義父から教わった農業のイロハ
湘南佐藤農園は、神奈川県藤沢市でフルーツトマトとトウモロコシをメインに、枝豆、レタス、ブロッコリーほか、年間約30品目の野菜を生産しています。畑の前にある直売所には、絶えず買い物客が訪れ、無人にもかかわらず年商1000万円を稼ぎ出しています。2022年度は全体で年商5000万円に達する見込みです。
2021年4月には事業を飲食に拡大して、キッチンカーの営業を開始しました。不ぞろいのトマトで作ったピザソースと旬の野菜を使った焼きたてピザが評判を呼び、出店する先々で飛ぶように売れています。

キッチンカー「畑のキッチン」は、週末を中心にJAの直売所「わいわい市」、農園直売所横などに出店
代表取締役の佐藤智哉さん(42)は藤沢市の出身。元々は専門商社や外資系人材会社の営業職でしたが、2009年に妻の実家へ婿養子として就農しました。「農業を教えてくれたのは義父です」と佐藤さん。サラリーマン時代から土日は義父の畑を手伝いながら農業を覚えました。
印象に残っているのは、就農を半年後に控えたある日、義父が約16アールのハウスのビニールを張り替えると言うので2~3カ月かけて1人でパイプハウスに上がって高所作業をしたこと。「サラリーマンをしながら毎週末、慣れない中での作業だったのできつい仕事でした。農業をやるならそのくらいできないとだめだという、義父の愛のムチだったのでしょう」と、佐藤さんは懐かしみます。農業に就くことに、迷いも気負いもありませんでした。
台風被害で離農も、後を継いで再就農
大型の台風で所有する40アールのハウスのうち30アールを失ったのは、2011年の9月半ば。就農3年目のことでした。幼い子どもがいた佐藤さんは農業を続けることをあきらめ、2週間後には食品メーカーへ就職しました。
「仕事を変えることに抵抗はありません。どんな仕事に対しても自分のやるべきことは変わりません」。この言葉は、2度目の就農で意味を帯びてきます。
離農から2年後の2013年暮れに義父が急逝。親戚から「誰も農業やらないのかな」と話が出ると、「じゃあやるよ」と答えた佐藤さん。「一度やり始めた農業に少なからず引かれていたし、やり方次第でうまくできるという考えもありました」と当時の心境を語ります。

自営の直売所も再就農後にリニューアル。多い日は1日10万円を売り上げる
再就農後すぐに収入を得るために、会社を辞める前から土日を使って次の作付けの準備やハウスの補修を進めました。古くなっていた機械も買い替え、借金からのスタートです。サラリーマン時代の貯金は2年で使い果たしました。それでも、就農者ではなくスタートアップとして農業にチャレンジする決意が揺らぐことはありませんでした。
「詳細な事業計画を立てれば、お金を残すことができるし、そのお金の使い道もわかります。その前提として、自分で価格決定権を持ち、決めた価格で売る力が必要です」と佐藤さん。まずは栽培作物を変えました。

トマト畑は、特殊フィルムを用いて高糖度に育てるアイメック農法を採用
味に差が出て売れる作物に特化して、露地は夏のトウモロコシと秋のブロッコリーをメインに据えました。義父の代は露地栽培だったトマトは、ハウスでのアイメック農法に切り替えました。販路は99%が直販。甘いフルーツトマトは、湘南佐藤農園を代表する農作物です。
5カ年計画で飲食・加工へ6次産業化
「営業も、農業も、計画を立てて数字を残すことの積み重ねです」と、サラリーマン時代に3社でトップセールスの成績を収めた佐藤さんは話します。2度目の就農は起業だと考え、数値目標として5カ年計画を立てて事業を推進してきました。最初の5年で農業で食べていける売り上げをつくって利益を残し、次の5年で加工事業を進める計画です。
現在は、第2次5カ年計画の3年目。その1年目は事業の準備、2年目はキッチンカー営業開始、3年目に計画どおり小田急線の善行駅前にイートインもできるテイクアウト店「畑のキッチン」をオープンしました。ランチタイムには幅広い年代の女性客でにぎわい、順調な滑り出しです。

ピザは家族やスタッフらと試食を重ねてレシピを開発したオリジナル
「キッチンカーでは、注文を受けて一枚一枚ピザを焼くので時間がかかり、お客さまに提供しきれていないことが課題でした。ここでキッチンカーの仕込みをして、冷凍加工品もつくります」とプランを話す佐藤さん。来る4年目は冷凍事業で農業の売り上げを超え、5年目には年商1億円を目指しています。
湘南藤沢に農業人材を輩出する
湘南佐藤農園は事業に合わせて農地を増やし、従業員の採用も進めてきました。所有農地約0.8ヘクタールからはじまり、現在では約3ヘクタールと市内でも有数の規模です。従業員数は家族のほかに、正社員3人、パート8人を雇用。従業員の平均年齢は30代後半です。佐藤さんが農業講師を務める「湘南藤沢の農業を守る会」の援農ボランティアも多く集まってきます。

6月に開店した店舗「畑のキッチン」前でインタビューに応える佐藤さん
同農園が都市型農業で拡大する一方で、農地を増やすことが難しく、マーケットが大きいだけに競争が激しく、農業だけで生計を立てるのは難しいという話も聞かれます。佐藤さんは、農業委員会で新規就農の相談を受け、都市型農業の厳しさも伝えながら、農業人材の輩出にも務めています。
「誰かに事業を承継して60歳で引退する計画です。逆算して事業を拡大していますが、あと18年しかないですね!」と話す佐藤さん。継いだ農業を守るために、家業から事業へと発展させていきます。