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12代目の農家がまさかの「移転」 土地に縛られない農業のありかた、そのノウハウ

伊藤 雄大

ライター:

12代目の農家がまさかの「移転」 土地に縛られない農業のありかた、そのノウハウ

農業は地域とともにある。気候や土地条件などの風土とともに、人間関係や行政を含めた広い意味での「地域」だ。ところが、もし、自分の本来やっていきたい農業と地域との折り合いがつかなかったとしたら、どうだろうか? 先祖代々続く農家の12代目・首藤元嘉(すとう・もとよし)さんがとったのは「他県への移転」という、とても思い切った選択だった。

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代々続く農家が「移転」!?

代々続く農家の12代目・首藤元嘉さんは、この春、生まれ育った故郷を離れ、遠く離れた別の地域に「移転」した。他の産業であれば普通のことだが、先祖から同じ土地を耕してきた農家だというから驚きだ。一体どういうことだろう。
首藤さんとしては言いにくいこともあるだろうが、「自分の営農スタイルにとってよい自治体を選ぶということが農業でもできるのではないか」ということを全国の農家に伝えるべく、話をしてくれた。まずは、移転を考えるに至った経緯から紹介する。

「有機農業をやめてくれ!」

株式会社維里の首藤元嘉さんと陽子(ようこ)さん。夫婦2人で経営している

首藤さんは株式会社維里(いさと)の屋号で、農薬や除草剤、化学肥料を使わない「自然栽培」で米をつくってきた。父親が農薬を散布するたびに体調を崩していたことを見てきたことから始めた農法だったが、6年前に自治体の環境基本計画策定委員に任命された時に、この地域の水質汚染が過剰施肥のせいではないかと考えるに至った。そこで、環境に配慮した自然栽培を地域に広げたいと、自分で実践しながら、粘り強く訴えかけた。それがこの土地で農家として暮らす自分の「使命」だと考えたからだ。
しかし、現実はそう簡単ではなかった。この辺りは慣行農法の影響力が特に強い土地柄で、首藤さんのような自然栽培や有機農法をする人は、地域の農家全体の0.1%を下回る。
当然、有機農業に対する風当たりも強く、「農地耕作、承ります」という趣旨の広告を出しても、首藤さんのもとには農地の話はなかなか来ず、慣行農法の農家のほうにはどんどん土地が集まっていく。時には、土地を返してくれ、慣行農法にしてくれ、と言われることもあった。
その結果、稲作農家としては小規模な2.5ヘクタールの田んぼしか耕作できずにいた。田んぼにできない土地には、サトイモやブロッコリーを植えた。夏になると米がなくなり、お客さんを待たせてしまうことになった。大好きな米づくりが思うようにできない。それが、とても悔しかった。

維里でとれた米は、主食用米としてだけではなく、米粉やシリアルにも加工して販売している

農家としての、自分の「使命」とは?

首藤さんが生まれ育った地域の田んぼ。平地だが20アール以下の小さな田んぼが多く、圃場も地域内に点在しており、集約化はできなかった

移転を考えるようになったきっかけは、当時会長を務めていた全国農業青年クラブ(4Hクラブ)で、農家仲間のいる島根県出雲市を訪れた時。
「中国地方の田んぼは、広くて四角くて、どこまでも続くような大きな田んぼでした。その光景をみたときに、もっともっとたくさんの米をつくりたい、改めて強くそう思うようになりました。他地域の農業を見ていなかったら、移住をしようという発想なんか生まれなかったと思うんです。それまでは、条件不利地でも仕方がない、と諦めていた部分があります」(首藤さん)
移住する意思を固くしたのは「経営の勉強もせなあかん」ということで参加した中小企業同友会の成文化セミナーだった。
「これまで、この地域で自然栽培を広げることがミッションだと思っていたんです。でも、セミナーの講師の方に、『そもそも、地域はその課題を解決したいと思っていたのか』と聞かれたときに、ハッとなった。心の中ではわかっていたんです。そういうことは求められていない。何をやっても、のれんに腕押しでしたから。それでも、この分厚い壁をなんとか壊していくのが自分の使命だと思い込んでいました。これが、決定的なミスマッチでした」
そう振り返る首藤さん。これまで自らの「オーガニックを当たり前に」というビジョンと、「地域の環境を守る」というミッションが重なる部分を模索してきたが、「自分の本当のミッションとは何か?」と、問い直すきっかけになった。
「一方で、うちの生産面積が少ないために、米を買ってくれるお客さんをお待たせしていた。本当は、そこを解決するのが農家としての自分の使命だったということに気づきました」
本当に必要だったのは、自らの経営面積の規模拡大。果たして、今の地域で悪戦苦闘しながら農業を続けていくのが一番よい選択なのだろうか。
「このときまでは、土地に縛られていたんです。農業は、生まれ育った地域でやっていくのが当然。そんな、小さな檻(おり)に、自分で自分を押し込めていた」と、首藤さん。
檻から出て、「土地の縛り」を取っ払ったら、意外とスムーズに新天地が見つかった。

