■小川光さんプロフィール
1971年、東京大学農学部卒業。福島県園芸試験場、喜多方農業改良普及所、県農業試験場、会津農業センターなどを経て、1999年に退職、専業農家となる。2005~06年、トルクメニスタン国立農業科学研究所研究員。 |
無潅水栽培とは
小川さんの無潅水栽培は、チャルジョウ農場の施設栽培で用いられている。
そもそも施設栽培の大きなメリットは、環境のコントロールがしやすい点にある。
特に水を制御しやすくなる。施設内に潅水設備を整えることで、日照りが続いても必要な時期に必要な分量の水を与えることができる。逆に長雨の場合でも、施設には屋根があるため、根腐れや土壌流出を防ぐことができる。
無潅水栽培とは、その潅水を一切行わない施設栽培である。
小川さんが試験場職員だった当時、会津地方の中山間地では、戦後の食糧増産のために開拓された水利条件の悪い農地が耕作放棄地になりつつあった。小川さんは乾燥した土地に合うさまざまな栽培技術を組み合わせ、潅水設備のない環境下でも作物を育てられる農法の開発に取り組んだ。そうしてできたのが無潅水栽培である。
無潅水栽培が可能になる仕組み
無潅水で栽培が可能と言っても、すべての作物に有効というわけではない。小川さんの研究によれば、ミニトマトとメロンなど一部の作物のみ無潅水で栽培でき、他の作物には向いていないという。
ではどうしたら潅水を行わずに作物を育てられるのか。無潅水栽培を可能にしている基礎技術を3つ解説する。
ポイント1:溝施肥や穴肥(あなごえ)で堆肥(たいひ)を深く入れる
小川さんの無潅水栽培で、最も重要な技術の一つが溝施肥や穴肥だ。
圃場(ほじょう)を全面掘り返す全層施肥とは違い、定植する畝の部分をトレンチャー(溝掘り機)で深く掘り起こすか、またはスコップで大きな穴を掘り、その部分にだけ堆肥を入れるというものだ。
堆肥は団粒構造となっていて保水性が高い。堆肥を土中の深くに入れ、土とマルチでふたをすれば蒸発を防ぐことができる。土の表面が乾燥していたり、砂質で保水性のない土だったりしても、作物が土中の堆肥まで根を伸ばすことで水分を吸えるようになる。
通路部分は耕さない。耕した土を歩いて踏み固めると、硬い耕盤(農機などの重みで土が硬く締まった層)ができてしまい、排水性や通気性が悪くなるからだ。
不耕起の通路は通気性が保たれ、大雨が降ったときも水が畝の下の溝に抜けるようになっている。溝が過湿になったときは、通路下に伸びた根が働いてくれる。
ただし、小川さんの行っている溝施肥や穴肥は、あくまで水の確保が難しく、水はけのよい農地だった場合に適した技術である。地下水位が高かったり、水が抜けなかったりする農地では、土中に埋めた堆肥が湿って腐り、根を傷めてしまうことがあるので注意したい。
ポイント2:多本仕立てでしっかり根を張らせる
無潅水栽培でもう一つ重要な技術が多本仕立てである。
トマトやメロンは、1本仕立てか2本仕立てで栽培するのが一般的だが、小川さんはすべての側枝を伸ばす多本仕立てを基本としている。
株間を大きく空けて側枝を伸ばせるようにすると、植物は土中の根もしっかり成長させることができる。根が広く、深く張ることで、ハウス外からしみ込んできた雨水や、溝施肥や穴肥で土深くに入れた堆肥の水分も吸えるようになる。
少ない水を効率良く吸えるようにすることが、無潅水栽培を可能にしているのだ。
とはいえ、1本・2本仕立てで指導を受けてきた生産者は、多本仕立てでちゃんと収量や品質を維持できるのかと心配するかもしれない。
その点においては、多本仕立ては収量・品質のいずれも向上するうえに、作物の寿命も長くなることを小川さんは実証している。
またトマトの場合、側枝が多くなることで果実一つ一つに蓄えられる窒素とカルシウムのバランスが保たれ、尻腐れ病が発生しにくくなるという利点もある。
さらに、側枝を伸ばすために疎植が基本となり、定植する株の数も少なく済むので苗代の節約にもなる。
多本仕立ては、近年ソバージュ栽培という名でも知られるようになった。「ソバージュ栽培は、おおむね私の多本仕立てと同じ栽培技術といっていいと思います」(小川さん)
ポイント3:乾燥に適した品種を選ぶ
無潅水栽培では品種を選ぶことも重要である。
水利条件が悪く、砂質の土地には、乾燥に強くてしおれにくい品種が適している。また気根(地上部分に出る根)が多く発生する品種であれば、霧など空中の水分を直接吸収することも可能だ。
チャルジョウ農場では3条植えを基本としている。
外側2条に植えた作物は、ハウスの屋根から落ちて横浸透によりしみ込んできた雨水を吸うことができる。一方、中央の畝の株はハウス脇の雨水を吸えず、果実が大きく育たない。そこで水が届かない内畝には、より乾燥に強く、草勢があって果実の大きくなる品種を植えることにしている。
このように水利条件の悪い農地では、品種も細かく見直していく必要がある。
「植物の持つ本来の力を引き出してやる」
「植物が本来持っている力を引き出してやることが大事です」と小川さんは言う。東大農学部で植物生理学、土壌学、育種学、栽培学など、多岐にわたる分野の農学を学び、その後は県試験場で新たな品種や栽培方法の開発によって実践してきた。
小川さんの開発してきた農法は、どれも科学に基づいた合理的な技術が基になっている。「植物本来の力」は、ただの直感から出てきた言葉ではないのだ。
本記事では、無潅水栽培を支える技術として多本仕立てと溝施肥・穴肥について解説した。だが、これらの技術は無潅水のためだけに有用なものではなく、他にもさまざまな面で利点がある。
次回は、多本仕立てと溝施肥・穴肥の特徴と実践方法について、詳しく解説する。
*参考書籍
小川光「トマト・メロンの自然流栽培」(2011年・農文協)