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オーガニック給食のお手本はどうやって生まれたか 地産地消の先進地の今

山口 亮子

ライター:

オーガニック給食のお手本はどうやって生まれたか 地産地消の先進地の今

コメは全量が市内産で、基本的に減農薬栽培。パンに使う小麦の93%が市内産。野菜の52%、果物の63%を市内産が占める。市内にある21の調理場のうち、市内の有機農産物を使っている3カ所では、野菜に占める有機の割合が33%にもなる……。そんな地産地消の学校給食で知られるのが、愛媛県今治市だ。

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オーガニック給食で有名ないすみ市のバイブル

今治市は、タオル製造や造船といった製造業が有名な一方、コメやはだか麦、かんきつなど農業生産も盛んだ。市は1980年代から、児童・生徒に安全でおいしい食材を食べてもらいたいと地元食材の活用を進めた。1980年代の終わりごろからは、有機農産物の活用にも力を入れている。

その動きは、近年拡大がみられる有機農産物を使った「オーガニック給食」に先駆けるものだった。オーガニック給食は、大きく分けて二つの理由から、推進の動きが各地で生まれている。一つは、安心して食べられる食材を給食に使ってほしいという要望。もう一つは、需要のまだ少ない有機農産物を学校給食という大口需要で買い支え、有機農家が事業として成り立つようにしてほしいという農業側の要望だ。

オーガニック給食を実現した有名な自治体に、コメをすべて有機米にした千葉県いすみ市がある。実はその政策的根拠になったバイブルとも言うべき存在こそ、今治市にほかならない。

地元の食材を学校ごとに調理へ方針転換

今治市立の小中高校は計44校あり、児童生徒は合わせて1万2300人ほどいる。学校単独の調理場が10、共同調理場が11あり、調理場の数は周辺自治体に比べて多い。給食の自校調理方式の割合が高まったことと、地産地消の推進は軌を一にしている。

今に続く地産地消のきっかけは、1981年にさかのぼる。今治市では1964年に建てた大規模な学校給食センターが建て替えの時期を迎えていた。

これに先立つ1970年代半ばから、市内の立花地区で農家が有機農業の研究会を結成し、1979年には有機農家と消費者が産直取引をする組織が生まれていた。1974~75年、小説家の有吉佐和子(ありよし・さわこ)が化学肥料や除草剤による環境汚染を扱った長編「複合汚染」を朝日新聞に連載し、話題を呼んだ。各地で有機農業を志向する動きが生まれた中の一つが立花地区だった。

巨大な給食センターで一斉に調理するより、それぞれの学校で調理して、地元の安全でおいしい食材を食べさせたい。そんな消費者の活動もあって、給食センターの建て替えの是非は1981年の市長選挙の争点の一つになった。そして、建て替えをせずに自校調理方式に転換すると訴えた新人候補が当選し、公約を実現する。

1983年から、同市は学校給食に地元産を優先的に使うようになった。立花地区では同年、学校給食に有機農産物を使い始めた。

力点置くのは地産地消

今治市は必ずしも有機農産物を使った給食を志向しているわけではない。この取り組みを行っている3カ所の調理場で野菜に占める市内産有機農産物の割合は33%、ただし市全体でみると3.7%に過ぎない。果物は3調理場で市内産の有機の割合が4.5%、市全体で0.6%である(いずれも2020年)。

この3調理場では、地元の有機農産物を最優先に調達する。それ以外の調理場は、地元産であることに優先順位を置いて調達する。同市学校給食課課長の阿部孝文(あべ・たかふみ)さん(冒頭写真中央)はこう説明する。

「旬の食材で、できるだけ今治産を調達します。なければ県内産、それもなければ県外という順番です」

コロッケのような手間がかかるメニューも、旬の食材を調達して手作りする。
「旬の食材を使う分、給食費は近隣のほかの市町村より安いです。それぞれの調理場で、物価の変動の影響を受けにくいような食材調達の工夫をしています」(阿部さん)

