農泊とは?
農山漁村の所得向上に寄与するものとして注目されている「農泊」。農林水産省では、国内外の観光客を増やすことで地域経済を活性化させるものとして、「農泊」を推進するための支援を行なっています。
農山漁村滞在型旅行とも呼ばれる農泊では、単に農村、農家に滞在するだけではなく、実際の農家の暮らしや農作業を体験することができます。
例えば植え付けや収穫などの農業体験を行い、自分たちで収穫した農作物で料理を作り、食べる。農作業を通じて地域の人たちと交流し、土地の魅力を知る。これらは全て農泊ならではの体験となります。
農家民泊とは
農泊にはさまざまな形態があり、農村のホテルや旅館を利用するもの、古民家などの一棟貸しの施設への滞在なども含みます。
このうち「農家民泊」は、文字通り農家に宿泊するものです。利用者はより深くその土地に親しみ、実際の農家の暮らしを体験できるメリットがあります。農家民泊を営む農家は、すでにある畑や民家などの資源を活用して「宿泊」、「⾷事」、「体験」を提供します。
農家民宿やグリーン・ツーリズムとの違い
農家民泊に似た言葉として「農家民宿」、「グリーン・ツーリズム」などがありますが、それぞれ少しずつ意味合いが異なります。
「農家民泊」は住宅宿泊事業法(民泊新法)に定める届出で開業できるもので、比較的手軽に始められます。何らかの形で農業に関わる体験を通して「体験料」「指導料」として対価をもらいます。
「農家民宿」は、農家が営む民宿のことで、旅館業法の許可を取って運営します。必ずしも農業体験などを伴うものではなく、自然あふれる里山の風景を眺めて何もせずのんびり過ごしたいという旅行者のニーズに応えることもできます。農村での滞在、宿泊に対して宿泊料として対価をもらいます。
「グリーンツーリズム」は、長期休暇を楽しむ習慣のあるドイツやフランス、イギリスなどの西ヨーロッパ諸国で生まれた概念です。豊かな自然を楽しみ、農業体験などを通じて地域の人々との交流を図りながら農村で休暇を過ごすことを指します。貸し別荘やコテージなどへ滞在するケースもあります。
農泊に対する国の支援
農林水産省は「農⼭漁村振興交付⾦」で実施することの一つに「農泊推進対策」を掲げており、農泊の運営主体となる地域協議会等に対して、ソフト・ハード両⾯から⽀援を⾏っています。
農泊を実施する体制の構築
農泊をビジネスとして行うために必要な体制の構築や観光コンテンツの磨き上げにかかる費用の支援があります。Wi-Fi整備やWebサイトの構築、キャッシュレスなどに取り組むことができます。交付率は定額(1年⽬、2年⽬ともに上限500万円/年)で、事業実施期間は2年間です。
新たな人材雇用に対する支援
新たな取り組みに必要となる人材を確保するため、雇用などにかかる経費の支援があります。交付率は定額(1年⽬、2年⽬ともに上限250万円/年)で、事業実施期間は2年間です。
宿泊施設の充実
農家民泊経営者等が事業を実施する場合、より快適な施設になるよう改修する「施設整備事業(農家民泊型経営者等実施型)」も活用できます。トイレや洗面台の増設、ワークスペースの設置などにより宿泊者の満足度を高める取り組みができます。
交付率は1/2で、交付上限は1経営者あたり1000万円、事業実施期間は1年間です。
農泊を完了した後のさらなるサポート
完了した地域では、さらに経営を高度化するため農泊地域⾼度化促進事業が用意されています。①インバウンド対応 ②⾼付加価値化対応(⾷・景観) ③ワーケーション対応 から選ぶことができ、②と③は併せて⾏うこともできます。①では定額(上限200万円)、②と③では交付率1/2です。
参考:「令和3年度農山漁村振興交付金(農泊推進対策)の概要について」
農家民泊を営むメリット
農家民泊は従来の旅館業法に基づく農家民宿に比べて手軽に始められるだけでなく、さまざまなメリットがあります。
農業以外の収入源を得られる
まず挙げられるのは、農業以外の収入を得られる点です。農作業や収穫のある時期はもちろん、農閑期でも加工や仕込みなどの作業があれば、その土地ならではの体験として楽しんでもらうことができます。
地域の活性化に貢献できる
空き家などの余剰資源を活用し、農泊によって関係人口が増えることで、地域の活性化につながります。人手不足に悩む農家にとっては、あえて農繁期に宿泊者を受け入れることで作業が進めやすくなる場合もあります。また移住や就農を考えている人にお試し滞在の機会を提供できる点でも、地域への貢献になりそうです。
副業として少ない初期投資で始められる
