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無潅水(かんすい)栽培の基礎技術、多本仕立てと溝施肥を徹底解説

無潅水(かんすい)栽培の基礎技術、多本仕立てと溝施肥を徹底解説

トマトとメロンの慣行栽培では、1本仕立てか2本仕立てが一般的であり、芽かきは欠かさず行うのが常識とされている。ところが、農業試験場の職員だった小川光(おがわ・ひかる)さんは当時、側枝をたくさん立てても反収や品質に大きな影響がないことを発見し、多本仕立ての技術を開発した。併せて溝施肥の研究も進め、無潅水栽培の確立へとつながった。多本仕立てと溝施肥は無潅水を可能にしただけではなく、作物の品質向上や病害虫の抑制などにも役立つという。いったいどういう技術なのか、小川さんに話を聞いた。

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■小川光さんプロフィール
1971年、東京大学農学部卒業。福島県園芸試験場、喜多方農業改良普及所、県農業試験場、会津農業センターなどを経て、1999年に退職、専業農家となる。2005~06年、トルクメニスタン国立農業科学研究所研究員。

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多本仕立て

多本仕立てで生育中のミニトマト(画像提供:小川光)

側枝を多数残して栽培するのが多本仕立てである。
20年以上続けてきた小川さんによれば、多本仕立てには次のような利点があるという。

  • 水の少ない環境でも栽培できる
  • 品質と収量が向上する
  • 病害虫に強くなる
  • 苗代や手間の削減ができる

なぜこのような利点が得られるのか。
その仕組みや栽培方法のポイントについて、次に詳しく解説する。

側枝の働きで根が元気に育つ

多本仕立てでは、側枝を成長させるために株間を大きく空けた定植が基本となる。
側枝を複数本立てると、光合成による養分がたくさん根に行くのでよく育つ。根が広く深く伸びれば、水分・養分を効率よく吸収できるようになる。
一部果樹農家の間では「枝を切ることは、根を切ること」と昔から言われてきたが、これは光合成をする葉の面積が大きいほど根も元気に成長する、という経験則が表現されている。

水の少ない農地において、根がよく育つことはとても重要だ。多本仕立てが無潅水栽培の基礎技術となっているのはここがポイントとなっているからである。

長期間の収穫と高い品質で勝負できる

1本仕立ての強みの一つは、栽培初期にいっきに成長させ、いっきに初期収量を上げるところにある。これはもともと種苗会社などが促成栽培のために開発した技術であり、それが広く普及して今日の常識になったものと考えられる。
対する多本仕立てでは、側枝を伸ばして段階的に収穫していくため、収量は徐々に上がって、長く収穫できる

流通市場において、トマトやメロンの初期出荷時期である初夏には、冷涼な東北地方は品質・収量ともに関東地方に勝てない。となると、シーズンを通しての総収量と品質で勝負せざるを得なくなる。

その点、多本仕立てで枝と根を大きく広げた木は強く、寿命が長い。そのため、7月、8月の最盛期を過ぎてからも一定の収量を上げられるし、ピークを過ぎているので関東でも高く売れる。
しかも、元気に育った根は効率よく養分を吸収できるので品質も向上し、さらに無潅水栽培で水の量も抑えられているために糖度が高くなり、市場での評価も上がるのだ。
多本仕立てにすることで、慣行栽培とは別の市場で勝負できるということだ。

シンクとソースという考え方

1本仕立てと多本仕立ての違いについて、小川さんはシンク(sink)とソース(source)という考え方を用いて植物生理を説明する。

シンクとは「ためておく場所」という意味で、作物が光合成によって作り出した栄養分を蓄積するところ、つまり果実や根などがそれに当たる。ソースとは「供給源」という意味で、養分を作り出してシンクに送り込むところ、つまり葉や茎を指す。
このシンクとソースで植物体内の養分のバランスを保つことで、「植物本来の力を引き出すことができる」と小川さんは言う。

側枝を除去する1本仕立てでは、茎葉(ソース)も果実(シンク)も数が少ない。そのため果実を収穫すると、植物体内の栄養バランスが崩れやすくなり、弱った部分に病害虫が発生するリスクが高くなる。
一方の多本仕立てはソースもシンクも多いため、収穫によって1本の枝に栄養量の変化があっても、他の側枝が対応するので全体のバランスは保たれる。

