観光農園を無料開放。光るユニークな発想
「電照菊(でんしょうぎく)」とは、花芽前の夜間に電灯照明を利用して開花時期を遅らせる栽培方法によって作られる菊のこと。この栽培方法によって出荷調整が可能となり、菊の需要が高まる正月から春のお彼岸に合わせた出荷ができるようになった。
生産者の所得向上に大きな利益をもたらす電照菊は全国各地で栽培されているが、生産量1位の愛知県に迫る勢いを見せているのが沖縄県だ。一大産地である沖縄県読谷村では、電照菊のハウスの明かりがイルミネーションとなり、幻想的な光景は“映えスポット”として観光客からの人気を集めてきた。
そんなイルミネーションならぬ“キクミネーション”が彩る菊の畑を無料の観光農園として開放しているのが、同村のSunset Farm Okinawa(サンセットファームおきなわ)だ。運営会社の農業生産法人株式会社IKEHARAはこうしたユニークな発想や、電照菊で年商1億円という県内トップクラスの収入も相まって、農業界で注目を集めてきた。
年末で解散を宣言。その真意は
順風満帆に見えた同社だが今年10月、代表の池原さんが自身のSNS上で突如、法人の解散を宣言した。2022年12月31日をもって、役員以外の全ての社員が退職する。2015年の設立以来、経営者として常に新しいことにチャレンジし続けてきた池原さんは、なぜ、解散を決意したのか。
これからも農業を続けるため「規模縮小」
「突然の発表に驚かれた方も多いと思いますが、実は数年前から生産規模の適正サイズについて考えていました。そういった意味では解散ではなく『縮小』と呼ぶのが適しているのかもしれません」
こう背景を話す池原さんは15年前にスタイリストから農家に転身。父親が経営する電照菊農家を継承し、年間延べ3万坪の電照菊をスタッフ20名(社員15名、アルバイト5名)で運営してきた。それと並行し、観光農園Sunset Farm Okinawaの運営やヒマワリの植え付け体験、収穫体験、撮影サービスなど、自身の代で新たなビジネスモデルを確立。経営者としての手腕を高く評価されてきた。

菊を植え付けるスタッフ(同社提供)
堅調に成長曲線をたどってきた同社だが、実は3年ほど前から現在の経営スタイルに限界を感じていたと池原さんは当時の心境を振り返る。
「一口で話すと、理由は担い手不足です。読谷村の電照菊農家は60〜70代がほとんど。若手生産者が育たず、外国人の技能実習生によってなんとかまかなっているのが現状です。資材の高騰や人件費も上がる中で、少人数でもクオリティーを維持することが求められており、これまでの規模では質の良いものを安定的に生産していくのは困難になっていくだろうと考えていました。そうなってしまうと、賃金の値下げや解雇など、いずれスタッフを苦しめてしまうことは明らか。これだけは絶対に避けなければなりません」
電照菊の大半が生育不良
恐れていたことが現実になったのは2021年のこと。菊の需要が高まる12月と3月に電照栽培で失敗を犯してしまったのだ。6000坪あった電照菊のうち、4000坪ほどが出荷の見通しが立たなくなった。代わりにインゲンを植えるなどしてリカバリーを試みたが、年間売上の約半分を占めるこの時期の失策は痛かった。
そもそも苗の出来が悪かったり、夏の高温による根腐れがあったりなど要因は多々考えられるが、最も大きかったのが人的ミス。人の管理が不十分だったと池原さんは分析する。
「会社の規模が大きくなればなるほど、売り上げ確保のため、電照菊が年間で最も高値で取引される12月と3月に出荷作業が集中します。限られたスタッフでこれを維持していくには限界があることをまざまざと思い知らされました」

池原さん
経営に限界を感じ始めて3年。これを契機に、正社員、アルバイトのスタッフ10名を業務委託に切り替えた。ゆくゆくはこの仕事から離れ、独立就農を目指してもらうという。ただし、かねてよりスタッフには規模縮小の意向を伝え、独立就農や新たな仕事への準備を促していたことは付け加えておきたい。
「決して農業が嫌いになったわけではなく、農業を続けていくための決断が今回の縮小でした。経営者は決断することが仕事といっても過言ではありません。さまざまな意見もありますが、このまま現状の規模で無理に経営を続けると、やがて会社もスタッフも共倒れになってしまいます。決断したからにはピンチをチャンスに変えることに尽力する方針です」
農業を続けていくための決断ー。そう断言する池原さんは、すでに新たなビジネスへとかじを切っている。このアグレッシブな言動こそが、池原さんの魅力だ。
「農家からメーカーへ」。農作物で沖縄を代表するお土産を!
同法人を設立するにあたり、池原さんは「農家からメーカーへ」という目標を掲げていた。その思いは今も変わらず、農作物で沖縄を代表する土産メーカーになることを目指している。
「農作物でお土産品を作るとなると、原料を買う→お土産を作る→お店に置いてもらうという流れになります。そのやり方だと、先に大量のキャッシュがかかりますよね。加えて、沖縄県にはすでに有名なお土産のメーカーがたくさんあり、同じやり方では勝てない。自分たちが生産から販売までを担うメーカーになることで商機をつかみます」
そう力強く語る池原さんが注目しているのが「バタフライピー」だ。ハーブとして知られる東南アジアを原産とするマメ科の青く美しい花は、ハーブティーやスイーツなどにも用いられている注目の植物だ。沖縄県ではバタフライピーを沖縄の新たな特産品にするため、無農薬での栽培方法や雇用創出などに取り組んでいる。まだ生産者が少ないニッチなこの作物にいち早く注目した池原さんは、すでにSunset Farm Okinawaで栽培を始めている。花びらを乾燥加工した商品の売り上げは上々だ。
「バタフライピーを皮切りに、ゆくゆくは沖縄産の野菜に力を入れ、加工品としてお土産産業に参入したいと考えています。未知の分野への挑戦はイカダで大海原に出る無謀なことかもしれませんが、農業は自分の人生を変えてくれた職業です。沖縄の農業を盛り上げるためにも、進化を恐れず、チャレンジしていきたいです」
農業生産法人株式会社IKEHARAは2022年12月31日をもって解散する。しかしそれは、農家からメーカーへとかじを切った第2章への始まりなのだ。苦境を乗り越えた池原さんの挑戦から、今後も目が離せない。