少ない初期投資で始められるのもメリットのひとつです。大掛かりな設備や特別な準備は必要ありません。むしろ、ありのままの農家の暮らしを体験してもらうことこそが農家民泊ともいえます。すでにある田畑で農業体験を行えますし、宿泊スペースは自宅である古民家の一部や使っていない離れなども活用できるでしょう。
農家民泊を営むデメリット
さまざまなメリットがある農家民泊ですが、デメリットというべき部分もあります。主に下記のような点に注意が必要です。
接客が苦手だと難しい
普段の農作業とは異なり、サービス業としての接客が求められます。一般のホテルのような接客は必要ありませんが、宿泊者とのコミュニケーションをとりながらサービスを提供しましょう。
料金が決められていることが多い
一般的な旅館業法にのっとって営む宿とは異なり、農家民泊ではその地域の協議会等で定められた体験料の範囲での収入になります。
違法にならないための知識が必要になる
農家民泊では住宅宿泊事業法(民泊新法)に定める届出が必要となります。旅館業法に基づく許可を取得して行う「農家民宿」とは異なるため、違いを理解しておきましょう。
農泊の成功事例
これまで農泊に取り組み、成功してきた地域の具体的な事例を見てみましょう。
春蘭の里実行委員会
石川県能登町では、平成8年に移住者を含む異業種の7名が「春蘭の里実行委員会」を結成。10年後には農家が半減するのではないかという危機感から村おこし活動を開始しました。農産物の直売所や加工所の設立を行い、平成9年には1軒のみであった農家民宿が平成28年には49軒にまで増加しました。「1日1客」、「輪島塗の膳を用いる」、「地元産の食材を活用する」、「化学調味料を使わない」等、徹底したコンセプトの統一が特徴です。
NPO法人集落丸山
兵庫県篠山市の「NPO法人集落丸山」は平成20年、12軒のうち7軒が空き家となってしまった集落の再生を目指したことが活動のきっかけです。宿泊施設の開業とともに田植えや黒豆煮などのワークショップを実施しました。さらに有名シェフを招聘して地元食材やジビエを使った本格フレンチレストランが開店したことでも話題を集めました。平成28年には669人の宿泊者が訪れています。また若手農家の入植やボランティアによる里山再生活動と併せて定住者も増加し、2.1ヘクタールの耕作放棄地も解消されました。
にし阿波~剣山・吉野川観光圏協議会
徳島県美馬市、三好市、 つるぎ町、東みよし町では、「にし阿波~剣山・吉野川観光圏協議会」で四つの市町の農林業・食・自然・歴史文化資源を総合的に組み合わせた滞在を提案しています。教育旅行の受け入れ体制強化のために平成19年に三好市が始めた取り組みがきっかけで、体験型教育旅行の受け入れと農家民宿やCSR(企業の社会的責任)研修の推進などが行われました。その後インバウンドの受け入れを目指して外国語のパンフレットや案内看板を設置、旅行商品の開発を行いました。宿泊者数は平成25年に17万3000人、平成28年には21万4000人にまで増加しました。山間部の傾斜地に集落が張り付いているような独特の景観が人気を集めています。
参考:農林水産省「農泊プロセス事例集(2017)」
農家民泊をはじめる手順
「農家民泊」を始めたい場合には、住宅宿泊事業法(民泊新法)に定める届出が必要です。以下のような手順で準備を進めます。
1.地域協議会等の団体に問い合わせる
まずはその地域の協議会等、取りまとめを行う団体に問い合わせます。農林水産省の
「農家民泊ポータルサイト」に地域協議会等・自治体一覧の情報がまとめられています。
2.体験プログラムを準備する
1.で問い合わせた団体の定める指針に従い、その地域の特性を生かした体験プログラムを準備します。季節ごと、また天候に合わせた複数のプログラムを設定しましょう。田植えや収穫などの農業体験だけでなく、味噌や保存食を仕込む、伝統的な郷土料理を一緒に作って食べるなどの体験もコンテンツになります。
3.団体で決められた料金で運営する
住宅宿泊事業法(民泊新法)に定められた届出を行い、事業を開始します。料金についても、地域の取りまとめ団体の指針によって定められた範囲で「体験料」として徴収することになります。
農泊が農家や地域にもたらすものとは
農家の新たな収入源として活用できる農泊。関係人口の創出により、地域の、そして日本の農業が抱える課題の解決策のひとつとしても注目されています。
今後は再びインバウンドの旅行者が増えてくるとも考えられます。さまざまな旅行者との交流を通じて、普段の農業とは異なる楽しみを味わうこともできます。農林水産省の支援により参入するハードルが下がっている中で、これからの施策のひとつとして検討してみたい取り組みです。