新規就農で最も苦労するのが「農地の確保」
僕が新規就農するタイミングで一番困ったのが、最初の農地を借り受けることでした。例えば、行政の窓口で「農業がしたいから土地を貸してほしい」とすんなり頼めるようなことは絶対になく、最初は「農地を借りる権利がない状態」でのスタートになるからです。まずは農家として認定してもらえるだけの土地を借りる。これが第一関門として新規就農者の行く手を阻む構造になっています。
農地法の縛りにより、基本的に農家ではない人が正式に畑を借りることはできません。農家として認定されるためには、規定の面積の畑を耕作していることが条件になっています(詳細は後述)。この面積の基準は自治体によってさまざまですが、いずれにしても、何のつてもない状態から、いきなり新規就農を果たそうとしても事実上不可能。これが他のビジネスとの最大の違いです。要するに、ものすごく高い参入障壁が築かれているわけですね。
これは既存の農家を守るという意味では有利に働きますが、これから新規就農を目指す人にとっては、非常に悩ましい問題です。もちろん行政の受け入れ態勢によって事情は異なると思いますが、僕が経験した限りでは「とても大変だ」というのが正直な感想です。
一般的な農地の借り方
農林水産省による農家の定義は「経営耕地面積が10アール以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」となっています。また「販売農家」の場合には「経営耕地面積30アール以上または農産物販売金額が年間50万円以上」である必要があります。実際には自治体によって多少運用が異なることもあるようですが、まだ何の実績もない新規就農希望者が農家でないことは明らかです。
そして農地法(農地の保護や権利関係に関する基本的な法律)には、第3条に「農地を買ったり借りたりする場合には市町村農業委員会の許可が必要」とあります。この農業委員会の許可を得るというのが新規就農者にとってはとても大変なのです。
そのため、新規就農希望者はまず、市町村やJAなどが実施する就農者向けの研修に参加したり、農家のもとで研修を受けたりして技術を身に付け、「農家としてやっていけそうだ」というお墨付きを得る必要があります。そのうえで、市町村の担当部署やJAなどに相談しながら、土地を貸してくれる地主さんを紹介してもらい、交渉の末に晴れて農地を借り受けることができる、というのが一般的なルートになるわけです。
上記の流れを見れば一目瞭然だと思いますが、全く農業の経験がない人が、いきなり行政の窓口を訪れて「農地を借りたい」と申し出ても、認められるわけがありません。そんなことになれば、「農業をやります」と言いながら、農地の売買が主目的の人が参入してくる危険があるわけですから当然です。だから、厳しいハードルを設けているわけですね。
実際にはそれほど簡単にはいかない
ただ、実際のところ、前述したような流れでスムーズに話が進むかといえば、そんなことはないと思っておいた方が無難です。僕の体験からも、僕のところに来ている就農を控えた研修生の状況からも、簡単に話が進むことはまずないと思っておいた方がいい。新規就農のタイミングが近づいているのであれば、行政やJAの担当者に早めに話を進めてもらうようにすべきでしょう。
ちなみに僕の場合、2年間の研修を経て新規就農をするという前提で話を進めていましたが、1年半を過ぎて就農に向けた準備を始めないといけない時期になっても、全く土地を借りられる雰囲気がなく、ギリギリのタイミングでやっと見つけてもらうことができました。
はじめに借りた農地は、現在手掛けている作物をずっと前から育てている農家さんの土地でした。ちょうど引退するタイミングだったため、居抜きのようにしてハウスごと借り受けることができました。借りる時には「別にあなたに貸さなくても、知り合いの米農家さんに貸せばいいから」と言われましたが、行政やJAの担当者に後ろ盾になってもらいながら、「なんとか貸してほしい」と熱心にお願いし、了承を得ることができました。まだ農家として何も実績がないわけですから、貸してくれる地主さんが不安なのもよく分かる。こうした対応になるのも致し方がないことだと思います。