国産に切り替えるのがなかなか難しいとされるパン用小麦も、先に紹介した通り93%が市内産、豆腐も18カ所の調理場で市内産大豆を使って作る力の入れようだ。

市内産小麦100%のパン(画像提供:今治市学校給食課)

市内産の農産物が給食に優先的に使われることは、農家の生産意欲を高めている。同市農林水産課の渡部誠也(わたなべ・せいや)さん(冒頭写真右)は言う。

「生産者が何より誇りに感じるのは、自分で作った農産物が地元の子供たちに食べてもらえること。そのことにすごく喜びを感じているんだと聞いています」

学校給食向けのイタリアンパセリを収穫する地元農家(画像提供:今治市学校給食課)

「給食おいしい」7割

調理場が多く、作ったものを冷めないうちに食べることができ、しかも旬の食材を楽しめるとあって、給食に対する評価は高い。小中学生を対象に2021年に実施したアンケートでは給食が「とてもおいしい」が38%、「おいしい」が33%で、7割以上がおいしいと感じていた。

さらにおいしい給食を提供することで、食への関心を高め、かつ今治市の魅力を知ってもらおうという「日本一おいしい給食プロジェクト」が2021年に始まった。これを担当するのが学校給食課課長補佐の丹下暢孝(たんげ・のぶたか)さん(冒頭写真左)で「日本一おいしい給食係長」という肩書も持つ。

「6月に給食のメニューを公募し、コンテストをへて採用された給食を年内に子供たちに食べてもらいます。加えて、市内のシェフが考案したメニューも子供たちに食べてもらおうと考えているんです」

そう話す丹下さんは、大人と子供で味覚が異なることから、2022年は子供にもアドバイザーに加わってもらって「本当においしいものを提供したい」と言う。

2021年度の「日本一おいしい給食プロジェクト」で、シェフの考案したメニューを食べる児童(画像提供:今治市学校給食課)

差額を補填し給食費抑える

ところで、地元の農産物や有機農産物を優先的に調達すると、どうしても材料費が高くつく食材がある。そこで、今治市は農林水産課が所轄する1000万円(2022年度)の予算を持つ「地産地消推進事業費補助金」の一部を、通常の農水産物を買う場合との差額に充てている。農産物でいうと、次の3つが対象だ。

・今治市産減農薬栽培米「ヒノヒカリ」と愛媛県産米との差額と精米経費
・今治市産大豆と外国産大豆の差額
・今治市産小麦と外国産小麦で作ったパンの差額とグルテンの経費
グルテンについて説明すると、市内産の小麦は外国産に比べてグルテンの含有量が少なく、そのままでは弾力や粘りが足りず、うまくパンを作れない。そこでグルテンを添加しているのだ。
 

有機農家の高齢化で生産拡大に難しさも

今治市では長年、有機農産物を学校給食に取り入れてきた。有機農業の裾野を広げようと、市民向けの有機農業の実践講座を開いていて、2021年は計22回開催している。対象者は、家庭菜園レベルから農協に出荷している農家までさまざまだ。ただ、学校給食向け有機農産物の出荷量を増やすまでには至っていない。渡部さんは言う。

「講習を受けて、有機農業をやってみようかという人は少しずつ増えているんですけど、まとまった出荷数量をそろえられるまでの拡大には、至っていません。もともと有機の運動をしていた農家は高齢化していて、後継者がいるところはいいのですが、そうでないところがあれば、将来的には有機農産物の生産量が減っていくことも考えられます」

阿部さんも「市内での新規就農者は、人数は多くないものの横ばいで推移しています。有機農産物については、今の耕作面積を維持する取り組みをしている段階で、まだそれほど増えていない状態ですね」と話す。

最初は有機農家や有機農産物の普及を望む消費者が中心になって始まった、学校給食を自校調理方式に変える運動。それが地産地消の運動として定着した今治市の歩みは、各地の「オーガニック給食」の今後を展望するうえで参考になるのではないか。取材していて、そう感じた。

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