衛星データ活用の波は北海道から本州以南へ
リモートセンシングといえば、読者の多くはドローンを思い浮かべるのではないだろうか。その空撮画像から、稲の葉色を見て生育具合を診断する技術や、土壌の質を判断する技術がある。これはこれでとても便利なのだが、より広域をとらえたい、あるいはより低コストで分析したいというニーズに応えるのが難しい。そこで、面的な把握を得意とする人工衛星が注目されるようになってきた。
衛星データの農業利用が常識となりつつあるのは、農業王国・北海道だ。帯広市に、先駆的な存在である株式会社ズコーシャがある。同社は衛星画像の農業利用を20年以上研究してきた。地元では、小麦の収穫適期を衛星画像から予想していることで知られている。同じく帯広市にあるスペースアグリ株式会社も、衛星画像から把握できる農作物の生育状況を、地図に落とし込んで配信する。
本州以南でも、産地の状況を効率的に把握するため、衛星データを使う動きがある。青森県のブランド米「青天の霹靂(へきれき)」は、デビュー直後の2016年から、県やJAの営農指導員が衛星画像をもとに農家に栽培上のアドバイスをしてきた。
個々の農家が衛星データを営農に取り入れられるよう後押しするサービスも生まれている。有人宇宙システム株式会社(JAMSS)は、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の運用会社だ。同社は農業向けサービスも手掛けていて、衛星と気象のデータを自動で取得する農業支援アプリ「リモファーム」を運用している。
化学肥料の高騰で人工衛星による解析に期待集まる
こうした人工衛星によるリモートセンシングが、本州以南で加速度的に広まるかもしれない。その要因は、農家を直撃している化学肥料の高騰だ。ここ2年大幅な値上げが続き、プライスリーダーである全農は、2023年の春肥についても値上がりの見通しを示している。
肥料価格高騰の収束は一向に見通せない。それだけに、これまで以上に土壌の現状を把握して過剰な施肥を改め、必要な成分を適量だけまくことが大切になっている。
ところが、問題がある。国内では土壌分析の費用が概して高く、加えて分析に長い時間がかかりがちなのだ。この課題を衛星画像で解決しようとしているのが、農業ベンチャーのサグリ株式会社(兵庫県丹波市)。土壌分析を低コストかつ瞬時に行えるアプリ「Sagri(サグリ)」を2022年8月に発表した。同年11月には、スマートフォンからも使えるようにした。
通常の土壌分析に比べて安価なのがウリ
同社代表取締役の坪井俊輔(つぼい・しゅんすけ)さんはこう話す。
「土壌分析の金額は、1筆に対し、だいたい3000円から1万円くらいが相場です。我々は10アール四方を分析するのに200円という価格を想定しているので、たとえば1筆10アールの圃場を5000円で分析した場合と比べると、25分の1の価格でできる。広い圃場であれば、1筆の中の土質のムラまで解析するということが、安い価格でできます」
サグリが使うのは、人工衛星が撮影した、土や植物からの反射の強弱を捉えた画像だ。これをAIで分析することで、複数の圃場(ほじょう)の土壌分析を一瞬で行う。分析するのは、pHや土壌の保肥力を示すCEC、全炭素(TC)、全窒素(TN)だ。土壌分析のサービスは2022年度は無償で、2023年度以降は10アール当たり200円を想定している。
「圃場管理調査の導入のハードルを下げることで、農家さま一人一人の適切な農地管理および改善に貢献します」
坪井さんはこう言って、価格を抑える意義を強調する。
肥料価格高騰対策事業の申請にも使える
アプリの使い方は簡単だ。まず、衛星画像から自分の圃場を選んで登録する。圃場の境界線は、AIが自動的に検出して表示してくれるので、該当する区画をタップして選びさえすれば、すぐに登録を済ませることができる。登録を終えたら、土壌のタブからpHやCECなど分析値を見たい項目を選ぶ。そうすると、値ごとに色分けされた分析結果が表示される。
サグリを使えば肥料の節約につながり得るため、農林水産省の「肥料価格高騰対策事業」の申請にも使える。
同事業は、化学肥料の低減や国内資源の活用などを行う農家に肥料代の上昇分の一部を交付するというもの。申請の条件のうち「土壌診断による施肥設計」と「生育診断による施肥設計」をサグリを使って満たすことができるのだ。
同社は「衛星データとAIで世界の農業に革命を起こす」と掲げ、インド・ベンガルールに子会社を置いて、インドの農家向けサービスも運用している。国内向けでは、サグリのほか、衛星画像から耕作放棄地を把握するサービス「アクタバ」を、市町村の農業委員会向けに提供してきた。やはり衛星画像から作付け状況を調査できる「デタバ」もある。
中学時代にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究者を目指していたという弱冠28歳の坪井さんは、衛星データを使って日本農業にどんな変化をもたらすのか。今後の展開に期待したい。