五味あや 産直SNS農家【信州塩尻 つむぐ農園】として再スタート@ayagomi53 夫婦で営む「信州塩尻 つむぐ農園」(長野県塩尻市)のSNS管理担当。Twitterフォロワー2740人(2021年8月9日時点)。ポケットマルシェの年間生産者ランキングで2019年(野菜部門)、20年(野菜他部門)と2年連続1位に輝く。農園の一番人気は、生で食べてもおいしいフルーツコーンの「糖もろこし」。3児の母親でもあり、農業の傍ら子育て中。 |
甘くて、ジューシー! 弾ける食感の「糖もろこし」
登山愛好者が憧れる北アルプスの山々が見渡せるその場所に、五味さん夫婦の農地はあります。取材に訪れた7月下旬。この日はあいにく、曇り空が広がっていました。でも、同じ長野県在住であり、山が好きな筆者には分かります。市街地の向こうに、3000メートル級の北アルプスの山並みが連なっていることを。
「私たちもよくこうやって食べるんです。この場所で食べるのが本当に最高で」(あやさん)
取材に訪れて早々、取れたてのトウモロコシを差し出されました。恐縮しながらかじってみると、驚くほど甘い! 生だからこそみずみずしさがストレートに伝わってきて、まるでフルーツを食べているような感覚がします。取材そっちのけで食べ続けて、その場で1本完食してしまいました。
あやさんと、ご主人の航さんは、満足そうにこちらを見ています。「人っておいしいものを食べると自然と笑顔になるんですよね。そういう表情を見られるのが一番幸せなんです、この仕事って」。そう話す航さんの表情もにこやかでした。
トウモロコシのほか、周辺に点在する畑には、野菜やハーブが青々と茂っています。「これもどうぞ」と、気前のいい二人。今度はあやさんイチオシの野菜「スティックセニョール」を取ってきてくれました。こちらも歯ごたえがあって、おいしい。栄養たっぷりの豊かな土で、健やかに育ったことが分かります。
畑には、ヒラヒラと白いチョウが舞っていました。「子どもに食べさせても安心なように、農薬はできる限り使わないようにしているんです」と航さん。
農場を見ると信じられませんが、二人が隣の市からこの場所に畑を移して農業を始めたのはつい半年前のこと。前年の秋には、農業を続けられるかどうかの瀬戸際に追い込まれていました。
渋谷のアパレル販売員から一転、農家の道へ
あやさんは埼玉県大宮市出身、20代の頃は東京・渋谷でアパレル販売員をしていました。航さんとは長野県のスキー場で出会い、交際1年以内でスピード結婚。航さんの実家が農家だったので、自然な流れで農作業を手伝うことになりました。
若い二人が取り組んだのが、インターネットの産直SNSサイト・ポケットマルシェ(以下、ポケマル)を使ったネット販売でした。最初は「訳アリ品がはければいいな」程度の気持ちで始めたため、思うようにはいかなかったそうです。ところが登録2年目の2019年、ポケマルの「年間生産者ランキング(野菜部門)」で見事1位に輝きました。販売数や購入者からのコメント投稿率などを得点化して競うもので、米穀や茶を含む1215アカウントの頂点です。
顧客対応をしていたあやさんは「『生産者と消費者』という枠を超えることを大事にしていた」と言います。いかにして農場の雰囲気、そして自分たちの魅力を伝えるかを念頭に置き、畑に咲く花や手書きの絵葉書を一緒に送るなど試行錯誤を重ねました。
もとは「嫌々やらされていた農業」だったと告白しますが、ポケマルで消費者との交流を積み重ねているうちに「楽しくてたまらなくなっていった」と言います。それは、「洋服を売るのも、野菜を売るのも一緒だな」と気が付いたから。まずお客さんと仲良くなり、その人の好みを探っていく。売るものが野菜に変わり、コミュニケーションの手段がネットになっても、やるべきことは変わらないというわけです。
ポケマルのサービス自体、生産者と消費者をつなぐことを目的としています。生産者ランキングの評価方法もそのことに重きを置いていて、販売数に加え、販売に伴う購入者からのコメントの数が多いほど獲得ポイントが高くなる仕組みとなっています。
「常連とか初めてとかは関係なく、とにかくお客さん一人一人を大事にしようという思いがあった」とあやさん。そのまま順調に行くかと思いきや……2020年10月、二人にとって最大の試練が訪れます。
営農存続の危機、フォロワーが力に
それは突然の出来事でした。農業経営に対する考え方の違いにより、航さんの父親から「今月いっぱいで畑から手を引くように」と告げられたのです。
先のことを考えるより何より、わが子のように愛情をかけて育ててきた野菜が残されていました。残された1カ月足らずの間にすべて売り切らなければ、処分しなければなりません。