このシンクとソースの考え方を理解しておくと、1本仕立てと多本仕立ての違いをイメージしやすくなるだろう。

尻腐れ病が出にくくなる

尻腐れ病(一番右の果実)(イメージ画像)

シンクとソースの違いがわかりやすく表れるのが、尻腐れ病である。
多本仕立てで栽培するトマトは尻腐れ病が発生しにくい。その理由について、小川さんは二つの理由を挙げる。

一つ目は、土中に広く深く張った根は養分を吸収する力が強く、カルシウムも多く吸収できるようになるというものだ。尻腐れ病の主原因はカルシウム欠乏なので、カルシウムを多く吸収できれば尻腐れ病も防げる。

二つ目の理由は、側枝が複数あることで窒素とカルシウムのバランスが保たれるというものだ。
窒素にはカルシウムの吸収を妨げる働きがあり、これがカルシウム欠乏の原因の一つとなっている。だが側枝が複数本あると、窒素は果実や成長点(シンク)に分散して行きわたるため、果実一つ当たりの窒素蓄積量が減り、カルシウムの吸収効率が上がるのだ。

こうした二つの働きから、トマトに流れるカルシウムと窒素のバランスが保たれるため、尻腐れ病の発生が少なくなる。小川さんのチャルジョウ農場(福島県喜多方市)では、多本仕立てで育てたミニトマトに尻腐れ病はほとんど発生していないと言う。シンクとソースの多い多本仕立てでは、植物自ら養分の供給体制を調節するため、健康状態が安定するのだ。

多本仕立ての栽培ポイント

次に、多本仕立ての技術について概要を解説する。

・株間を空ける
慣行栽培である密植1本仕立ての場合、トマトなら40~50センチ、メロンなら50~70センチ程度の株間が一般的だ。それに対して、疎植多本仕立てでは、トマト、メロンともに135センチほどの間隔で定植する。
生育初期は場所が空いていて、雑草も生えて空間がもったいなく思うかもしれないが、側枝が伸びてくると、株元を見なければ1本・2本仕立てと変わらないほどに側枝が育つ。
多本仕立てで植える株数は、トマトもメロンも4分の1から3分の1になるので、育苗経費や労力の節約にもつながる。

・若苗で植える
定植する苗についても慣行栽培とは異なる考え方が必要だ。
多本仕立てでは、伸びてくる側枝に勢いをつけさせるために必ず若苗で定植する。トマトは本葉4枚程度、メロンは本葉2枚というかなりの若苗が望ましい。

定植を終えたばかりのトマト苗

また、チャルジョウ農場ではメロン苗にカボチャの台木を使っている。
カボチャの台木は草勢が強く、台茎(台木の茎)を1本残せば台葉の光合成によって根の発達が促進されるので、溝施肥した堆肥(たいひ)にも早く根が到達する。また、ハウス外まで台木のつるをはわせることで、施設外の雨水を吸わせることも可能だ。

・整枝方法
整枝は多本仕立てにおいて重要なポイントである。
トマトの場合、側枝のすべてを伸ばす「側枝全伸栽培」で行う。トマトは「仮軸型」で成長をする作物である。主枝の成長点が花房となって止まると、そのすぐ下の側枝が次に主枝となる。小川さんは、このトマトの生理に基づいて、すべての側枝を摘心しないことにしている。
1本・2本仕立てでするのと同じように、側枝についても伸びすぎて倒れたり、果実が地面についたりしそうなものは、上からひもでつる。小川さんは1株で最低4本はつるようにしていて、その後は必要に応じてつっている。

メロンの多本仕立てでは、勢いの強い側枝はすべて立てるようにする。小川さんが県職員時代に行った試験栽培では、20本仕立てにしてもほとんど反収は落ちなかったことが実証された。現在、チャルジョウ農場では側枝6~8本を立て、他の側枝は台茎と一緒に地ばいさせている。

溝施肥や穴肥

小川さんの無潅水栽培を支えるもう一つの技術が溝施肥や穴肥である。
溝施肥はトレンチャー(溝掘り機)で畝の部分にだけ深い溝を掘って堆肥を敷き詰めていく方法である。穴肥は溝を掘るのではなく、定植する部分にだけスコップで大きな穴を掘り、そこに堆肥を埋めていく方法だ。

