慣行とは違う生育経過でも収量を確保
農水省は2021年5月、環境調和的な農業への転換を求める政策指針「みどりの食料システム戦略」を決定した。目標年次は2050年。化学肥料と化学農薬の使用量を、それぞれ3割と5割減らす方針を打ち出した。
化学肥料と農薬の削減は生物多様性の確保につながる。その一環として、どちらも使わずに作物を育てる有機栽培の面積を耕地面積の25%に増やすという目標を掲げた。だが日本の有機栽培は現状で1%に達しておらず、農協や農家などの間で実現の難しさを指摘する声が広がっている。
目標の達成は本当に可能なのか。それを考えるうえで手がかりになりそうなのが、金田さんが秋田県大潟村で進めている調査研究だ。
大潟村は琵琶湖に次ぐ広さの湖だった八郎潟を干拓し、1964年に誕生した。1977年に干拓が完了し、「日本農業のモデル」となる農業地帯の実現を目指して全国各地から腕に自信のある稲作農家が入植した。ほかの地域と違い、水田が分散せずに一面に広がっており、極めて高い生産効率を誇る。
金田さんは、大潟村で有機栽培を手がけている複数の稲作農家の2001~2010年の栽培データなどをもとに栽培状況を分析した。それによると10アール当たりの収量が550~600キロの地点の割合が42%を占め、50キロ刻みの収量分布の中で最も多かった。次に多かったのは500~550キロの26%だ。
農水省によると、農薬や化学肥料を使う慣行栽培も含めた2020年の全国平均は531キロ。大潟村ではそれと遜色のない収量を有機栽培で上げることが、一部の田んぼで可能になっていることがわかる。雑草を抜く機械を農家が自ら考案するなど、独自の工夫を重ねて栽培を安定させているという。
そこで金田さんは、収量が550~600キロの地点の生育状況も点検した。比較対象は、慣行栽培に関する秋田県の指導指針だ。
それによると、稲の葉の色の濃さを示す葉色値は7月5日までは慣行より低いが、それ以降は慣行より高い値で推移していた。単位面積当たりの茎数は、慣行と比べて栽培期間中のいずれの時期も少ないこともわかった。
有機肥料には鶏ふんや魚かす、焼酎かす、米ぬかなどさまざまな原料がある。
その点を踏まえ、2013~2014年に植物を大きくするもとになる窒素をどれだけ吸収したかを調べると、肥料の種類によって大きく差があることが判明した。原料の配合の仕方や田んぼの状態に左右されるため、どの原料が好ましいかはここでは触れていない。重要なのは、効果に差がある点だ。
慣行栽培の指針をもとにする危うさ
以上の内容から何が言えるのか。金田さんは「有機栽培と慣行栽培では生育の経過がかなり違う」と指摘する。当たり前のように聞こえるが、とても大事なポイントだ。各県が栽培指針をつくっている慣行栽培と違い、有機栽培には地域で共通に使うことができるマニュアルがないからだ。
その結果、慣行栽培の田んぼと比べて茎の数が少ないとき、有機農家は「もっと肥料をやったほうがいいのではないか」と考えてしまう。だが肥料を投入し過ぎると、かえって稲の生育を妨げることがある。金田さんは「有機には有機の生育のスタンダードがある。慌てる必要はない」と話す。
そこで必要になるのが、稲が順調に育っているかどうかを判断するための指針だ。経験を積んだ有機農家にはマニュアルがなくてもうまくいく人がいる。だがこれから有機を始めようとする人には簡単なことではない。