困り果ててTwitterで助けを求めると、その投稿が次から次へと拡散。そしてある人物から、「野菜をもらいに行きます」とのダイレクトメッセージが届きました。それまで交流のない相手だったので最初は戸惑いましたが、やりとりを重ねていると、ポケマル代表の高橋博之(たかはし・ひろゆき)さんの友人だということでした。
実は五味さん夫妻は高橋さんと以前から付き合いがあり、もともとInstagramとFacebookのアカウントしか持っていなかったものの、「農家の情報発信にTwitterは欠かせない」との高橋さんからの助言でTwitterを始めた経緯がありました。
わらをもつかむ思いでこの人物に頼ると、すぐさまワンボックス車で東京から駆けつけ、積み込めるだけの野菜を積み込んでいきました。そして、高橋さんの協力の下、東京のポケマル本社で急きょ「野菜販売会」が開催されたのです。
五味農園のあやちゃんを応援してるすべてのみなさんへ
東京在住の友人が急遽、現地まで野菜をとりに行ってくれ、それをポケマルオフィスまで運んできてくれることになりました。買いに来てくれる方がいたら、是非、よろしくお願いします!!! https://t.co/FCVxuS39GV
— 高橋博之|ポケマル代表 (@hirobou0731) October 13, 2020
その後、野菜の引き取り先のめどは立ったものの、ゼロの状態から再起するには、金銭面の課題が一番のネックでした。トラクターなど必要な農機を中古でそろえたとしても、少なくとも300万円は必要になります。進むべき道に迷っていた時、今度はTwitterを介して石川県の農家西田栄喜(にした・えいき)さん(@gensankimuchi)から声が掛かり、クラウドファンディングの活用を勧められました。それは、Twitter内での農家同士のつながりを生かし、寄付の返礼品となる農産物や加工品を支援農家が提供するという画期的な取り組みでした。
@ayagomi53 #わたるさんとあやさんのプロジェクト 決起集会。総勢30名‼
返礼品支援(生産者)・事務(リモート)支援してもいいよ~という方こちらへhttps://t.co/8XuRO81E5c
ファンくらぶ わたるとあやのリファームプロジェクトはこちらhttps://t.co/P1dcXk8qiK
応援しつつご縁ひろげましょう pic.twitter.com/ept2iUGVqk
— 西田栄喜@追求して日本一小さい農家【野菜セット(家庭用専門)、無添加漬物🥕】 (@gensankimuchi) October 16, 2020
「わたるさんとあやさんのリファームプロジェクト」と名付けられ、総勢30人以上の農家が集まりました。「生産者と消費者の枠を超える」ことを目指し、ネットを介して関係性を築いてきたあやさんでしたが、支援の輪は想像を超えて広がっていきました。「心配して訪ねてきてくれた人もいたし、夜中に話を聞いてくれた人もいた。とにかく励ましてもらい、支えてもらいました」。所詮、ネット上のつながりでしかないという人もいますが、あやさんはこの時、SNSの力の大きさを実感したそうです。
野菜と笑顔を届けることが恩返し
クラウドファンディングでは1カ月で284人から寄付が集まり、金額は435万円に上りました。そのお金は、トラクターなどの農機のほか、肥料やマルチ、種苗代といった農業資材費に充てました。
勝手ながら筆者は取材に訪れる前、短期間でこれだけの金額を集めるには緻密な戦略があったのだろうと想像していました。でも実際には、「長い時間をかけてファンと交流を積み重ねてきたことが、結果的に大きな支援につながった」とあやさんは言います。
幸い、2021年の年明けに自宅から15分ほどの場所に計1.5ヘクタールの農地が見つかり、営農再開の見通しが立ちました。新しい農園の名前は「信州塩尻 つむぐ農園」。そこには、「作物を通して人と人との関係性を『つむぐ』農園を目指す」との思いが込められているそうです。
3月から畑を耕し、トウモロコシは5月の連休明けにマルチを敷いて定植。7月下旬から収穫作業が始まりました。土の特徴が分からない初めての農地ですが、出来栄えは上々。そして、ポケマルが発表する2021年6月の生産者ランキングで44位に入り、早くもランキングに返り咲きました。
「ランキングの順位にはこだわっていません。できることをやってきた結果論だから、と夫も言っていますし」。そう語るあやさんに、今の目標を尋ねてみました。「自分たちの育てた野菜で人を笑顔にすることを続けていきたいです。そして、わたしたちの笑顔をSNSで伝えていくことが恩返しになればいいな、と思っています」
7~8月は大人気のトウモロコシの収穫真っ盛りですが、「お客さんはいつでもウエルカムです」とのこと。今度は畑から北アルプスが望める、天気のいい日に訪れたいところです。