世界一高いパウンドケーキとしてギネス認定

パウンドケーキ専門店「YOU&G」のカフェ店舗「YOU&G +cafe(ユージープラスカフェ)」
仙台駅と羽前千歳駅(山形市)をつなぐJR仙山線の愛子(あやし)駅。目指す喫茶店は同駅から歩いて10分ほどの大通り沿いにあった。
入口の看板には「高級パウンドケーキ」と書いてある。パウンドケーキの値段は1本2000円前後から。中には8万8000円(税込み)の商品もある。これは2021年に限定20個で作り始めた、福島県産の糖度20度以上の桃「とろもも」を丸ごと1個使った逸品だ。「市販されている最も高額なパウンドケーキ」として、同10月にはギネス世界記録に認定された。
農家の言い値で買い取る

シェフの宍戸元紀さん
シェフの宍戸元紀さん(ししど・げんき)さん(32)は「高額になるのは素材にこだわっているから」と説明する。主に東北地方で気になる農産物を生産している農家を見つけたら会いに行く。そこで自分たちの事業の理念を伝えて、商品を食べてもらう。互いに共感するところがあれば、取引を持ち掛ける。交渉が成立したら、原則的に農家の言い値で買い取る。だから値段は相応となるわけだ。
値切ることは正しいのか

シシマネジメントコンサルティング合同会社の代表・宍戸友紀さん
同店を運営するのはシシマネジメントコンサルティング合同会社。元紀さんの兄の宍戸友紀(ししど・ゆうき)さん(36)が代表を務める、主に医療機関の経営者を顧客とする経営コンサルタントの会社だ。同社が一見無関係に思える事業を始めたきっかけは元紀さんにある。
「子どものころからお菓子を作るのが好きだったんです」。こう語る元紀さんは、宮城県内で当時唯一、高校卒業と同時に調理師免許が取れる明成高校に入学した。宮城大学食産業学部を経て、就職したのは県内の食品メーカー。東日本大震災が起きた直後だった。
配属先は食品開発部。そこで働くうちに元紀さんはある疑問を感じるようになった。
「震災の直後は特需があって、売り上げは良かったんです。でもしばらくすると、売り上げは下がって、原料を含めたコストの見直しを迫られました。うちの部署では契約していた農家を変えたり、農家に売値を抑えていただいたりすることになったんです。でも、農家はそれぞれ思いを持って生産している。それなのに、値切ることは正しいことなのかなと」
いつか、どこかで食べた味を再現したい

元紀さんが作るパウンドケーキ(画像提供:シシマネジメントコンサルティング合同会社)
食品メーカーには6年勤めた後、兄が経営する今の会社に転職する。同社の新規事業として料理教室を開業した。「自分にできることは料理教室くらいしかなかったんで」と元紀さん。生徒に喜んでもらおうと、しばらくしてから土産として作り始めたのがパウンドケーキだった。
元紀さんには、思い出に残るパウンドケーキの味があった。いつか、どこかで食べたその味を忘れられずにいた。それは「今風のふわふわとした食感」とは違って、「生地がしっかりと、またしっとりとした食感」だという。
生徒に作ったのは、そうした味を再現したもの。思いついたときに作っては生徒に振る舞ううちに、「購入したい」と声がかかるようになった。そこで元紀さんは料理教室を閉じて、パウンドケーキを商売にすることにした。
「もともと食品メーカーで商品開発をしていたので、料理教室よりもこっちの方が自分に合っているなと思ったんです」
商品としてのパウンドケーキの素材に東北地方の農産物を選ぶことは自然の成り行きだった。「食品メーカー時代に東北地方の農家の思いを聞いていたので、なんとかその農産物に価値を付けて売りたいと思っていました」(元紀さん)
実際にネット店舗でパウンドケーキを売り始めてみると好調だった。仕入れ先の農家の思いや農産物の魅力はインスタグラムで伝えた。さらに百貨店の催事にも出品するうちに、「店はないの」と聞かれるようになり、4月にカフェ併設の店舗「YOU&G +cafe」を開店するに至った。
兄弟の企画や人柄に興味を持つ人も
兄の友紀さんはパウンドケーキが人気を得た理由について、「僕らの企画やキャラクターを面白がってくれていることもあると思います」と語る。兄弟2人は毎週、インスタライブで自分たちの事業について配信している。
配信している内容の一つが取引先の農家についてだ。「この間は福島県の農家でパッションフルーツを作っている人を紹介しました。視聴者は福島でパッションフルーツを作っている人がいるなんて当然知らないわけですよね。その人を僕らが紹介することで、面白がってくれる人がいると思うんです」(友紀さん)
医療機関との提携による患者への農産物販売も計画
ところで、同社の顧客である開業医は治療よりも予防医療を重視する人ばかり。そのため食と農にも関心を持っている。
そこで友紀さんが計画しているのは、取引先の農家がつくる農産物を顧客の医療機関で販売することだ。扱っている農産物について顧客の医者とともに栄養学的な観点で評価して、患者に健康状態に応じた農産物の選び方や食べ方を提案する。
それには量も種類も、今以上に多くの農産物を扱う必要がある。そのためにもパウンドケーキ屋をフランチャイズで展開するつもりだ。各店舗で地域の農家とのつながりを深めてもらい、やがては全国の農産物を扱う。
「人生を健やかに満喫するには食と農、医療が充実することが大事。パウンドケーキを通じて、そのためのお手伝いをしていきたい」と友紀さんは語る。
元紀さんが「人に喜んでもらいたい」と思って始めたパウンドケーキづくり。兄弟それぞれの思いを練り込みながら、次なる展開の時を待っている。