田植機で進むGPS対応
「自動直進田植機は、村内にはまだ50台くらいしかないと思うけれども、今後3、4年で半分以上の農家が買うと思う。何しろ楽だから」
最も普及しているスマート農業のツールを尋ねると、小林さんからこう答えが返ってきた。自動直進田植機を使うと、オペレーターは直進する際にハンドル操作の必要がなく、走行中に苗マットを補給することができる。JA大潟村では2018年春、自動直進田植機の公開実験をした。今では農地保全や管理を行う「大潟土地改良区」が自動操舵のセットを7セットそろえ、農家に貸し出している。
通常の田植機で、まっすぐ走るために前方ばかり気にしていると、苗の補給が切れているのに気づかず、何も植えないまま走ってしまうことがある。こうしたミスもなくなるため「作業効率は15~20%上がる」(小林さん)という。
加えて、水を張ったままの状態で田植えができるというメリットがある。通常、農家は田植え前に水を抜き、田植機は走行の目安にするためマーカーで田んぼに線を引きながら走る。水を抜くと、田植機の車輪に泥が巻き付きやすくなるけれども、水を張ったままだとこれが軽減できる。大潟村の水路は閉鎖水系だ。村から流れ出た水を、農業用水として再び使うことになる。田植え前の落水(水を抜くこと)で泥水が水路に流れ、アオコの発生につながっていた。そのため、自動直進田植機が増えて水を抜かずにすめば、環境負荷の軽減にもなる。
問題は、メーカーの販売する自動直進田植機が、村内で使うには小さいことだ。村の田んぼは1枚1.25ヘクタールの広さに区画されており、合筆して2.5ヘクタールの広さにしたものも珍しくない。使う田植機はほとんどが大型の10条植えだ。このサイズの田植機で自動直進に対応したものはまだ出ておらず、既存の田植機に自動操舵のセットを後付けするしかない。
JAでドローン導入の助成も
村と同じようにGPS基地局が整備されている北海道の岩見沢市では、自動操舵に対応したハンドルをトラクターに後付けする農家が少なくない。小林さん自身も「タマネギの畝立てと肥料散布で、トラクターを自動操舵に対応させ、まっすぐ走らせている。畝立ての速度は遅いから、ゆっくり、まっすぐ走るには集中力が必要。自動操舵に対応させると、楽で、しかも、まっすぐきれいに作業できる」と効果を実感している。
ただし、村内で自動操舵のトラクターが一般的になるには、課題があるようだ。というのも、村内で使うトラクターは、湿田を走るのに向くフルクローラが基本だからだ。前輪と後輪が分かれているトラクターは、前輪で軌道を細かく修正する。一方、フルクローラだとクローラ(無限軌道)全体が動くことになり、軌道の細やかな修正に難がある印象だと小林さんは話す。
ドローンについて、JA大潟村はメーカーを交えた実証実験や、組合員とメーカーの対話の場を積極的に設けてきた。2019年には農業用ドローン3台の取得費用の一部を助成している。導入した農家は、コメやタマネギの栽培で除草剤や殺虫剤散布にドローンを使っていて、ほかの農家から散布を受託するということも始まっている。
「今までラジコンヘリコプターの業者に散布を依頼していたが、天候が良くないときでも散布を強行されることがあった。その点、ドローンだと天候の良い日を選んで自分の都合で散布できるので、安心感が増した」
「このくらいの日数の散布を業者に依頼すると相応の散布代金になるので、その点では有利に思う」
これは、3台のうちの1台を導入した農家のコメントだ。ラジヘリに比べ、薬剤の散布幅が狭く、往復回数が多くなることもあると指摘しつつ、メリットも感じているようだ。ドローンのネックは「まける薬剤がまだ限られていることと、ドローンの価格の高さ」だと小林さんは指摘する。
2020年11月18日には、JA大潟村も協力し、準天頂衛星「みちびき」から受信する位置情報とGPSを組み合わせ、より精度の高い位置情報を把握して飛行するドローンの実証実験が行われたばかり。スマート農業の実演会や説明会は、JAとして今後も積極的に開いていく。
他地域で導入が多いものに、営農支援システムがある。クボタやヤンマーといった農機メーカーは農機からの情報をクラウドにアップし、圃場(ほじょう)ごとの作業の状況や収量などのデータを簡単に把握できるようにしている。アプリやシステムになると実にさまざまあって、スタートアップから古参のシステム会社までしのぎを削る。
ところが、村内の関心は薄いようだ。水温や水位を監視する水田センサーの実証は一部で行われているけれども、水口の自動開閉装置への関心も、あまり高くないという。
「農家1戸当たり12枚くらいしか田んぼがないし、田んぼの位置も1カ所か2カ所に固まっている。水口の開閉を自動にする必要性が、今のところ、ないのではないか」と小林さんは推測している。
97%がコメの村で進むタマネギ産地化
小林さんが今後実現したいことの一つが、農業データを蓄積すること。特に、動画を残すということだ。
「紙や言葉で伝えるのもいいけれど、動画があると、受け手の理解がさらに高まる。栽培講習会などで営農指導員が現場でやっていることを、動画で撮りためてはどうか。そういうものが、財産になっていくから」
生産性を高めるには、個々の圃場の土壌に合わせた肥培管理が大切としつつ、栽培のポイントを映像で残すことも有用だと考えている。
その“スピンオフ企画”といえそうなのが、小林さんが運営するYouTubeチャンネル「組合長ちゃんねる」だ。稲刈りやもみすり、タマネギの畝立てや除草剤散布などの作業風景を、時にはドローンの映像も交えて紹介する。3万回以上再生された動画もあり、大潟村の農作業が実際どう行われるのか、関心のある読者はぜひ見てほしい。
ここまで、たびたびタマネギのことに触れてきた。大潟村をよく知る人は、「なぜタマネギ?」と感じたかもしれない。村の農業生産をみると、コメは面積ベースで95%以上に、産出額ベースで97%近くに達する(加工用米など主食用以外の用途を含む)。圧倒的にコメが中心なのだけれども、転作作物としてここ数年、タマネギの増産に注力している。
「村では麦や大豆を転作で作ってきたけれど、これらの作物はどうしてもコメの収入を下回ってしまう。コメを上回る高収益作物ということで、機械化されており、家族経営でできるタマネギに注目した」(小林さん)
タマネギは北海道、兵庫県、佐賀県という大産地がある。しかし、産地のばらつきから端境期があり、村はそれを埋める新たな産地を目指す。当面の目標は100ヘクタール、4000トンで、2020年は60ヘクタールに達した。
たとえば反収が5トンあれば、今年はキロ当たり90円で売れたので、45万円になり、肥料農薬代や人件費、機械の減価償却費を引いても20万円台の利益になる。一方、コメが1俵1万5000円だとすると、反当たり10俵とって15万円で、利益率が50%と仮定すると利益は7万5000円になる。
「タマネギは、機械に投資しても、十分儲かるという光が見えてきた。ポテンシャルはある」と小林さん。
村内にはすでに、巨大なタマネギの乾燥調製施設ができている。スマート農業の普及やタマネギの増産で、かつての「モデル農村」の風景は徐々に変わっていきそうだ。