6次産業に挑戦したキッカケ
新しい農業のビジネスモデルとして6次産業が注目されるようになりしばらく経ちます。川崎市で農業を営むぼくの周りの農家でも、6次産業化に挑戦する人が多く、自家製のイチゴを使用したアイスや柿のワインなど、さまざまなアイデアで商品開発に取り組んでいます。
しかし、これらすべての取り組みが成功しているというわけではありません。6次産業という言葉が先行してしまい、思ったほどの経済効果がなかったり、つまずいてしまったりする農家も少なくないでしょう。
神奈川県横浜市の東白楽駅前で「SustainuS project」を展開する株式会社ジョビアの代表取締役社長の吉備(きび)カヨさんによると、「失敗するのは出口がイメージできていないから」だと言います。一体どういうことでしょうか。
■吉備カヨさんプロフィール
1966年横浜生まれ。上智大学比較文化学部卒業。日本スケート連盟強化選手として数々の国際大会へ出場し、1993年には日本代表として世界選手権出場。現在は株式会社ジョビアの代表取締役社長として、新規事業である6次産業に挑戦している。 |
古いビルの一室からの挑戦
──もともと人材派遣の会社なんですよね。それがどうして農業、さらに6次産業に挑戦したのでしょうか。
新型コロナの影響で仕事が減り、働きたいのに働けないという人が増えていました。人材派遣会社としてできることにも限界があり、ならいっそのこと自社でモノを生み出すビジネスをやろうと考えたのです。仕事がないのであれば、作り出してしまおうということですね。
人材派遣業の頃から、食品の製造販売や、飲食業を希望する人が多く、そういった人たちの雇用の場所として考えたときに、自社で作物を生産して、商品を製造販売するところまで行う6次産業にたどり着いたのです。
──駅近のビルでビジネスを展開したのには何か理由があったのですか。
もともと横浜駅前に本社を構えていたのですが、ちょうど東白楽(横浜市神奈川区、横浜駅から私鉄で2駅目)に所有するビルへ移転することが決まっていました。ただコロナ禍ということもあり、そのタイミングでビルに入っていたテナントがすべて撤退してしまうことがわかったのです。
ビルも老朽化が進んでおり、諦めて他の場所に再度移転するという選択肢もありました。ですが、自分の不動産であるビルが街にとってどう役立つのか、どういった意味合いを持たすことができるのだろうかと考えたとき、どうしてもこの場所でビジネスをしていきたいと思ったのです。地域の人たちが集まれる場所をつくり、未来をつくるために、老朽化したビルを再生し、新しい事業を始めたいと。
そういった経緯もあり、空きテナントとなった場所に水耕栽培の設備を導入し、そこで栽培した作物を、他のフロアにある食品製造を行うキッチンや、1階の通りに面したカフェで加工・消費するといったビジネスモデルを作り上げました。
──かなり立派な水耕設備だと思ったんですが、空きテナントの有効活用だったんですね! ここではどんな作物を栽培しているのですか。
導入の際、さまざまな会社の製品を検討しましたが、野菜栽培に必要な設備がすべてセットになっていて、専門職でなくても管理が可能なものを選びました。
実際に、現在メインとなって管理しているのは花屋で働いた経験のあるスタッフですが、収穫などは手が空いているスタッフが行うこともあります。また、他の業務に従事しているスタッフが何らかの形で農業を体験したり、関わったりするような形で運営を行っています。
現在栽培している品目は20種類ほどで、かなり多品目な方だと思います。葉物野菜はもちろん、タイムやディルなどのハーブ類、エディブルフラワー(食べられる花)なども育てていますよ。
その都度収穫してしまうので、具体的な収量などはわからないのですが、取れたての作物をそのまま同じビルにあるキッチンやカフェで扱うため、新鮮さはもちろん、フードマイレージ(食料の量×輸送距離。環境負荷などの指標)もゼロになっています。
また水耕栽培で作る作物は、カフェや食品製造で使うもののみを育てているので、せっかく育てたのに販路がなく売れ残ってしまうなどといったありがちな失敗もありません。
6次産業にもブランディングが大切
──カフェもかなりオシャレなつくりですよね。農家カフェというと純朴というか、カントリーなイメージのものが多いと思いますが、こちらのカフェはどういったコンセプトなんでしょうか。