溝施肥や穴肥、三つの利点

溝施肥や穴肥には次の三つの利点がある。

  • 水分が蓄えられる
  • 着果期以降に養分が効く
  • 連作障害が起こりにくい

詳しく説明していこう。

サクラの葉と米ぬかだけで発酵させた堆肥。触るとかなりの熱を持っていた

・水分が蓄えられる
土の深いところにまとまった量の堆肥を施用することで、水分が蓄えられる。堆肥の上に硬い土やマルチを被せることで蒸発を防ぐこともできる。そのため、好天続きで土の表面が乾いたり、潅水設備がなかったりしても、堆肥の水分を作物が吸えるようになる。
小川さんの開発した無潅水栽培では、この堆肥の保水性も重要な役割を果たしている。

・着果期以降に養分が効く
土中深く堆肥を入れておくと、ちょうど株が最も栄養を必要とする着果期以降に根が届くようになる。また多本仕立てによって根の力が強くなっているので、効率よく養分を吸える。
そのため、慣行栽培では必須とされる追肥を、チャルジョウ農場ではいっさい行っていない。むしろ追肥によって雑草が伸びたり、病害虫が発生したりするなど、マイナス要素のほうが大きいのだという。

・連作障害が起こりにくい
小川さんは溝施肥や穴肥にしてからほとんど連作障害を経験していない。
その理由として、まず毎年入れている堆肥(詳しくは後述の「堆肥のつくり方」参照)によって土壌が養分欠乏にならないことが考えられる。
また、トレンチャーで深く耕起することにより、前年までに入れた堆肥と土壌が均一に混ざり、有用微生物が活発化して土壌病害を抑制してくれる。さらに、植物の根から出て自家中毒の原因となる化学物質が表層に残っていたのを、深い層の土で希釈できることなども理由として挙げられる。

施用方法

まずは畝となる部分をトレンチャーで幅40センチ、深さ40センチほどの大きさで掘る。掘った溝に十分な量の堆肥を入れてならす。
次に堆肥の上に土をかぶせていく作業になるが、ここで一つポイントがある。トレンチャーで細かくした土を最初に入れると、圧縮されて固まり、通気性がなくなってしまう。
そこで、まずは溝両側の硬い土をくわで切り崩して堆肥にかぶせ、その上から掘り上げた粒の細かい土で畝を作っていく

もともとは溝施肥から始めた小川さんだが、近年は穴肥に移行している。数年間のトレンチャーによる掘削と、毎年入れてきた堆肥のおかげで土がやわらかくなり、スコップでも掘り返せるようになったためだ。
「スコップのほうが作業がはかどります。トレンチャーを施設内に運び入れる大変さもなくなりました」と小川さんは言う。
さらに、穴肥ではそれぞれの穴に埋めた堆肥が独立しているため、一つの株が病害虫にやられても他の株へうつるリスクが小さくなる利点もある。
トレンチャーでやわらかくなった農地でなければスコップによる手作業は難しいが、「溝施肥よりも利点の多い穴肥のほうを今後は推奨していきたい」と小川さんは考えている。

ハウス1棟100個の穴肥も、1日で作業が終えられるという(画像提供:小川光)

堆肥のつくり方

チャルジョウ農場では、サクラの葉に米ぬかを混ぜて発酵させて堆肥を作っている。落ち葉30キロに対して米ぬか5キロが目安だ。
育苗に用いているハウスに幅の広い溝を掘り、保温のため溝の底と側面を発泡スチロールで覆い、夜は保温マットをかける。

以前はナラやモミジも混ぜていたが、サクラが最も発酵すると熱を持ち、しかも町なかでまとまった量が手に入るため、現在はサクラの葉だけを使っている。
また、サクラの葉にはクマリンという殺菌成分が含まれており、うどんこ病の発生を抑える効果があると考えられている。

大きく掘った溝に落ち葉と米ぬかを入れて堆肥づくりを行っている(画像奥)

小川さんの開発した無潅水栽培を支える技術、多本仕立てと溝施肥・穴肥の特徴と方法について解説した。
本記事の説明は概要にとどまっているため、より詳しい説明や注意点などは小川さんの著書「トマト・メロンの自然流栽培」(2011年・農文協)を参考にしてほしい(ただし本書の執筆より11年が経過しており、穴肥、側枝全伸栽培、台木のカボチャの1果残しなど、現在小川さんは一部農法を更新しているので注意)。

次回の記事では、科学的な知見と実験によって慣行栽培の常識を破ってきた小川さんの農業に対する考え方や方法論に触れてみたい。

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