前提知識~日本の農地面積は世界59位!~
日本の総農地面積をぱっと言える人は少ないのではないでしょうか。
2020年の統計によると、437万ヘクタールを記録しており、これは日本の総面積の約12%にあたります。
437万ヘクタールは一見するとかなり大きな数字のように感じますが、世界と比べるとどうでしょうか。
世界1位の農地面積を持つインドは1億7千万ヘクタール、2位のアメリカが1億6千万ヘクタール、3位の中国が1億3千万ヘクタールと、日本と比べるとかなり大きな差があります(2018年時点)。
そもそも国土の広さに違いがあるため、日本の農地面積が世界59位と、あまり高い順位ではないのもうなずけますね。
では、農薬の使用量はどうでしょうか?
日本の農薬使用量は世界上位
FAO(国際連合食糧農業機関)の調査によると、2018年の日本の農薬使用量は1ヘクタールあたり11.84キログラムです。これは他の農業大国と比べるとどのくらいの量なのでしょうか?
アメリカは1ヘクタールあたり2.54キロ。飛行機などから豪快に農薬を散布しているイメージが強いですが、使用量自体はあまり多くありません。ヨーロッパの農業大国であるフランスは、1ヘクタールあたり4.45キロ。どちらの国も、面積の割にあまり農薬を多用しているわけではありません。一方、農地面積59位の日本の農薬使用量は13位。やはり世界的に見ても多いようです。
そんな農薬大国である日本。現在の農薬事情と、今後ぼくたち農家が取り組んでいくべきIPMとはどのようなものでしょうか?
IPMとは?
IPMはもともと1980年代に、ヨーロッパを中心に基本的な体系が考えられました。
日本には1990年代に入ってきた比較的新しい考え方で、化学農薬を使わないこと……ではありません。筆者自身も誤解していたのですが、IPMはさまざまな角度から、総合的に病害虫を防除することが目的。「化学農薬もあわせて使い、病気になりづらい畑を作る」ことがIPMだそうです。
IPMの手法
IPMは化学的な防除方法だけに頼らない総合的な管理方法で、その手法は大きく分けて4つあります。実際に詳しい方法を見ていきましょう。
耕種的防除
栽培管理面から病害虫・雑草を防除する方法です。抵抗性品種を用いるなどのほか、圃場(ほじょう)の衛生を管理する、施肥管理をしっかりと行う、輪作をして病気の発生を抑制するなど、土壌についても注意を払う必要があります。
物理的防除
防虫ネットや粘着トラップなど、物理的な障壁を用いて病害虫・雑草を防除する方法です。虫が嫌がる赤いネットを展張する、太陽熱土壌消毒をすることも物理的防除に含まれます。
生物的防除
農薬として登録されている生物農薬を用いて、害虫を駆除したり病害を防いだりする方法です。生物農薬のうち昆虫やダニ、線虫を「天敵製剤」といい、真菌や細菌を「微生物製剤」と呼んでいます。害虫の天敵を利用するという考え方で、体系立てた使用が必要になります。
化学的防除
化学農薬を用いて、病害虫や雑草を防除する手法です。天敵昆虫や微生物に影響のない農薬を選択して使うことで、結果的に農薬の使用を最低限に抑えることができます。このようなメリットを得るためにはしっかりと散布計画を立てる必要があります。
農家にとっての具体的なメリット
IPMはしっかりと計画を立てて、小さなところまで気を使わなければ満足のいく結果は得られません。また、新たな資材を投入すれば、その分お金もかかりますし、習熟まで時間もかかります。それだけのことをするメリットはあるのでしょうか?
メリットその① 抵抗性害虫を抑制できる!
IPMで最も大きなメリットは、害虫の発生を抑えることができるということでしょう。
従来の化学農薬頼りの防除では、抵抗性をもった個体が生き残り、数年で農薬が効かなくなってしまうといった事例が発生しています。農薬を散布したはずなのに今年は虫食いがひどかった、なんて経験がある人もいるのでは?
