繁忙期に盗難被害。「大丈夫だと思い込んでいた」
群馬県富岡市でレタスやトウモロコシを栽培している鈴木知馬(すずき・かずま)さんのトラクターが突如姿を消したのは、今年2月24日夜から翌25日早朝のことだった。「(2008年に)新規就農して以来、ずっと大切に使ってきましたので悔しい。かなり状態もよかったのに」と憤る。
盗難に遭ったのは、衛星利用測位システム(GPS)を搭載していない、比較的古い型のトラクター。被害前日の夕方ごろには、トラクターでの作業を終えた従業員が倉庫として使っている畑近くのビニールハウスに格納し、エンジンキーを抜いて畑を後にしていたという。
しかし、このビニールハウスは前方こそマルチを張って外から覗くことができないようになっていたものの、横からはトラクターなどの納入物が判別できるようになっていた。トラクターやビニールハウスの入り口に施錠をしていなかったのも誤算だった。「エンジンキーを抜いていたとは言え、トラクターのカギは以外と簡単に手に入る。10年以上前にトラクターを買って以来、ずっと盗難被害に遭ったことがなかったので、自分は大丈夫だと思い込んでいたのかもしれません」(鈴木さん)
被害後は、トラクターを仲間から借りて農作業をこなし、被害を届け出た警察からの吉報を待った。しかし、1カ月以上たった4月上旬も発見に至っていないという。「このままでは仕事にならない」。ネギの収穫やレタスの定植の時期を迎えていたこともあり、鈴木さんは泣く泣く中古のトラクターを120万円かけて購入した。資材や原油価格の高騰など、農家を取り巻く状況が厳しさを増す中、あまりに手痛い出費である。
被害を防ぐポイント
こうした、トラクターをはじめとする特殊車両の盗難被害は近年、全国的に増加傾向にある。
2021年の特殊自動車盗難認知件数が64件(前年比14件増)と、全国で最も多かった茨城県では特に1~6月間の被害が多く、被害場所として最も多かったのは自宅敷地内で、次いで農地や資材置き場となっている(いずれも茨城県警本部生活安全総務課調べ)。鈴木さんの例と同様、古い年式のトラクターも多く盗難被害に遭っているという。
同課自動車盗抑止対策係の青木剛さんは、トラクターの盗難が多発する要因について「乗用車や貨物車は近年、防犯性能が向上している一方、トラクターは車両価格が高いにも関わらず、比較的防犯対策が取られていないケースが多く標的にされやすいのではないか」と分析する。
こうした被害状況を受け、警察や自治体などは防犯意識を強く持つとともに、下記のポイントを押さえながら、できるだけ多くの対策を講じるよう呼びかけている。
⑴農地に置いて帰らない
盗難の多くは田んぼや畑で発生している。繁忙期に逐一、所定の場所にしまうのは面倒ではあるが、外部から見える場所に放置したままにしておくのは、窃盗犯らに「盗んでください」と言っているようなものだろう。
⑵エンジンキーは必ず抜き、強固な鍵のかかる倉庫等で保管する
乗用車のエンジンキーを車内に置いたままにする人はそういないが、トラクターとなると、これをやってしまう人が案外多い。エンジンキーを抜き、カギがかかる倉庫や納屋に保管することは防犯対策の基本と言える。倉庫や納屋がない場合は、トラクターの前に障害物を置くなど、簡単に盗られない工夫が必要だ。
⑶保管場所に防犯カメラやセンサーライト、音を発する警報器などを設置する
市販の防犯グッズも有効。防犯カメラやセンサーライトなど、保管場所の不審者対策のほか、茨城県警では物理的に車両を固定する、強固なワイヤーロックやタイヤロックなどの活用も推奨している。
ただ、こうした対策をすべて講じたとしても、100%盗難を防ぐことは難しい。万一に備えて、農業機械の盗難等を保証する自動車共済や農機具共済への加入も考えたい。
盗難被害を教訓に、防犯対策を見直す
今回の盗難被害を機に、鈴木さんは自身の防犯意識や保管方法をイチから見直した。
まずはトラクターの保管場所。以前は自宅から1キロほど離れたハウスの中に施錠せず保管していたが、これを自宅近くの駐車スペースに移動した。盗難は夜間から未明にかけて行われた可能性が高いことから、不審な物音などをすぐ察知できるようにするためだ。トラクターの前後左右には障害物代わりにトラックやマルチ張り機などを置いて、窃盗犯が一筋縄では出せないようにもしている。
エンジンのセキュリティにも工夫。トラクターの構造を知る農園関係者しかエンジンをかけられないよう、エンジンキーとは別の場所に隠しスイッチをつけた。「今回痛い目を見たので、次は絶対取られないように」と、対策に余念はない。
窃盗の手口はさまざまあり、100%の対策を講じることは難しい。ただ少なくとも、これまでのように畑などの人目につきやすい場所にトラクターを放置したり、エンジンキーをつけっぱなしにするといった保管方法は見直さなければならない時代になったことは間違いない。防犯対策を考えるにあたっては、ぜひ「これまで大丈夫だったから」「古いトラクターなんか盗む人はいないだろう」という慢心を捨てるところから始めてもらいたい。