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全頭殺処分を経験、乗り越えられた理由にせまる

山口 亮子

ライター:

全頭殺処分を経験、乗り越えられた理由にせまる

和牛の繁殖と肥育から牧草や野菜の生産、果ては漬物や肉の加工まで。グループとして幅広い事業を展開するのが、宮崎県の有限会社アグテック(新富町)とサンアグリフーズ株式会社(都農町)だ。畜産部門から出る堆肥(たいひ)をグループの農場や近隣の農地で活用する循環型の農業を時代に先駆けて実践してきた。2010年に宮崎県で猛威を振るった口蹄疫(こうていえき)で牛の全頭殺処分という危機を経て、耕種農業と加工、販売に乗り出し、業績をV字回復させた。

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スケールメリット追いつつ地域密着型の農業目指す

太平洋日向灘(ひゅうがなだ)に面した海岸線から2キロほど内陸に、サンアグリフーズ株式会社の黄緑と白を基調にした工場が立っている。食品安全規格の一つで、HACCP(ハサップ)をはじめとする三つの要求を満たす「JFS-B規格」を取得し、高菜やしば漬け、大根のつぼ漬けなどを製造する。

ふつうの漬物工場と大きく違うのは、原料の野菜を自社農場や契約農家から調達し、育苗から収穫まで誰がどのように管理したかという生産履歴をたどれること。そして、敷地内に新たに肉の加工場を建設し、2022年3月から稼働させていることだ。代表取締役社長の礒部辰則(いそべ・たつのり)さん(冒頭写真左)は、グループ会社で和牛の繁殖・肥育を担う有限会社アグテックの会長でもある。

「昔の農業というのは、牛が2頭いて、そのふんからできる堆肥を田んぼなり畑なりに還元して野菜やコメを作る流れがあったんですね。そのイメージをグンと広げて、それなりの頭数の繁殖や肥育をしつつ、田畑に堆肥を還元する、効率のいい循環型の経営体を作りあげたい」

礒部さんはこう考え、1995年に農業法人アグテックを自身を含む農家3戸で設立した。3戸が集まることでスケールメリット(規模拡大による効果)を出しつつ、礒部さんが言う「土地依存型」を目指した。「土地依存」というとネガティブな印象を持ちそうになるが、決してそうではなく、流通飼料に依存せずその土地に密着した農業を営むというポジティブな意味だ。

キサンアグリフーズの本社兼工場

急速に頭数を増やすよりも重視することとは

アグテックは子牛や母牛、肥育牛合わせて800頭を飼育し、25ヘクタールで牧草、デントコーンといった飼料作物や野菜を生産する。肥育牛の頭数を増やし規模拡大にまい進する畜産業者が多い中、礒部さんは畜産だけを急速に拡大することには慎重だ。

規模を極端には大きくしないで、効率の良い、かつ地域に密着した生産活動をというのが、うちの哲学なんです。肥育牛だけで1000頭、2000頭飼うとなったら、堆肥が余って野積みをしたり、人に迷惑を掛けたりといった話にもなりかねません。地域の中で、人に迷惑を掛けないようなしくみを作りたいという思いがずっとありました。創業から20年以上経った今、そのやり方が時代に合ってきたのかな」

人に迷惑を掛けないようなしくみは、循環が成り立つ範囲でスケールメリットを出せる頭数を飼い、堆肥を使って飼料作物や野菜を作ることで実現している。
「海外産のワラや牧草を注文する方が、自前でトラクターや人、燃料を使って飼料作物を作るより楽ですよね。ただ、そういう経営をしていては、これから行き詰まる」(礒部さん)

現に、燃料費や穀物の国際市況の高騰などを受けて、海外産の穀物に依存しがちな肥育専門の業者は資金繰りに苦しむところも少なくないようだ。「土地依存型」であることの良さが、今まで以上に感じられる時代になってきた。

牧草やデントコーンは自社農場で生産する(画像提供:サンアグリフーズ株式会社)

生産履歴を明確にし安心・安全な食品を届けたい

アグテックは2010年、創業以来最大の危機に直面した。家畜伝染病の口蹄疫が宮崎県で大流行し、全頭殺処分を経験したのだ。

「680頭ほどを処分して、社員も抱えている中で、どうしようかと。そのとき残ったのが農産部門で、いろいろな野菜の生産で仕事を続けられたところがありました」

礒部さんはこう振り返る。そこで、畜産の再建に加え、リスクヘッジ(危機回避)の意味も込めて野菜の生産や販売も事業の柱にしようと考える。そして、翌2011年には新富町の北に位置する都農(つの)町で、サンアグリフーズを立ち上げた。同社は漬物と肉の加工工場を持ち、農地1.5ヘクタールで野菜を生産する。

工場は食品安全規格である「JFS-B規格」を取得済み(画像提供:サンアグリフーズ株式会社)

「自分で牧草を育てて牛も飼って、場合によっては野菜も栽培して、自前で加工して販売していくという一貫した流れ。これが作れたら、経営として一番強いだろう。そして、消費者に向けて安心、安全なものを一番安定的に供給できるだろう」

礒部さんはそう考えたのだ。高菜の消費が伸びていることもあり、高菜を中心に漬物を製造してきた。食品メーカーや大手コンビニエンスストアとも取引があるほか、自社サイトでの通販も手掛ける

また、近隣の農家13軒にも加工品に使う野菜を契約栽培で生産してもらっている。グループ内、あるいは地元で原料を調達するため、生産履歴が明確にできるのが強みだ。

高菜漬けの製造ライン

加工を担い畑と消費者をつなぎ、農家も儲かる

「自分たちが加工を担うことで、畑と消費者をつなぐ。契約農家も儲かる、うちもいい加工品が作れて、いい商品提案ができるという好循環をしっかり作っていくのが、自分たちの使命」

こう話すのはサンアグリフーズ専務の羽澤純吾(はざわ・じゅんご)さん(冒頭写真右)だ。伝統的な漬物の枠を超えた加工品の開発を進めてきた。たとえば数量限定で販売した「ワインに合う大人のピクルス」は、町内にあるワイナリー・都農ワインの醸造家の協力を得て、ワインとの相性を追求し開発した。

「ワインに合う大人のピクルス」はロゼ(右)とホワイト(左)がある(画像提供:サンアグリフーズ株式会社)

2022年4月には自社生産したハバネロを塩漬けにした「FRESH HABANERO(フレッシュハバネロ)」も発売している。天日塩のみで味付けし、激辛ながらもフレッシュさとおいしさを感じられる味に仕上げた。

「FRESH HABANERO」のハバネロは自社で栽培したもの(画像提供:サンアグリフーズ株式会社)

「こうした商材が伸びていけば、農家にこういうものを作ってもらえませんか、うちでしっかり加工していきますといった話ができるようになります。優秀な農家が地元にたくさんいて、社内には発酵の技術を持った職人がいるので、他社ができないことを追い求めたい」(羽澤さん)

加工によって農産物の付加価値を高め、地元の農業を引っ張れるような存在になりたい──。羽澤さんと礒部さんの構想する未来に向かって、アグテックとサンアグリフーズは挑戦を続けている。

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