しかしIPMの手段の一つである生物農薬は、自然の摂理を利用することで害虫を減らします。生物農薬で駆除しきれなかった害虫も、スポット的に散布する農薬や粘着トラップを使うなど、複数の手法を組み合わせることで、さらに防除することができます。
メリットその② 農薬使用量の削減!
さまざまな角度から病害虫を防除するIPMなら、必然的に化学農薬の使用量も減っていきます。
あるイチゴ農家さんの例では、収穫までに12回殺虫剤を散布していました。それがIPMを取り入れることで、7回に減らすことができたそうです。散布回数を5回も減らすことができるのは大きいですね。
メリットその③ 時間をもっと活用できる!
農薬の散布回数が減るということは、それまで農薬散布に使っていた時間が丸々浮くということになります。農薬散布にかかる時間というのは、農場の広さにもよるとは思いますが、10アールならだいたい4時間くらい。先程の例で考えると、4時間×5回で20時間!
人を雇ってお願いしていた場合は、その分の人件費が浮きますし、かなりありがたいところ。自分で行っている場合でも、20時間もあれば、新たな販路を開拓したり、他の農作業に時間を回したりすることもできます。空いた時間を有効に使うことができれば、一石二鳥ですね!
実際に導入している現場での例
IPMはハウス栽培だけでなく露地栽培でも実施することができます。実際の導入例を見てみましょう。
露地ナス栽培の例
露地ナス栽培においては、自然界にいる天敵をどう呼び寄せるか、ということが大事になります。実際に行われている防除例は次のようなものです。
1. 生物的防除
イネ科のソルゴーを植えることで、ナスにつくアブラムシとは別種のアブラムシが発生します。そのアブラムシを食べに天敵であるテントウムシが多く集まってくるため、ナスにつくアブラムシもよく食べてくれるようになります。また、アブラムシの体内に産卵する寄生バチもやってきます。アブラムシの体内でふ化した寄生バチの幼虫はアブラムシの内臓を食べて成長し、その結果アブラムシが死んでしまいます。植える際はナスの畑の周りを囲うようにすると、風よけにもなってくれます。
また、アザミウマもナスにつく害虫の一つですが、フレンチマリーゴールドをナスの株元に植えてやると、コスモスアザミウマが発生します。このコスモスアザミウマはナスに害を与えることはないのですが、アザミウマの天敵を呼ぶことができるので、ナスに加害するアザミウマを駆除できるわけです。
2. 化学的防除
ウララやプレオフロアブルなどの化学農薬を生物農薬と併用することで、さらに効果が高まります。害虫密度が高い時に散布しても、本来の効力を発揮することはできないので、農薬は害虫の密度が低い時、あるいは病気がまん延する前に散布するのが鉄則だそうです。
露地ナシ栽培の例
露地ナシ栽培が盛んな川崎市や東京都稲城市では、住宅街の中に農園があるということもあり、他の産地と比べてハダニの発生量が非常に多いそうです。
そこで以下のような防除が行われています。
1. 生物的防除
アップルミントやオオバコを木の根元に植えると、ハダニの天敵昆虫の定着が良くなります。
2. 物理的防除
風や雹(ひょう)、鳥などの害からナシを守る多目的防災網を展張することで、シンクイガ、カメムシなど大型の害虫の侵入を抑制できます。
まとめ
ぼくの家は先祖代々農家で、江戸時代頃から農業を続けてきました。きっとその頃から病害虫との戦いはあったと思います。現代では化学農薬を用いれば、すぐに病害虫を防除できるようになりましたが、思わぬ落とし穴もありました。今のペースで農薬を使い続ければ、抵抗性病害虫がさらに増え、将来へ大きな負債を押し付けることになってしまうでしょう。
ひとりの農家として、過去から未来へバトンをつなげていかなくてはいけない。持続可能な農業のためにも、自分たちの仕事について考え直さなくてはいけない時期が、すでに来ているのかもしれません。
取材協力
アリスタライフサイエンス株式会社 光畑雅宏