採用に戦略を
今では社長としてふんぞり返っている私ですが、当初は実家の牧場に戻るつもりではなく、学生時代は就職活動をしていた時期もありました。
紆余(うよ)曲折あって映像制作会社に勤めることになるのですが、それに至るまでの私の就職活動は惨憺(さんたん)たるものでした。思い出すだけで嫌な汗が出ます。某出版社における、集団面接。周りには万全の対策をしてきたのであろう、意識高い学生たち。皆が質問によどみなく答える中、私の声は震え、目には涙、発言は支離滅裂。面接官が最初の質問で私に興味を失った瞬間の表情が、脳裏に焼き付いています。
そんな私も今は昔。就職活動をする身から人を採用する立場になりました。人生って不思議ですね。
就職志望者が採用を勝ち取るための準備に余念がないのと同じように、企業も採用を漫然と行うだけではいけません。特に酪農家は自社製品を売る努力をしないせいか、アピール力が備わっていない傾向にあると思います。会社としてしっかりと採用戦略を立て、いい出会いを自ら呼び込む努力をしていかなければなりません。私の経営する朝霧メイプルファームがどのように採用活動を行っているのかを例に、一緒に考えていきましょう。
採用のスタートとゴール
採用はなぜしなければいけないのか。まずその出発点と、ゴールを考えてみましょう。
「農場が慢性的な人手不足で、とにかく労働者を確保したい」。これはこれで立派な動機ではあると思います。10年前、私が採用活動を始めたときもそうでした。労働力の確保に始まる採用も、やがてミスマッチを防ぐ選考を意識し、そしてゆくゆくは農場を成長させることを目標にしてほしいと思います。
そのために必要なことが、以下の3つです。
・自社分析
・アピール活動
・戦略性のある面接
自社分析
多くの企業が抱える採用活動での最大の悩み。それはそもそも人が来てくれない、これに尽きると思います。ただでさえ人材の奪い合いとなっている昨今、他業種に比べ相対的に志望者の少ない農業は特に、困難を極めます。そこで求められるのが、積極的なアピール活動なのです。そのためにもまずは自分の農場を見つめなおさなければなりません。
「採用活動は婚活に似ている」、そんなことを言っていた人がいましたね。そう、この私です。……え、よくわからない?
──君はさ、どこの誰ともわからない人と結婚できるの? 一生を添い遂げる人のことを知りたいと思わないの? どんな趣味だとか、価値観だとかさ。だったらまずは自分がどんな人間なのか、言葉にしなくちゃいけないんじゃないの~? どうなのよ~!
とまあ、インチキ婚活コーディネーターのフリをしてみましたが、言っていることは真実です。
朝霧メイプルファームも、採用活動を本格的に行うにあたり、自社分析を行いました。分析にはさまざまな手法がありますが、有名なところで言えば、SWOT分析です。
強み(Strength)・弱み(Weakness)・機会(Opportunity)・脅威(Threat)。これらを考えます。
強み
まずは強みを考えましょう。特に、他社にはないもの、誰にもまねできないものだとなおいいです。朝霧メイプルファームの強みは何といっても立地です。富士山が目の前にあって、景色がいい。首都圏からもほど近く、交通アクセスがいい。
また、300個を超えるマニュアルや、ITを使った労務管理、IoT機器の導入など、他の牧場にはない特徴を考えていきます。
「うちにはいい所なんてないから……」って、そんな卑屈になってどうするよ~! 婚活は度胸とハッタリよ~! 自分を愛して! 愛よ、愛なのよ!
人も会社も、探せばいい所は必ずあります。ハッタリは言い過ぎですが、婚活でも採用活動でも多少大げさに表現するのは許容範囲内です。むしろそれぐらいがちょうどいいです。例えば「世界一牛にやさしい牧場を目指して」とか。「繁殖ならそこら辺の獣医よりも詳しいぜ」とか。「やさしいお母さんが作る宇宙一うまい社食があります」とか。自社だけではなく牧場のある地域の、地域自慢でもいいです。強みの言語化は、言い方を変えるとブランディングの第一歩です。
弱み
弱みを知ることは、自社農場をどのように成長させていくか、考えることにつながります。
朝霧メイプルファームで言えば、子牛を育てる育成牧場がないこと、自社製品がないことなどが弱みと言えます。
弱みに対して、このように成長していくイメージがある。そんな経営計画とセットになるといいですよね。それが志望者へのアピールにもなります。
機会
農場の内部環境である強み、弱みに対して、業界全体や経済規模での外部環境が機会と脅威です。会社を経営する上での「チャンス」や、「伸びしろ」とも言い換えられるかもしません。
例えば高齢化による機能性乳製品の需要の高まり、海外をはじめとする和牛需要の高まり、焼肉ブームなどが機会に当たります。
機会を認識したうえで、それをどう生かすかまでをセットで考えなければいけません。
就職希望者からすれば、農場の将来性を選ぶ立場にあるわけです。そこでこの先、どんな機会があるのか、農場長自らが語らなければなりません。発展性や安定性は、長く働く上で大変重要な要素です。
脅威
業界や会社がはらんでいる「リスク」とも言えます。2021年はコロナの影響による需要減少があったうえ、暑さが穏やかだったために牛が健康で生産量が増え、結果生乳がだぶつき、生産者にとってはつらい年になっています。
また、生乳にかわる代替品の台頭など、酪農業界がこの先も安泰かと言えばそうとも言えません。そもそも安泰な仕事など、そうそうありません。
脅威を認識し、それに対して対策やビジョンを持っていることが重要です。もちろん、これも志望者が就職先の選定において、リスクをコントロールしているのか判断するための材料になります。
例えば朝霧メイプルファームで言えば、飼料選定の際、海外の相場に左右されやすい穀物価格を考慮し、食品副産物を積極的に活用することでリスクヘッジを行っています。これも朝霧メイプルファームの「強み」となり、迫りくる「脅威」に対して非常に有効と言えます。こういう言い方をすると、説得力がありますよね。
アピール活動
自社分析ができたら、それを積極的にアピールしていかなければなりません。その一つに、就職サイトを活用して志望者に知らせるという手段があります。
今まで労働力不足のために、とにかくワラにもすがる思いで求人を掲載していた農場主さん。これからは自社分析をもとに、強みを積極的にアピールしていきましょう!
また、昨今はネットでの情報発信が重要となっています。可愛い牛の写真や、日常の風景をアップすることはファンを増やすためには大事ですが、たまに自社の強みをアピールすることで、就職希望者に積極的にアプローチしていきたいですね。
素晴らしい出会いを求めて
そしていよいよ採用活動の本番とも言える、面接です。
が、残念ながらスペースがなくなってしまいました!
次回朝霧メイプルファームがどのような面接を行っているのか、実際に紹介します。
人手不足が深刻化する今だからこそ、安易な採用ではなく、ミスマッチを防ぐ戦略性を持った採用をしていきたいものです。それが離職率を低下させ、結果的に人手不足を解消することにつながるはずです。そして、理想的な農場のビジョンを持ち、その方針に共感してくれる人を採用することによって、農場を成長させていくことが採用における一つのゴールと言えるでしょう。
採用は相性です。決して売り上げや規模だけがアピールポイントではないはずです。私も同じ価値観を持った人と働きたいと思っています。
そして相性を確かめ合うには、思いを伝えるのが一番です。自分の農場の個性を信じてください。
きっと共感してくれる人が現れるはずよ! あなたの運命の人も、きっと見つかるわ! 自分を信じて! 愛よ、愛なのよ!