山形県産米が原料のぬか床セットを販売
JR軽井沢駅から北に向かうこと車で数分。土産物や飲食の店が軒を連ねる「旧軽銀座」まであと少しという場所で2021年4月、「NUKADOKO LIFE(ヌカドコライフ)」軽井沢店がオープンした。店名のとおり主力で販売しているのは、山形県産の米ぬかや同県長井市などの天然水といったぬか床づくりに必要な一式をそろえた「山形ぬか床セット」だ。
店の運営と商品の製造・販売をしているのは、株式会社やまがたアルカディア編集社。代表の船山裕紀(ふやなま・ゆうき)さん(42)の出身地である山形県長井市に本社を置き、地域の企業や団体が発行する媒体の企画や編集などを請け負っている会社である。
山形ぬか床セットは、これまでインターネットで通信販売してきたが、販売促進のために実店舗を構えた。場所を軽井沢にしたのは、コロナ後の観光需要の回復を見据えてのことである。
店では、ぬか床の水分が増えたときに必要な追加用の煎りぬかや、小麦ではなくコメと米ぬかを原料にしたかりんとう、さらに「NUKADOKO LIFE」と書かれたオリジナルの帽子やTシャツなどもそろえている。
新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いてきたことから、店では7月にイートインコーナーも用意。ぬか漬けとおにぎり、だし汁を食べられるようにしたところ、「おかげで客足が伸びています」(船山さん)。
困窮世帯に精米を届ける
米ぬかの仕入れ先の一つは株式会社米(ベイ)シスト庄内である。山形県庄内町で100ヘクタールを経営する大規模稲作法人だ。
同社は、年会費(非公開)を払えば、5アールの田んぼを「所有」できるオーナー制度「MYPADDY YAMAGATA(マイパディ・ヤマガタ)」を運営している。やまがたアルカディア編集社はこのオーナー制度に2021年産から登録した。収穫期の秋になるとオーナーに通常配られる精米に加え、米ぬかももらい受けた。その米ぬかは、石川県金沢市にある専門業者に委託して、煎りぬかに加工してもらった。
一方、精米は困窮世帯を支援するNPO法人キッズドア(東京都中央区)に無償で提供した。2021年産では20アールのオーナーになったことで、精米重にして1トンを寄贈できた。面積からすると多い量なのは、米シスト庄内の専務・佐藤優人(さとう・ゆうと)さんの心配りである。佐藤さんは、後ほど述べるような問題意識から事業に共鳴して、実際の収量以上のコメを渡したのだ。
バンド活動で知り合う
船山さんと佐藤さんの接点はバンド活動。山形市には不定期に開催されている音楽フェスティバルとして、全国的に有名な「DO IT(ドゥーイット)」がある。「不定期なのは、主催者が決まっていないから。誰かが開催したいと思ったときに、開催するんです」。そう語る船山さんも2008年に主催者となった一人だ。
その後、佐藤さんも自らDO ITを主催した。その運営方法を巡り、船山さんに教えを請うたことが縁で付き合いが始まった。細かいことは省くものの、2人には音楽や仕事を通じて社会問題を訴えてきたという共通点があることを付け加えておきたい。
発想の原点はコロナ禍での親子関係づくり
そんな2人をビジネスの縁でつなげたのは新型コロナウイルスだった。流行した当初、学校が休校になるという話が流れた際、船山さんが心配になったのが全国の家庭における親子関係だった。
「学校が休校になって子どもたちが家にいなくてはいけなくなると、親も働きに出にくくなる。そうなると、あちこちの家庭で家族関係が微妙になるんじゃないかなと心配になったんです」
コロナ禍でもどうしたら良好な家族関係をつくれるか──。船山さんの頭に浮かんだのがぬか床だった。「親子で一緒にぬか床を作ることになれば、役割分担をしながら、一緒にぬかをかき混ぜたり、野菜を漬けたりできる。それで家族の和がつくれるんじゃないのかと思ったんです」
船山さんはさっそく「山形ぬか床セット」の商品化に動いた。米ぬかを確保するために、翌年田んぼのオーナーとして登録することになる。
当たり前だった田園風景への違和感
一方でこのころ、佐藤さんはすべての人が当たり前に食べ物を手に入れられる状況をつくりたいと思うようになっていた。そのきっかけは2020年4月、米シスト庄内として、地元の自治体からの委託事業で生活保護世帯にコメ10キロを配達したことだ。自ら車を運転して100戸を超える世帯を回るなか、佐藤さんが抱いたのは田園風景へのかつてない違和感だった。
「山形県庄内地方は『食の都 庄内』とうたわれている。ただ、それは本当なのかと思ってしまった。というのも、生活保護世帯を回ると、その家のすぐそばには田んぼがある。でも、その世帯の人は日々の食料を手にすることにすら困っている。これで本当に『食の都』と言えるのかなと……」
「コペルニクス的」な発想
そんな気持ちを打ち明けられた船山さんは、米ぬかビジネスと絡めてあることを思い付く。それは、米ぬかで収益を確保できるなら、コメは商品にする必要はないということ。もちろんコメも売ってしまえばそれだけ収益は上がるわけだが、音楽を通じて社会問題と向き合ってきた船山さんには、もっと大事だと思えることがあった。困窮世帯を支援することだ。米ぬかビジネスだけで儲かるなら、コメは無償で提供すればいいじゃないか──。
佐藤さんは、この奇想天外な発想を打ち明けられたときのことを笑いながらこう振り返る。「船山さんは、コペルニクスもこんな気持ちになったんじゃないかって言ってましたね」
この話に乗った佐藤さんはその事業を手助けする。既述のとおり、やまがたアルカディア編集社にはオーナー登録をしている田んぼで実際に収穫された以上のコメを渡したほか、オーナー制の会費も採算ぎりぎりまで安価に抑えたのだ。
やまがたアルカディア編集社は2022年産では前年の4倍となる80アールのオーナーになる予定。船山さんは「2021年産を配ったときには、コメがすぐになくなってしまった。まだまだ足りないので、2023年産以降もどんどんオーナーとしての契約を増やしていきたい」と話している。
一方、佐藤さんはこう語る。「NPO法人キッズドアへの支援だけでなく、そのほかうちでやっている事業を含め、極端な話、うちで作ったコメはすべてただにして、コメが食べられない人を減らせるような仕掛けを今後も模索していきたい」
どのような展開が待っているのか。今後が楽しみである。