けていかないといけません。
そこで、周りがサポートすることが必要になるね。たとえば、栽培技術を教えたり、販路を紹介したり、困っているときに地域の人たちがサポートするということだね。それを具体化した仕組みが、農協の青壮年部で他の農家と知り合う仕組みであったり、営農指導という専門部署なのだと理解できる。

社長

まりっち

農業において相互扶助が大事な理由は、そんなところにもあるんですねえ。
まあ、相互扶助が必要な理由は他にもいろいろあるんだけどね。

社長

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「数で対抗」の本質とは?

いま「相互扶助」というキーワードが出たね。前回、農協の基本的機能を二つあげたんだけど、覚えているかな?

社長

まりっち

はい! 外に対しては「数で対抗」、内に対しては「相互扶助」、の二つです。
じゃあ、今日は「数で対抗」の意味をもう少し深掘りしてみよう。そこで登場するのが、「ポーターの5(ファイブ)フォース」という枠組みだ。この図を見てほしい。

社長

まりっち

フォースというのは日本語では「力」という意味でしょうか。
そうだね。「フォースと共にあらんことを!」ってね。

社長

まりっち

それって、古い映画のセリフでしたっけ?
(いや、最新作は2023年に出る予定なんだけどな……。)
この図は、ある業界の収益力、つまり儲かりやすさは5つの要素によると言っているんだ。ひとつは業界内の競争なんだけど、たとえば野菜業界だと、業界の中で競争しているプレイヤーの数はめちゃくちゃ多いよね。農家さんどうしはある意味、競合しているわけだから。

社長

まりっち

そうですね……。数だけなら、過当競争と言えるかもしれません。
そこで、農協ごと、つまり地域ごとにまとまることで、業界内のプレイヤーの数が減るから、競争の激しさが和らぐ。

社長

まりっち

なるほど!
で、さらに重要なことは、売り手・サプライヤーの数が少なければ少ないほど、その業界は儲かりにくいということなんだ。たとえば、ちょっと前までは、携帯電話の会社って3つしかなかったよね。そして、各社ともすごく収益が高かった。

社長

まりっち

最近はすごく安くなりましたけどね! 社長は可哀そうな世代ですねえ。
……。売り手である携帯電話会社が少ないと、買い手である私たちの交渉力が弱くなる、とポーターの5フォースでは考えるんだ。だから、売り手である携帯電話会社の交渉力は強くなって、収益もおのずと高くなる。

社長

まりっち

なるほど!売り手の業界と買い手の業界で、プレイヤーの数の差がパワーバランスを変えるということですね。フォースというのは「交渉力」のことか……。
その通り。ざっくりと言えば、売り手が少ないと、「この値段がイヤなら、買ってくれなくてもべつに構いませんよ」って売り手に言われちゃうわけだ。では、野菜農家にとっての売り手、サプライヤーとは?

社長

まりっち

えーと。種苗会社とか、農業機械メーカーとか、ですかね?
そうだね。どっちの数が多い?

社長

まりっち

それは圧倒的に野菜農家……ああ、そうすると、野菜農家の交渉力はものすごく弱いということになります。
じゃあ、野菜農家にとっての買い手は?

社長

まりっち

ケースバイケースですけど、市場の卸業者とかスーパーとか、食品メーカーとかですかね。
じゃあ、数は野菜農家とどっちが多い?

社長

まりっち

それは圧倒的に野菜農家の方が多いです。うーん、ということは、野菜農家の交渉力は弱いですね。……あれ、野菜業界は、「売り手」に対しても「買い手」に対しても交渉力が弱いのか。そしたら、儲かりにくい!
その通り。農業は儲かりにくいと言われていて、その原因はいろいろあるけど、見逃されがちな根本的理由は、関係する業界に比べて圧倒的に業界内の競合が多いので、交渉力が低いからなんだ。

社長

まりっち

そこで農協の登場というわけですね……!
理解が早いな!数百件の農家を束ねる農協が販売を代行することの本質は、売り手や買い手に対する交渉力を高めるということなんだ。

社長

まりっち

そうか! 農家1軒では、なかなか交渉できませんものね。……でも、最近は産直ECサイトとかが台頭してきて、その方が高く売れるという話も聞きます。
もちろん、そういうケースもあるよね。でも、もし日本中の全ての農家がその産直ECサイトに出品したらどうなるかな?

社長

まりっち

サイトに載っている農家の数がめちゃくちゃ増えたら……買い手への交渉力は弱くなって、価格は下がります。
そうなるだろうね。もちろん全ての農家が産直ECサイトに出品するというのは架空の話だけどね。日本のすべての野菜や果物を売ることを考えたときに、もし世の中に農協がなくて、農家それぞれが自由に販売するとしたら、交渉力が弱まって業界にとっては自殺行為だ。買い手に比べて、プレイヤーの数がものすごく多い業界だからね。

社長

まりっち

たしかに。野菜農家にとっての売り手との関係にも同じことが言えますね! 農協が農家さんの代わりに購入することによって、種苗メーカーや農業機械メーカーに対する交渉力が高まる、ということですね。
その通りだね。それが農協の基本的な考え方である「数で対抗」の本質なんだ(※)。

社長

まりっち

勉強になりました。農業にも、フォースのご加護があらんことを!
なんだ、まりっちもスター・ウォーズ見ているんじゃないか……。

社長

※ 「数で対抗」を重視すると農協の規模はおのずと大きくなっていく。実際、農協どうしの合併はかなり進んでいる。一方で、「相互扶助」の方の機能は、規模が大きすぎるとうまく機能しない。協同組合の基本的な考え方である「数で対抗」と「相互扶助」は、規模の観点では相反していて、多くの農協はその難しいバランスを問われている。

以下、本日のまとめ。

  1. 農協の基本的な考え方は、「数で対抗」と「相互扶助」だ。(これは前回もやった。)
  2. 農協が販売を代行することで、農家は栽培技術を高めることに集中できるようになるよ。
  3. 農協による相互扶助は、「世襲業界の脆弱性」を補完する意味もあるよ。
  4. 農協が農家を束ねることは、農業生産者の売り手や買い手への交渉力を高める観点から合理的なことだよ。

(参考) 前回(第1回)のまとめ。

  1. 農協は協同組合のひとつの形。協同組合は農協以外にもたくさんある。
  2. 農協は個別性、多様性がある。「農協」とひとくくりにするときは注意が必要。
  3. 農協のオーナーは農家だ。
  4. 協同組合は、One for all, all for one(ひとりはみんなのために、みんなはひとつの目的のために)が基本だよ。その意味するところは、仲間うちは「相互扶助」、外に対しては「数で対抗」だよ。
  5. 「数で対抗」の一例として、農産物のブランドづくりがあるよ。

【監修協力】
須藤金一(元JA東京青壮年組織協議会 委員長)

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