最終的な判断基準は「組合員のメリット」
──秋田県で県1JA構想が持ち上がった背景について教えてください。
全国の合併構想と同じく、背景にあるのは組合員減少と信用・共済事業の悪化です。いずれのJAも一時期、農林中央金庫への出資を増やしました。その出資配当金でJAの信用事業が成り立ってきたんです。ただ、利率が年々下がり、どこの農協も苦しくなってきました。
共済事業も同じ。かつてのJA共済は保険部分と積み立て部分がセットになっていて、掛け金が民間の保険と比べて高かった。ところが加入者を増やすために一般的な保険会社のように積み立て部分のない商品を出し、掛け金を下げていったので、当然ながら共済からの付加収入も下がりました。それに伴ってJA共済連からJAへの出資配当金もだんだん減ったわけです。信用・共済事業の悪化を合併による合理化で乗り切ろうとしたのが今回の県1JA構想です。
──両事業に先行き不安を抱えるのはJA大潟村も同じと思いますが、合併協議会から離脱したのはなぜですか。
たしかにJA大潟村にとっては厳しい選択になるけれど、組合員の利益のためには合併しないほうがいいと判断したからです。合併することを想定して各部署ごとに向こう10年の利益と不利益を洗い出した結果、組合員にとっては組合員勘定制度や青色申告の関連書類の作成などのサービスを削ることになるばかりで、不利益のほうが多いという結論でした。
JA大潟村はほかの農協と違って正組合員の割合が99%と高い。だから経済事業のサービスは非常に大事。合併すると、たとえば組合員にいまのような安い価格で資材を提供できなくなります。村内には水田が9000ヘクタールあって、組合員が投入する肥料や農薬は毎年計算できる。だから大ロットで発注して、安く仕入れられるんです。しかもほかの農協と違って、うちは組合員が農協の倉庫まで肥料や農薬を取りに来てくれる。配達費がかからず、その分だけ県内で最も安く提供できています。合併すれば今より高くなることはあっても、安くなることはないでしょう。
最終的に離脱を決めたのは、組合員へのアンケートで92.5%が反対したからです。これは合併への免疫がないことも影響していると思います。秋田県のJAは平成元(1989)年に125あったのが合併によって13にまで減りました。そんな中で一度も合併していないのがJA大潟村なんです。
合併しないことによる課題と対策
──合併しなかったことで生まれる課題と対策は何でしょう。
合併しなかったからといって課題が変わることはなく、今まで通りです。
生活インフラに関してはAコープ(※)の運営を健全化することですね。ほかの農協はAコープを子会社化しているのですが、うちはJA大潟村で運営しています。組合員からは存続を望む声が多いのですが、経営状態は厳しい。2019年度に7000万円以上の減損会計をして固定資産を軽くしたところです。
2021年度には冷蔵庫を3000万円かけて更新する計画もある。実現すれば、減価償却は単年度当たり300万円から400万円かかる。それをまかなえるかといえば、これまた厳しい。駄目なら、また減損会計をせざるを得ません。いずれは老朽化した店舗の建て替えも待っている。村民にとっての生活インフラでもあるので、次の店舗更新時は行政に支援をあおぐ必要もあるでしょう。
それから信用事業では一部の定期預金の金利に25年前から0.1%優遇金利を付けていました。これを一般的な金利に引き下げ、経費負担を何千万円か減らせると見込んでいます。それでも厳しい場合は、営農指導に対する賦課金を組合員から頂くことも検討するかもしれません。
※ 生産者団体であるJAグループが運営するスーパーマーケット
──今まではもらっていなかったんですか。
ええ。一般に農協は均等割りと面積割りで営農指導の賦課金を得たり、農産物の販売手数料を得たりしています。ただ、JA大潟村は歴史的な経緯から、販売事業としてはコメを一切扱っていません。唯一販売しているのは野菜で、売り上げにして8000万円。その2%に相当する160万円がJAに販売手数料として入ります。営農指導についても年間8000万円の経費がかかっていますが、組合員から賦課金はもらっていません。ちなみにJA大潟村がコメ販売事業を行っていれば、村内のコメ販売額が約110億円なので、販売手数料2%の2.2億円を収入にすることができます。賦課金については農協から言い出したことではなく、今回の合併構想をきっかけにむしろ組合員から「払っていい」という声が上がってきたんです。
農協経営の基本は組合員とのつながり
──そうした組合員の声をどう受け止めますか。
JA大潟村という組織を大事に思ってくれている証拠だと認識しています。とはいえ賦課金を支払ってもらうのは最後の手段。組合員に新たな負担をつくるのではなく、まずはJAとして自助努力を続けたい。
そういう意味でも農協経営でこれから大事になるのは、何より若い人とのつながりを深めることですね。大潟村の場合、経営者は入植組から2世や3世に移っている。彼らはどの店で農業資材を買えば安く買えるかをインターネットで調べて購入しています。そうなると農協は利用率が下がり、経営が厳しくなるだけです。
若い組合員からさまざまな相談を受けながら、農協の各事業を利用してもらえる流れをつくりたい。さらに「農業協同組合とは何なのか」という理念を後継者世代と共有していくこと。これが今後の農協経営の基本ですね。