都市部にある店ということもあり、ブランドイメージにはかなり気を使っています。もともと人材派遣業という農業とはまったく異なる業界出身ですので、どちらかというと農家目線というよりは、経営者目線でカフェも展開しています。
ビジネスとして考えたときに、ブランディングはとても重要な要素になります。私たちのICONIC STAGE cafe(アイコニックステージカフェ)は、店産店消(てんさんてんしょう)を大切にしています。そういったことにアンテナをはっているお客様が気持ちよく過ごせるように、エレガントでスタイリッシュな内装にしているんです。具体的なイメージとして言うのであれば、たまに友だちと会う場所として使ってもらえるような環境です。
──ブランドイメージですか。農家がやるような6次産業にも大切なことなんでしょうか。
そうですね。どういったビジネスでも言えることですが、イメージを持つことは非常に大切です。例えば、おいしいものを作って売ると漠然と考えていても、それが一体どうおいしいのか、どう売るべきなのか、商売をする人が把握していなければあやふやなままになってしまいます。
私たちのカフェの場合、どういうお客様に来てほしいのか、そのためにはどういった内装にする必要があるのか。そういったお客様に好まれるメニューはどのようなものなのか。一つ一つしっかりとイメージを構築し、実現していかなくてはなりません。作った商品の出口、つまりお客様のことを考えた上で、ビジネスを展開する必要があるのです。
実際に、カフェで出しているメニューはプロの料理人の方に依頼して作ってもらったものですし、水耕栽培で作った作物をふんだんに取り入れたものばかりです。その甲斐あってか、ランチタイムは18席が日々満席になりますし、ディナータイムもリピーターのお客様が多くついています。
──なるほど。6次産業に失敗してしまうケースというのは、この出口がしっかりとイメージできておらず、そこにいたるまでの道筋が立てられていないからかもしれませんね。
6次産業化を目指す人へ
──ところで、ホームページによるとビルオーナーにこそ水耕栽培による6次産業化を勧めたいとありますが、どのような意図があるのでしょうか。
改めて街を見てみると、周囲にも同様に空きテナントばかりのビルがあることに気づきました。こういったビルをそのまま潰してしまうのではなく、自分の不動産であるビルが街にとってどう役立つのか改めて考えてほしいのです。
育てて収穫するという根源的な喜びは都市のビル内であっても変わらないと思います。水耕栽培は体への負担も小さく、農業に興味があってもできなかったというような層に対しても人材活用が可能です。さらに従来型の露地栽培をこれに併用することで、内と外との役割分担が生まれ、また違った都市農業の形ができるのではないかと期待しています。
──ビルの水耕栽培と、街角の露地栽培が共存していく街づくり、とても面白くなりそうですね。最後に、6次産業に挑戦する人へアドバイスはありますか。
先ほども申し上げたように、ビジネスのイメージをしっかり構想することが大切です。どういう6次産業にしたいのか、どういうお客様に届けたいのか。ここをしっかりと考え、チャレンジすることです。
また、やってみて初めて分かるニーズやユーザーの声もあります。こういったチャンスを逃さないように常にコミュニケーションをとること、そしてニーズに合わせて次々ビジネスの形を変えていくことが大切だと思います。
都市農業の新たな選択肢として
後継者不足や相続の問題で、都市農業は年々縮小していく傾向にあります。マンションやビルが建ち、住宅街から畑が消えていく。これを避けることはできないでしょう。ですが、ビルを利用して農業をやる、6次産業をやるというアイデアは、都市農業の新たな選択肢の一つになるのではないでしょうか。もちろん、水耕栽培だけではカバーすることの難しい根菜や果樹などもありますが、昔ながらの露地栽培との共存も可能だと思います。
ビルオーナーや飲食関連の経営者など農業とは関わりのなかった業界の人々が、ビル内での水耕栽培や6次産業に携わるようになれば、生産者にとってはビジネスの方向性が広がり、消費者にとってはより身近に農業を感じられるのではないでしょうか。