自分が求められている土地へ

新天地である山口県長門市の田んぼ。まだ整備していない、まっさらなキャンバス

新天地は「有機農産物の供給基地になる」ことを市の成長戦略として掲げている山口県長門市だった。首藤さんは同市での様子をこう語る。
「こっちでは、自分の営農スタイルを大歓迎してくれたんです。これまでのように点在する農地をかき集めていた時とは違い、1キロ四方の中に8ヘクタールの遊休田があって、山の上の貯水池からふもとまで、集落にある農地を全部使ってもいい、と。来てくれてありがとう、とまで言ってくれました」
集落の人は歓迎してくれるだけでなく、米の乾燥調整施設に使える倉庫まで紹介してくれた。さらに、山間地で獣害も激しいからと、わざわざ防獣柵で囲うべき距離まで測ってくれた。
「辛酸をなめ尽くしてきたんで、これまでの苦労が報われるのかと、長門市の市役所の駐車場で泣き崩れましたよ」(首藤さん)

移転する際に立ちはだかった課題と解決方法

しかし、いざ移転をするとなると、思いもしないトラブルもあった。これからの「移転希望者」の役に立つかもしれない、と、首藤さんが詳しく教えてくれた。

公庫借入金の一括返済は、リース会社をうまく使う

ひとつは、公庫で借りていた500万円強の借入金を一括で返さなくてはいけなかったことだ。
首藤さんはもともといた地域に認定されて認定農業者になったわけで、移転するとその資格がなくなってしまう。
公庫には認定農業者として改善計画を提出してお金を借りたので、その計画が崩れたと見なされ、一括でお金を返さなければならないことになった。
では、新天地で公庫資金を借りて返済すればいい、とはいかないらしい。「公庫資金は、公庫資金で返済はできない」という取り決めがあるそうだ。
首藤さんが返済資金の相談をしたのが、日本大手のリース会社であるJA三井リース株式会社。所有している農機を販売し、返済資金をつくることにした。
販売した農機は、自分でリースして、今後使っていく。リースなので割高にはなってしまうが、1週間ほどで査定がおり、無事、返済資金をつくることができた。

「返せない農地」問題

借りていた農地を返す時もひと悶着(もんちゃく)あった。地権者1人ずつに事情を説明し、挨拶してまわったが、「まだ3年間の契約があるから、返してもらっては困る」という地権者も1人だけいた。そうなると、契約期間中は小作料(賃借料)を払い続けたうえで、長門から草刈りなどをしに通わなければならなくなってしまう……。
農地法による強制解除という方法もあるが、借りる側が解除する前例があまりなく、農業委員会の総会で決議しなくてはいけないうえ、強制解除が発令されてから執行されるまでには1年かかるという。
結果的には話し合いのすえに合意解除してもらえたが、首藤さんは農地の貸し借りの契約が「農家にとって不利」になっていることを実感したと語る。
「これは、今後増える事例かもしれません。見た目にはいい土地だと思えても、実際にやってみると条件不利地だった、ということがままあります。新規就農者の子がこれから規模拡大していくなかで、借りたほうから返したくなる場合にこういうことを知っておいたら役に立つかもしれません」

農機運搬を引き受けてくれる運送会社を探す

首藤さんが「農民大移動」と呼んだ引っ越しの様子

じつは、米の乾燥調整などに関わる大型機械などの農機類や、農業資材類の「引っ越し」にも苦労した。
当然といえば当然かもしれないが、大量の農業機械の運搬を経験したことがある運送会社はそうそうない。それゆえ、なかなか引き受けてはくれなかったが、片っ端から電話をかけ続け、とある運送会社だけが引き受けてくれた。
ちなみに、首藤さんの規模で必要だったトラックは、2トンのロングが3台と3トンのセーフティーローダー1台、4トン3台、軽トラ1台だった。

土地は未来の子孫から借りているもの

新天地の集落の人たちとイネの種まき

上記のような数々の苦難を乗り越えた首藤さん一家は、今作の稲作シーズンに間に合わせるべく、新天地で一生懸命働いているところだ。
「ここをきっかけにして、自然栽培の耕作面積日本一になりたい。デカい農機でバリバリ耕したい。そして、オーガニックのものが、慣行の農産物よりも少し高いくらいの価格でスーパーで買えるような状態をつくる。それが僕の夢です」(首藤さん)
新しく借りた農地の中には、20年ものあいだ遊休農地になっていて、壊れた畦畔(けいはん)を直さなければいけない土地もある。ずいぶんな苦労だろうが、まるで、初めて自分の農地を借りた新規就農者のような、なんとも清々しい笑顔だ。

新天地の田んぼ。地元の人たちの協力もあり、今作の作付けに間に合った

ところで、首藤さんが好きな、アメリカ先住民の言葉がある。それは「土地は先祖から受け継いだものではなく、未来の子孫から借りているもの」という言葉だ。農業と土地・地域が切り離されることはないが、過去の事情から「土地に縛られる」のではなく、未来に託すために「土地とともに生きる」という考え方だ。
農家だって本当はもっと「自由」に生きることができるのかもしれない。

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