農地を借りる前に理解すべきこと
新規就農者が農地を借りようとする際、あらかじめ理解しておいた方がいいと僕が思うのは、以下の3点です。
土地持ち農家が新規就農者に土地を貸すメリットはない
農地の地主の大半は、当たり前ですがほとんどが「元農家」です。既存の農家とのつながりが強いため、もし土地を代わりに管理してもらいたいのであれば、知り合いの農家に頼めばいい。知り合いでもない限り、新規就農者に土地を貸すメリットはほとんどありません。
むしろ「地主さんにとってリスクでしかない状況にある」という前提で物事を考えた方がいいでしょう。実際に途中で投げ出す困った人もいますし、土地を貸して賃料を得なくても固定資産税は気にならないほど少額であることがほとんどです。
一般の不動産賃貸と同じと思ったら大間違い
僕が関わった新規就農者の中には、農地を借りることを一般の不動産賃貸のように考えている人もいました。ただ、それではうまく話が進みません。上記のように貸す側にほとんどメリットがないことを考慮したうえで「貸してもらいたい」という思いを伝えることが重要だと個人的には思います。
また、新規就農者の中には、異業種の論理でシステマティックに進めようとする人がいますが、損得勘定で交渉に臨むのもうまくいかないでしょう。繰り返しになりますが、地主さんにはほとんどメリットがないわけですから、理屈ではなく、感情で相手を動かすことを意識すべきです。地主さんは、たくさんの土地を持つ資産家であるケースも少なくありません。変な正論を振りかざすのではなく、真摯(しんし)に「やらせてほしい」と伝える方が話が進みやすいでしょう。
人間関係・信頼関係こそが大事
土地を借りた後も、きちんとつながりを持つことが大事です。例えば、年賀状を出す、新年の挨拶に行く、畑で顔を合わせたらちゃんと会話するなど、積極的にコミュニケーションを取るようにしましょう。高齢の方の中には「教えてあげたい」「話したい」という人もいるので、時には1時間でも2時間でも、相手の話をちゃんと聴く。こうした日々の積み重ねが信頼関係の構築につながっていきます。
農地を探す時に気を付けるべきこと
僕が農地を探す時に重要だと思うポイントは、以下の5点です。
チャンスを逃すな
機会を逃がさないことが大事です。不動産仲介のように気軽にネット検索できるような情報ではないため、「土地を借りてほしい人がいる」という話があったらすぐに動く。まずは借りる方向で話を進める。一期一会のチャンスだという認識を持ち、素早く行動するようにしましょう。
対価は払うべし
当たり前ですが、きちんと正当な対価を払いましょう。なかには無料で借りている人もいると思いますが、農業を営んで稼ぐわけだから、払うべきものはちゃんと支払うべき。新規就農者は、特に今後の心証にも影響するので必ず払うべきだと僕は思います。常に相手が気持ちよく貸してくれることを意識するようにしましょう。
あちこちに声をかけるな
あちこちに土地探しを依頼しないことも意外に大事です。行政やJAの担当者に任せるのであれば、ちゃんと信頼を置いてその人に任せる。他でも同時に動いていると、横のつながりが強い世界なので情報がすぐ伝わり、「別の人を頼っているなら私が探さなくてもいいか」と真剣に探してもらえなくなる可能性があるからです。
不動産会社には頼むな
不動産会社に探してもらうのもNGです。新規就農希望者が不動産会社に農地探しを相談した結果、「地上げ」と間違われ、あらぬ疑いを掛けられてしまう、ということも起こりえます。不動産業者は「農家から土地を奪う敵」と思われているケースもあるので、安易に土地探しを依頼しない方が無難です。新規就農者は、既存の農家からすれば全く素性が分からない存在ですから、特に怪しまれがちだと認識しておきましょう。
普段の営農が一番大事
土地探しに熱心になるあまり、普段の作業をおろそかにしないことも重要です。非常に狭い世界なので、研修先での頑張りは、必ず地元の農家に伝わります。適当に仕事をしていれば、農地はなかなか見つからないと肝に銘じておくべきです。一見すると遠回りのように思えるかもしれませんが、頑張っている姿を見せることが、良い土地に出会う何よりの近道になることが多いでしょう。